第六章 土獅子-4-
『そんな顔をするな。貴様ではこの先面倒だな。貴様、名はなんだ?』
「……いちいちでかい態度だな、おまえは……」
『おまえではない。まずは貴様から名を教えろ。でなければ、今ここで死を与えるぞ』
「分かった分かった。だが、名を教えて、突然死なんてことはねぇだろうな?」
『貴様次第だ。どうする? 賭けてみるか? どっちへ転ぶかを』
獅子の表情は、男には読めなかった。しかし、言葉からはしっかりと挑発を感じた。
(この感覚、嫌いじゃねぇな)
男も、にんまりと笑った。
「いいだろう。俺の名は、エザフォスだ」
エザフォスは、久々に名乗った。盗賊が名乗ることなどない。名乗ったとしても、聞いた人間が死ぬか、自分が死に忘れるか、どちらかだ。だから、エザフォスは自分の名に愛着も執着もなかった。
しかし、獅子は穏やかな声音で紡ぐ。男の名を。
『エザフォスか。人間のある国の言葉で、大地という意味か。俺様の次の宿主にピッタリだぜ、エザフォス』
獅子が、凛として立つ。ただそれだけだというのに、獅子の姿は雄々しく、神聖な存在に見えた。
『俺様の名は、アベレスセロスィ・リョダリ』
「あべれ……なんだって?」
『アベレスでも、リョダリでもどちらでも構わんさ。好きなように呼べ、エザフォス』
アベレスセロスィ・リョダリは、『ただ』と付け加える。
『俺様をその身に宿すことができれば、だがな』
次の瞬間、巨大な獅子が、エザフォスに跳びかかった。
反射的に避けようとしたが、エザフォスの体は動かなかった。
「なっ……ぐっ、……ぐおおぉ!」
エザフォスの絶叫は、獅子の雄叫びにも似ていた。
体があちこちから貫かれるような激痛が駆け巡る。血が沸騰しているかのような熱を感じた。
何が起こっているのか。エザフォスには全く分からなかった。
だが、助けてもらった恩を返す――それだけは、決して手放さず、エザフォスは思い続けていたのだった。
『エザフォス、俺様の時を僅かでも楽しませろよ』
意識の片隅で、アベレスが言った気がした。