第五章 初仕事-6-
ふと、受付を離れる際のルイーズの言葉が脳裏に過る。
「そういえば、青の傭兵って誰だろ?」
「さあ? でも、ルイーズさんが注意しろって言うんだったら、しといた方がいい。あの人は、この国の傭兵のことをほぼ把握してるから」
「えっ? 傭兵って何人いんの?」
「そうね、あたしが登録した時には二千人以上いるって聞いたから、今はもっと増えてんじゃない?」
「えぇ⁉ 二千人も! それをほぼ⁉」
「ちょっと! カズホ! 声がでかい!」
と、何かの気配がして、カズホとミーシャは、すぐに剣を抜く。
ミーシャがすぐさま飛んできた気配を払い落とした。
続けざまに数本がまた放たれた音がする。風を切る乾いた音は、岩壁に吸われ、どこから飛んでくるか正直判断し辛い。が、ミーシャが風を起こし、それらから守った。
「上から……厄介ね。このまま奴らごと吹き飛ばして……」
「そしたら、落ちちゃうじゃないか!」
「で、死ぬ? 当たり前でしょ!」
ミーシャの風が一気に強くなる。
「そうしてやるんだから!」
「ちょっ、と! ミーシャ!」
すると、今度は別の方角から違う音がした。
それを察知したカズホは、条件反射的に来た道へ向けて炎の盾を作る。放つ以外の使い方をしたのははじめだった。
飛んできた何かは、炎の盾に当たり、シュゥという音を立てて消えた。
「あっ、こういうこともできるのか」
「自分で感心してないで、どっからなのか……」
ミーシャの怒鳴り声を遮るように、拍手が鳴る。
そして、足音が聞こえてきた。
「あなた方には、また会う気がしていた」
現れたのは、昼間役所にいたイケメンの男だった。やはり、彼も傭兵だった。
ミーシャが、苦虫を噛み潰した顔で、その男を見詰めた。
「あなたは、何をしにここへ? 盗賊討伐以外にも仕事が?」
「恐らく、あなた方と同じ目的かと」
「ふざけないで!」
男の言葉に、ミーシャが怒鳴り返した。
「これは、あたしとカズホの仕事よ」
「正確に言えば、サインをした彼のお仕事でしょう。まあ、僕からしたらどちらでも構いせんけど。大人しく引いてくだされば、手荒なことは致しませんし、報酬もあなた方のものしてくださって構いませんよ。悪い話じゃないでしょう?」
「ほんとふざけた人ね。どこの世界に、仕事を他人にあげる傭兵がいんの?」
「結構いますよ? 大抵は、死にかけて、ですけどね」
と、再び乾いた音が風を切る。
ミーシャが風を起こす前に、男が何かを放った。すると、乾いた音の正体が氷となって地に落ちてきた。
「全く、人が交渉している時に野暮なことをする。だから盗賊という連中は嫌いなんだ」
男はそう言うと、青く巨大な蛇を出現させた。
「青の、傭兵」
カズホが思わず呟くと、男が柔らかく微笑んだ。
「僕のことをご存じで? いや、あの役人から聞いたのか。噂になるのも困りものだな」
青の傭兵は、蛇の頭を一撫でして、それを山頂へ向けて放った。
「あっ! 駄目!」
ミーシャが止めるよりもはやく、巨大な蛇は獲物へと向かっていった。
「ルベル・インバニア! 頼む! あの蛇を止めてくれ!」
カズホが叫ぶと、炎はドラゴンの姿と化し、蛇を追う。山の中腹でぶつかり合った蛇とドラゴンは、一瞬だけ溶け合った。
が――
「なっ……!」
カズホの炎が、爆音を放ち、打ち消された。
「火と水。どちらが強いと思います?」
「水使い……! カズホ、急ぎましょ! このままじゃ、盗賊団が全員やられちゃう!」
ミーシャが新たに風を起こし、自分の体とカズホを浮かび上がらせた。
「おや? そんな技もあるのですね。これは厄介」
青の傭兵は暢気にそう言って、山頂へ飛ぶ二人を見送った。