第六章 土獅子-6-
また夕食の時間帯を外れてしまったのもあり、一階の食事処は空いていた。
アイマンが今日もお手製で絶品の豆スープを出してくれた。
今では、ミーシャや他の泊り客のみならず、カズホの胃袋もがっちり掴まれていた。それに、弱った心にも染み渡る。作っているのは親父だが、まるでお袋の味のようだ。
現に、アイマンはカズホのことをすっかり気に入り、息子のように接していた。
たった数日共にいただけなのに、アイマンの人の好さはカズホを安心させた。ミーシャの性格も、きっとアイマン譲りなのだろう。血は繋がっていないが、一緒に過ごした時間が、ミーシャとアイマンを完全な親子にしていた。
「はい、ミーシャの炒め物もな」
「やったぁ!」
「今日はラム肉多めだ」
「ありがと、おじさん」
ミーシャはアイマンを父親とは呼ばないが、笑い合う姿は、やはり親子だった。
カズホも息を吐き、豆スープを頂く。
「今日もうめぇ!」
「おう、しっかり食べな。なんなら、ミーシャとずっとここにいたっていいんだ、カズホ」
アイマンのさり気ない言葉に、頬張った豆スープを吹き出しそうになった。
(それは、あれか……家族として、だから……いやっ)
「ちょっと、おじさん。そういうわけにはいかないって言ってんでしょ? カズホは元の世界に戻るために今必死なんだから、心を乱すのはやめてあげてよ」
「そうだったな、すまんすまん」
真剣なミーシャに、アイマンも苦笑で返した。
二人とも、そういった類の、どういった類になるのかはカズホも分からないが、意識はしていないようだった。
(なんか、俺だけ意識し過ぎてる……?)
若くて可愛い女の子と一緒に行動することがなかったせいか、変に勘ぐってしまう。
「あっ、そうだ! カズホの世界のことを教えてくれるんでしょ? 話してよ」
炒め物を食べようとしていたミーシャの手が止まる。
初仕事であれこれあったのもあり、カズホの方が忘れていた。
彼の表情から忘却されていたことを察したらしいミーシャは、むぅっと頬を膨らませた。
「忘れてたでしょ?」
「そっ、そんなことないよ? うん、今話そうかなぁって思ってたとこ」
「カズホ、結構顔に出るよね」
食べる直前で止めていた炒め物を、ミーシャは頬張った。食べた瞬間、幸せなそうな顔をする。それを見ている側も、なんだか顔が綻んでしまう。
(ミーシャの方が表情豊かだと思うけど)
見ていて飽きない。
気付けばまたじっと見ていたようで、ミーシャが小首を傾げる。
「もしかして、言った瞬間忘れてるとかないわよね?」
「えっ、まさか、そこまで……何話そうかって考えてた。ミーシャは、何が聞きたい?」
カズホに話を振られて、ミーシャも一瞬思案した。
「そういえば、どっから聞けばいいのかな? 全部新鮮だと思うし……あっ、ならさ、カズホの子どもの頃の話、聞かせてよ!」
「は? 俺の子どもの頃って、俺の住んでる世界の話じゃなかったのか?」
「これだって、カズホの住む世界の話には違いないでしょ」
「ま、まあ、そうだけど」
思っていたことと違うことを訊かれ、カズホは困惑した。
話しても、大して面白い子ども時代だったわけではないから尚更だった。