第五章 初仕事
次の日の朝は、快晴だった。
この国では、雨があまり降らない。確かに、カズホがここに来てから、雨が降ったことは一度もなかった。水は貴重で、共同の井戸を皆が譲り合いながら使っている。
カズホがここに来て、節水に困ることがないのは、この世界の 住人達、そしてミーシャが適度に水を分け与えてくれているからだろう。ほしい時にほしい分だけを使い、それ以上は使わない。
が、少しでも欲を出せば、水が争いの原因になることも頷けた。
(当たり前のことを、当たり前にしているだけ……でも、日本でこの生活をしろって言われたら……)
カズホは、小さく首を横に振った。
夜にアイマンから大嵐のことを聞いたからか、カズホには青々と広がる空が少しだけ恐ろしく思えた。
「ちょっと、何ぼぉっとしてるの?」
「え? あ、いや……」
カズホが宿屋の前で立ち止まっていると、背後からひょっこり現れたミーシャに、思わずたじろいだ。
ミーシャを救ってくれ、というアイマンからの言葉が、胸に刺さっている。
宿主がある幻獣を倒す方法があるのだろうか。
やっとこの世界と魔法に慣れてきた自分には、荷が勝ち過ぎる頼みに思えた。
言葉を返せずにいるカズホに、ミーシャは小首を傾げていたが、何かを思い立ったように鞄から一枚の布を取り出した。先日、露店で買った布地同士を合わせた腰布らしかった。
「カズホ、両手を広げて」
「えぇ? また?」
さっきまでの不安は一瞬で遠退き、カズホは肩を落とす。
またマネキン代わりにさせられると思った。
が、ミーシャはそれをさっとカズホの腰に巻き、満足気に頷いた。
「うん、このくらいなら似合うかな」
「……これ、もしかして、俺の?」
ベージュメインの傭兵服に、緑色の腰布はよく映えていた。
「それだと目立って、敵も引き付けられるしね」
「囮かい!」
「冗談よ、冗談。じゃあ、これ買ってくれる?」
「俺に金があるとでも?」
カズホが睨めば、ミーシャはくすくすと笑った。
「だから、冗談。うん、似合って良かった」
「ッ……」
今度は心底嬉しそうな顔をするミーシャに、ドキッとする。
それは、カズホが出会った時から変わらない明るい少女の笑顔だった。
「持ってないことは分かってる。だから、稼ぎに行きましょ」
「稼ぎに?」
今度はカズホが首を傾げる。
すると、ミーシャが頬を膨らませた。
「もぉ~! あなたの今の職業は何よ?」
言われて、カズホはハッとするのだった。
傭兵の仕事は、役所に行けば紹介してもらえる。盗賊討伐から怪物退治。もちろん夜の街の警備も傭兵に回ってくる。
イーリアにも、サリアにも、どの地域にも国の兵士はいるのだが、危険は仕事は大抵傭兵が担当していた。
「みんな、死にたくないのよ」
アイマンの宿屋を出て、朝市で賑わう大通りを抜ける。綺麗な布地やアクセサリーが立ち並ぶ店の前を通っても、今日のミーシャは、それらに目もくれなかった。傭兵のスイッチが入っているのかもしれない。
「死にたくないのは、傭兵も一緒だろ?」
「じゃあ、カズホはお金ほしくないの?」
当たり前のような顔でミーシャに言われ、「そしゃ、ほしいけど……」とカズホは返す。
「命あっての物種ってよく言うじゃん」
「でも、生きてくためには、お金が必要で大切。この世界が崩壊しない限りね」
さらりと怖いことを呟くミーシャに、カズホは少しだけ顔を曇らせた。