第四章 風使いと宿屋の夫婦-2-
そういえば、この宿屋にしようと言ったのはミーシャだった。
「前から、この子のことを知ってるんですか?」
「ああ、父親だ」
「あっ、お父さ……えぇ⁉」
「正確に言えば、育ての親、だ。血の繋がりはないが、ミーシャは手のかかる可愛い俺の娘さ。あぁ、名乗ってなかったな。アイマンだ。よろしく」
「あ、カズホです。よろしく、お願いします」
突然の自己紹介に、カズホが改まれば、アイマンは「いいよいいよ」と苦笑しながら手を振った。
「この子はもう独り立ちしたんだ。男を連れてこようが……」
「違います! お父さ……あ、いや、アイマンさん。俺は、あっ、いや、僕は、ミーシャに、じゃなかった、ミーシャさんに助けられて」
「だから、そんなに畏まらなくていい」
アイマンの苦笑が、微笑みになった。
「変に真面目な男だな、君は」
「あ……」
一瞬、カズホの視界にチラついた記憶があった。
赤井だ。
(赤井さんは、大丈夫だったんだろうか?)
夢の中で、道路に倒れ込んだのは、カズホだけではなかった。ということは、赤井ももしかすると、大怪我を負っているかもしれない。
が、今はそれを心配しても、どうすることもできない。
(無事を、祈ろう)
湧き出た心配をぐっと堪え、カズホは突っ伏したミーシャを見た。頬から耳まで真っ赤にした彼女は、にんまりと眠っていた。
「部屋まで運ばないと」
「あぁ、俺がやろう。お客も引いた。片付けたら、部屋に連れて行くよ」
アイマンの申し出に、カズホは頷いた。変に自分が連れて行くよりも、父親の方がいいだろうと思ったのだ。
アイマンが各テーブルの皿を片付け始める。
「片付け手伝います」
気付けば、周りの客は一人もおらず、残っていたのはカズホと酔い潰れたミーシャだけだった。
「豆スープ代です」
「真面目だな、君は」
アイマンが声に出して笑った。