第六章 土獅子-5-
前衛の者達がエザフォスを抱えて、後衛の弓矢兵はただただ唖然としていた。
その後ろで、ザフィリは拍手をする。
「これは面白いものが見られた。なかなかないですよ、こんな瞬間」
近くの兵士に言ってみたが、彼はまだ己の置かれている状況すらも把握していないようだった。
「全く……これだから、普通の人間は面白くない。カズホがここにいれば……」
ザフィリが言いかければ、エフィアルティスが自ら姿を現した。普段は、彼女が勝手に出ることはなく、こういう時は決まって嫉妬しているのだった。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか、エフィ。僕が本当に愛しているのは君だけなんだからさ」
ザフィリがそう言うと、大蛇は彼の体に頭を摺り寄せた。その姿はまるで、恋人の肩に凭れかかるようでもあった。
そんな彼女に、ザフィリも優しく触れる。
「しかし、これはちょっと厄介かな。カズホは火、ミーシャさんは風だったから、僕の魔法はまだ優勢だったが、そこに土の属性を持つ幻獣を宿したあの下種が加わるとなると……」
『あの下種を殺しておきましょう。今なら簡単にできます』
エフィアルティスが珍しく口を挟んだ。
水は土に制される。大半の水魔法は、威力が半減かそれ以下、時には無効にされることもあるのだ。
ザフィリとエフィアルティスは、それを懸念していた。
『元々他者から大切なものを奪う下種です。あの者は、あなたからまた何かを奪う。あなたの怒りと悲しみは、わたしくしのもの。あなたのご命令ならば、すぐにでもあの者を』
エフィアルティスの淡々とした言葉に、ザフィリは少し考えて、否と答えた。
「殺しておくもいいけれど、あの下種が加わることで、カズホがどうなっていくのかも見てみたい気がするんだ。それに、あれは元盗賊。僕らが手を下さなくとも、悲惨な末路が待っているさ。生きる喜びを再び取り戻した時に奪われる絶望を与える方が、面白いだろう? ねぇ? エフィ」
宿主の冷酷な笑みと提案に、大蛇は内心で歓喜した。
また彼が己の元へと堕ちてきた、と。
『あなたの望むままに、ザフィリ』
優しい毒水が、ごぼりと鈍く音を立てた。
水の大蛇エフィアルティス・フィズィは、水属性の幻獣の中でも高位の存在だった。それもあるが、彼女の属性以外の性質に、彼女をその身に宿そうとした者は皆苦しみながら死んでいった。宿すことのできた人間は、ザフィリただ一人。
『あなたは、わたしくしのただ一人の恋人』
暗い闇のような水の底で、エフィアルティスは嗤っていた。
それをザフィリは知っていた。知りながらも、彼女の元へ堕ちていく。
だが、喰われるのは、――――
互いの欲望を毒に変え、二人は再び闇夜へと戻ったのだった。




