第四章 風使いと宿屋の夫婦-6-
「……だが、今度は裏切り者として、追われることに。ここで噂が広まりつつあるのなら、留まるわけにはいかない。あの子には、どっちみち辛い思いをさせてしまっている」
父親としての顔と、風使いとしての運命に挟まれて、スィエラは苦しそうに表情を歪めた。
が、次の瞬間、光を見出したようにアイマンを見た。
「あの子を、……ここに置いてもらえないだろうか?」
「な、に?」
スィエラが立ち上がり、頭を下げた。
「こんなことを頼むなど、父親として失格だということは分かっている。でも、……もうあなたとハーラにしか……お二人だけなんだ。ミーシャを助けられるのは!」
「確かに、ミーシャはハーラと俺に、光を阿多てくれる存在だ。まるで娘のように……もう娘と変わらんくらい愛しているさ」
「ならば!」
「それは、君のことも同じだ。君は俺達の大切な友人だ。君ら親子が幸せになってくれることが、俺達の願いなんだよ」
アイマンがどうにか冷静に応えようとしても、声は震えていた。
これは、心の底からの願いなのか、それとも友人と思っている男から大事な娘を奪ってでも、自分達の喜びを選択したい欲なのか、アイマンにも分からなくなっていた。
スィエラは、それでも引かなかった。もしかすると、アイマンの内心の葛藤も察していたのかもしれない。
「私達の幸せを願ってくれるのならば、頼む。ミーシャを、あなた達夫婦の娘としてここに」
必死のスィエラに、アイマンは遂に折れた。
「……分かった。だが、預かるだけだ。必ず迎えに来な」
「ありがとう。本当にありがとう。だが……迎えに来ることは約束できない」
「スィエラ……!」
抑えていた様々な感情が溢れそうになるアイマンに、スィエラは無言で首を振ることで遮った。
それからしばらく沈黙が続いた。
それを破ったのは、スィエラだった。
「五年、待ってほしい。迎え来る努力をしよう。もし、五年経っても私がここに戻ってこなければ、正式にミーシャをあなた達の娘として迎えてほしい」
そこには、アイマンの否を受け付けない風使いとしての強靭さがあった。
そして、実の娘の幸せを心より願う父親の優しさがあった。
「分かった」
アイマンは、友人の覚悟を受け入れた。
次の日、スィエラは旅立った。ミーシャが起きる前に、夫婦へ別れの挨拶とミーシャへ「愛している」と一言だけ残し――
はじめは父に捨てられたと泣いていたミーシャだったが、ハーラの偽りない愛情にまた笑顔を取り戻していった。
そして、アイマンは、ミーシャにいつも伝えていた。
「五年後、スィエラは、……おまえのお父さんは、おまえを必ず迎えに来るからな」
そう、いつも。だから、ミーシャは信じていた。
アイマンも信じた。五年後に親友がミーシャを迎えに来てくれることを心から信じながらも、ミーシャという可愛い娘ができたことを神に感謝した。
五年だけでも――そう信じ、しかし心の奥底で、その先もミーシャがいてくれることを願う、矛盾した想いを抱えながら、娘の傍にいたのだった。




