第二章 傭兵と魔法
目の前の景色は現実なのか。
「どこまでも、……荒野だな。ま、荒野の国だからそうか」
国名を口にしても、まだ現実味がない。
だが、目の前に広がる光景と体に当たる埃っぽい風は、一穂に現実だと突き付けてくる。
荒野の国エリミヤは、ごつごつとした岩と砂漠に囲まれ、土壁の家々が僅かな緑の間に密集する地だった。
さらに、ここは国の首都イーリアというらしい。
一穂は肩を落とした。
傷が癒えた頃には、ひと月経っていた。
最初は、毎日どうすれば帰れるのかと不安と恐怖に耐えていた。変なテロリストに拉致されたのかも、と。
だが、自分を拉致しても相手に得は全くない。国家の秘密を握るようなこともなければ、国を担う経済活動をしているわけでもない。よくテレビで見るように、紛争の地域に足を運び、現状を伝えるジャーナリストでもない。
その日の仕事に追われ、将来の自分はどうなっているのだろうと時折思うただの日本人だ。
それでも、国相手の莫大な身代金目当てならばどうしようもないだろうが、一穂はあの日――
(あの日……そうだ、上司の赤井さんと飲んで帰る途中……)
と、背後で人の気配がした。
一穂が不安に落ちずにすんでいるのは、彼女の存在があったからだ。
「あっ、また外に出てる!」
慌てて一穂に駆け寄ってくる少女の名は、ミーシャ。表向きには踊り子をしているそうだ。
「もう! 動けるようになったからって、勝手にどっか行かないでよ?」
「ただちょっと外に出ただけだろ?」
苦笑する一穂に、ミーシャは肩を怒らせる。
「何度も言ってるでしょ? ここは、カズホの故郷と違う。異国の人間だと分かれば、だましてくる奴もいれば、襲ってくる輩もいる。それに……」
ミーシャがそこで言葉を切った。
弾かれたように天を仰ぐ彼女につられて、一穂も緊張する。
そう――ここには、いるのだ。
「ドラゴンよ!」
一穂の世界では、本や映画の中でしか存在しない怪物。火を噴き、巨大な深紅の体躯で空を自由に飛び回るドラゴンが、今まさに彼の頭上に現れたのだった。