第四章 風使いと宿屋の夫婦-4-
アイマンが、ミーシャと出会ったのは、十三年前だった。
その頃、アイマンには妻ハーラがいた。
当時は紛争中で、物資も少なく、水も制限されて、生活は厳しかった。
その上、怪物が毎日のようにサリアを襲った。サリアだけではない。怪物は、人の弱さをよく知っている。エリミヤ全土に渦巻く負のオーラと死の臭いに引き寄せられ、怪物達は代わる代わる各地を襲撃した。
それでも、夫婦は負けず、手を取り合い生きていた。
そんなある日のことだった。
夫婦の宿屋に、黒い手袋をした男の旅人がやってきた。その男は、子連れだった。連れられていたのは、当時六歳のミーシャだった。
男の名はスィエラ。ミーシャの本当の父親だ。
店に子連れの客が来ることは、特別珍しいことではなかったが、スィエラの黒い手袋と、彼の常に警戒するような眼に、何か引っかかるものをアイマンは感じた。
スィエラは疲れ果て、少女もかなり痩せ細っていた。食事もままならなかったのだろう。
各地で紛争が起こり、物資も食料も手に入り難い。そんな中での旅は、心身ともに疲弊して当然と言えた。
子どものいないアイマンとハーラは、少女に同情し、できる限りの食事を出した。
ミーシャは、目をキラキラさせて食事を見たが、その後、不安そうに父に視線を向けた。
スィエラも、そんな娘に申し訳なさそうな表情していた。
「金は……泊まる分しか払ってはいないが」
「お金はいりません。子どもは宝。どうぞ、召し上がって」
ハーラの言葉に、ミーシャは弾けんばかりの笑みを浮かべ、食事に飛びついた。
スィエラは、ただただ「ありがとう」と言い、顔を伏せていた。
スィエラは、それから宿屋の手伝いをするようになった。二人ではなかなか手が回らなかった壁や屋根の修理や、道具作り、時には客を連れてきた。市場で買い物をするついでに、サリアに訪れた旅人や傭兵に宿屋の宣伝をしてくれていたのだ。彼の洞察力は鋭かった。きっと宿屋を探していそうな人物を見抜いて、声をかけていたのだろう。
スィエラの見た目は、筋肉質のがっしりとした体付きで、顔も厳つい方だったが、話してみると意外にも温厚で、信用のおける人物だと分かった。
それに、彼は夕方から深夜にかけて、別の顔を持っていた。
「まさか、本当にいたとはな」
「ん?」
久々に穏やかな夜だった。