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第三章 現と夢の狭間-4-

 何度も呼ぶ声がする。何度も揺さぶられた。


(だ、……だ、れ?)


「……ホ、カ、……カズホ!」


 呼ぶ声がハッキリとする。そしてその声の主が分かった。


「ん……ミーシャ?」

「よかった! カズホ……カズホ、あぁやっと目を覚ました……」


 醒め切らない頭でのっそりとミーシャに首を傾ければ、彼女がへたりとベッドの端に座り込む。なぜか、泣き出しそうな顔をしていた。

 カズホは腕に力を入れ、上体を起こす。


「ミーシャ? どうしたんだよ?」

「どっ、……どうしたんだ? じゃない!」


 困った顔でカズホがミーシャを見ていると、ドア越しに心配そうな表情でこちらを見ている男が目に入った。大きな熊を模したような男だ。


(確か、宿屋の店主?)


「お連れさん、大丈夫かい?」


 困惑気味に訊く店主に、カズホは一応「ああ、うん。大丈夫です」とだけ答えた。


「そうか、よかった。落ち着いたら、下にご飯を食べに来なさい」


 店主はそう言って、仕事に戻っていった。

 残されたカズホとミーシャは、それからお互いに黙っていた。

 カズホとしては、どう話しかけていいのか分からなかった。それだけ、ミーシャが狼狽していたからだ。


「ミーシャ……」

「もう、目を覚ましてくれないって、思った」


 やっとカズホが声をかければ、ぽつりぽつりとミーシャが言った。


「そんな、ちょっと起きなかったからって……」

「ちょっと起きなかったって、どんだけ起きなかったと思ってんの⁉」

「え?」


 きょとんとするカズホに、ミーシャはキッと鋭く睨みつけてきたかと思えば、勢い良く立ち上がり、傍にあった椅子から緑色の布を持ってきた。


「昨日の朝、これができたから、すぐカズホに見てもらいたくって、あなたの部屋のドアを叩いたら、起きてこなくって……疲れてるのかなって思って……でも、お昼になっても、夜になっても起きてこないから、心配になって何度も何度も部屋の前で呼んだんだけど、開けてくれなくて……! まさか、死んでんじゃないかって本当に怖くなって、おじさんに言って、ドアを開けてもらって、そしたらあんたはぐぅぐぅ寝てるし! でも、寝てるだけなのに、起きてくれなくて……なんだか、本当に……カズホがここに落っこちてきた時よりも生気がないような……このままいなくなっちゃうんじゃないかって……」


 息継ぎも忘れているのかというほど、ミーシャが畳みかけた。最後は涙声で、カズホは胸を締めつけられる思いだった。


「ごめん。心配かけて、本当にごめん」


 顔を覆ってしまったミーシャを、ベッドから降りたカズホは抱き寄せた。落ち着かせるように、ゆっくりと抱き締める。


「どこにも行かないよ。俺は、ここにいる」

「……本当に? ……うぅん、駄目だよ」


 一瞬カズホの背に手を回したミーシャだったが、そっと腕から逃れた。それはまるで風のようだった。


「カズホには帰る場所がある」


 小さくも噛み締めるように言われた彼女のそれに、カズホはハッとする。

 今はこちらがカズホの現実で、でも、さっきの夢の中が一穂の本来の現実だ。


(生きていく……それは、どっちで?)


 こっちでは、まだ二か月ほどの時間だが、すでにずっといるような感覚がしていた。

 ミーシャとも、これからも一緒にいると、なぜか心の片隅で思っている自分がいる。

 しかし、選択をする時が必ず来るのだ。


「ちょっと遅くなっちゃったけど、夕食食べに行きましょ? そこで、今後のことを話さなくっちゃ」


 ミーシャの方が気丈だった。

 カズホは、彼女の後を今日もただついていくしかなかった。

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