第四章 風使いと宿屋の夫婦-3-
ミーシャをアイマンが背負い、カズホは自分達がまだ食べ切れていなかった料理を運んだ。アイマンが、「部屋で食べればいい」と言ってくれたのだ。
「ついでに、残ったワインを一緒に飲まないか?」
そう誘われて、断る理由もなく、カズホは頷いた。
ミーシャをベッドに優しく寝かせたアイマンは、部屋の片隅にある書き物用のテーブルに中央に起き、その上に残り物を並べるように言った。カズホはそれに従い、後は自分の部屋からもう一脚椅子を持ってくる。
新しいグラスにお互い酌をし合い、掲げた。
「出会いに、乾杯」
「乾杯」
アイマンの合図に、カズホもぎこちなくだが応えた。
さっきのほろ酔い気分はすっかり醒めてしまっていたから、飲み直すには丁度良かった。
が、こういうシチュエーションになるとは思ってもいなかった。
(なんか、……えっ、これって……)
カズホは、今まで付き合った彼女の家族に一度も会ったことがない。それは、彼女の方からも言われたことがなかったし、そういった意識もしなかったからだ。
もちろん、今だってミーシャとどうことうなるわけではない。
(十九だろ? 俺とは歳の差があり過ぎるし……)
変に意識してしまっている自分が、カズホは滑稽に思えたが、それ以上に緊張していた。
「うちの娘を本気で嫁にする気持ちがあるのか?」
「へっ? えっ? そっ、そんなこと……」
「なんだ? そんなつもりもないのに、うちの大事な娘を連れ回してるってぇのか? えぇ?」
「あっ、いやっ、確かに娘さんはすごく可愛いですけど、そういうわけでは……」
タジタジになっているカズホを、アイマンはまた笑って、膝まで叩いていた。
「アっ、アイマンさん、ミーシャが起きちゃいますよ。それに、隣の部屋にも……」
「一度寝たら、朝まで起きやしないさ。それに、うちの客はそんなに口煩くない」
そう言って、アイマンは手酌をしようとしていた。それをカズホがしようとすれば、アイマンが手で制して、結局自分でしてしまった。
「君は気疲れしやすいだろう? そんなに周りを見て。勝手にやらせておけばいいのさ」
「あ、はぁ。上司と飲むことが多くて、自然に……」
「じょうし?」
「あっ、上の、自分よりも上の立場の人と」
「気を遣うような人間と飲んでもつまらんだろう?」
至極当然という顔で言われ、カズホはまた「ええ、まあ」と力なく答えた。
が、今まで断るということをしてこなかった。それもあって、上から睨まれることなく、仕事をしてこられたとも言えた。
それに、すべてがつまらなかったわけではない。赤井とは、なぜか気が合っていたような気もする。
「いろいろ経験談が聞けましたし」
「じゃあ、俺の経験談でも聞くかぁ?」
アイマンはさっきよりも上機嫌で、酔いが回っているようだ。ミーシャが酒に弱いのは家系か、と思ったが、彼と少女に血の繋がりがないことをカズホは思い出した。
「まあ、聞いてもつまらん話だからせんがな」
「聞きたいです」
「うん?」
「ミーシャとの出会いや、彼女がどうして傭兵をしているのか……あっ、もちろん、よければですけど」
アイマンが、「あぁ」と言って、注いだワインを飲み切った。
「俺が切り出したんだ。気にするな」
それから、娘の寝顔を優しく見詰めた。
「そうだな、じゃあ、この子を預かった時の話をしようか」
懐かしそうに目を細めたアイマンは、確かにミーシャの父親だった。