第五章 初仕事-9-
「えっ⁉ あんなこともできんの⁉」
「かなり危険な技だと思うわ。彼自身が、幻獣になりつつあるのかも」
驚くカズホの横で、ミーシャは声を低くした。
青の傭兵ザフィリの力が、人間離れしていることだけは、カズホにも分かった。
「人間が、幻獣になることもあるのか?」
「幻獣になると言うよりも、幻獣に取り込まれると言った方がいいのかな。人がこの力を得てからも、分かっていることは少ないのよ」
それはどこの世界も同じなのだな、とカズホは思った。
科学や技術が発達した世界でも、地球上のすべてを人間が解明しているわけではない。寧ろ、今後もそんなことはあり得ないのだと、何かが発見されたというニュースを聞く度に、思い知らされているような感覚さえある。
「っ……」
「あっ、ミーシャ!」
倒れそうになったミーシャを、カズホは慌てて支えた。かなり顔色が悪い。
「ごめん! 無理させたな」
「だ、大丈夫」
「大丈夫じゃない。ほら、乗って」
カズホが屈むと、ミーシャは恥ずかしそうに首を横に振った。
「盗賊達をどうすんのよ? 一人じゃサリアまで連れて行けないでしょ?」
「俺が、運んでやる」
突然、背後から声がして、警戒したカズホは剣を抜き、ミーシャの前に立つ。
話しかけてきたのは、盗賊の一人だった。
「もう戦う気力はねぇよ。兄さん達が魔法使いなら尚更だ」
疲れ切った顔を、周りで倒れている者達へ向けた。そこには悼みの感情が浮かんでいる。彼が盗賊の頭らしかった。
「……やられたな……あぁ、……俺の家族が……いつかはこうなると思ってはいたが……」
その言葉に、カズホは剣を収める。
ミーシャも、どこかやり切れない表情をしていた。
「俺から礼を言われても嬉しくねぇだろうが、残った仲間を助けてくれて、ありがとうな」
それから、盗賊の亡骸を弔った。せめて、これだけはしたいと、盗賊の男が言ったのだ。
岸壁では墓穴が掘れないから、一か所に亡骸を集め、カズホの火で火葬した。
男は再び、涙を流して感謝した。
その後、カズホはミーシャを背に負い、ミーシャはいいと言い張ったがカズホは珍しく強い口調で突っ撥ねた、盗賊の頭らしい男が生き残った仲間をリヤカーに乗せ、街まで戻った。
役所に向かう最中、人々が驚いたような、恐れるような顔をこちらに向けていた。盗賊が自ら傭兵の後をついてくることなど、今まであまりなかったとミーシャが言った。
役所に着き、生き残った盗賊達を兵士に引き渡す際も、仲間を連れてきた男は、カズホ達に頭を下げた。
「もし、もしも……そんなことは、この国ではないに等しいが、俺が生きてまたおまえ達に出会うことがあれば、その時は必ずこの恩を返す。少しの間だけだったが、苦しむ仲間を助けてくれて、本当に感謝する」
これには、兵士も驚きを隠せずにいた。
カズホとミーシャは、ルイーズの元へ仕事完了の報告をしに向かった。その時はさすがにミーシャも自分で歩くと強く言った。体力は戻っているようだった。
「やはり、あなたは他の傭兵と少し違うようです」
受付に立てば、開口一番にルイーズは言った。
「これから、あなたには様々な困難があると思います。でも、きっとあなたの信念が、選択肢を導き出すでしょう。あなた自身の声を、しっかりとお聞きください」
ルイーズが報酬をカズホへ渡す。
仕事は成功した。
だが、カズホは複雑な想いを抱かざるを得なかった。
盗賊団の男のこともあるが、何よりも――
「もう! あのザフィリって男、何なのよ⁉ 腹立つ!」
「もう終わったことだし、一旦忘れよう」
「忘れられるわけないでしょ? カズホ、狙われてるようなもんなんだよ?」
その言い方をどうにかしてほしい。カズホは、心底思った。
「あいつからだけは、しっかりとカズホを守んなくちゃね」
(これは、あれか……モテ期というやつか? いや、違う。絶対に違う)
眉間に皺を寄せているミーシャの横で、カズホは小さく溜息を吐いたのだった。