第五章 初仕事-2-
彼女が本当にしたいことは、一体何なのだろうか。
自分の中に取り込んだ幻獣を倒すために、ミーシャは風使いとなり、戦場に身を置く傭兵になった。
アイマンの話だと、この国では十八歳から大人と同等の扱いで、傭兵になれるそうだ。傭兵になるために、その前からミーシャは様々な訓練を受けた。体術、知識、生きていく上での技術など、幼い少女にはそれこそ命を縮めるような訓練もあったと聞く。
それでも、ミーシャは今カズホの目の前で、時折無邪気な笑みを見せてくれる。
(俺が、この子のために……何かできることあるのか?)
命を救ってくれた恩人。例え、それがミーシャの本来の目的であるタクシィ・アエトスを倒すために、彼女が自分を利用しようと思っているのだとしても、それは変わらない事実だ。
それに、今はそれ以上に、ただこの少女の力になりたいと思う自分がいることに、カズホ自身驚いていた。
出会ってまだ二か月一緒にいるかどうかの人間に、こんなにも感情移入するのか、と。
環境がそうさせるのか、ミーシャの魅力なのか。それはカズホにもまだ分からない。
「さっ、ここよ。サリアの役所も大きいのよねぇ」
ミーシャの言葉で我に返ったカズホは、目の前の建物を見上げる。
確かに大きかった。土壁で二階建てのほどの家が多い中、サリアの役所は大理石や光沢のある石壁造り。高さからすれば、おおよそ四階建てのビルくらいだろうか。幅もかなりのもだから、一フロアも相当な広さだ。入り口には体格の良い兵士が二人立っていて、目を光らせている。よく世界遺産特集をテレビで放映しているが、まさにかつての遺産と称される立派な建築物が、目の前にある気分だった。
唖然としているカズホの腕を、ミーシャは引っ張る。
「ほら、はやく入りましょ? イーリアでも思ったけど、カズホの元いた世界には、大きな建物なかったの?」
「え? あっ、そんなことないよ」
「毎回ビックリしてるから、建物のない地底にでも住んでるのかと思った」
ちょっと馬鹿にされた感じがして、カズホはやり返したくなる。
「地底に住んでる人はそんないないと思うけど、地下に電車通ってるし」
「でんしゃ? 何それ?」
そういえば、ここに電車と名の付く乗り物がない。
「えぇ、と。大勢の人が移動できる乗り物」
「乗り物が地下を走ってるの⁉ すごい! えっ? それって、馬が引くの? そとも、ロバかラクダ?」
そういえば、ここには電動や自動という力はない。
「電気、かな? あれって……運転手が一人いて、線路の上を走るんだよ」
「へぇ! せんろって何か分かんないけど、なんかすごい! えっ、えっ、でも一人でたくさんの人を運んでるの? てか、そんなに一編に? どんな乗り物なんだろう? 見たいなぁ!」
ミーシャの傭兵スイッチは一旦切れてしまったようだ。代わりに、好奇心旺盛な少女のスイッチが全開で、「こんな形? どんな模様?」と想像を膨らましては、カズホに「すごいすごい!」と言ってはしゃいでいる。
「そういえば、あたし、カズホの世界のこと、よく聞いてなかったなぁ。自分のことばっかで……ダメダメ、そんなんじゃ。自分のことを知ってほしかったら、相手のことを良く知ること。傭兵の訓練所で習ったの。カズホのこと、カズホの世界のこと、もっと教えて!」
「あっ、うん、分かった。分かったからさ」
目をキラキラされた少女に詰め寄られ、しかも今日も可愛い薄い緑色の衣装なのもあり(傭兵は普段地味なベージュ生地の服装が多いのだがミーシャはそれが嫌らしい)、カズホは顔を赤くして彼女を落ち着かせる。
(ミーシャの方がよっぽど目立つと思うんだけど、毎回怪物に追われるのは俺だなぁ)
「まずは、入ろう。すごく目立ってるよ、俺達」
「へ?」
さっきから出入りする人達が遠巻きにちらちらとこちらを見ていた。兵士達のカズホとミーシャを見る目が、厳しくなっている。
服よりもまずミーシャの賑やかさが今は目立っていた。