第三章 現と夢の狭間-3-
「いや、良いと思うよ、俺は。おまえら世代は、この先さらに厳しい。国も社会も、何も保障がない。この国でなければ、今の人生でなければ……思って当然さ」
「でも、俺の同期はどんどん上に行って、会社を変えてやろうっていう奴もいて。なんだか、そういう向上心も羨ましいんです。俺には、今そういった明確な目標がないから……」
ただ与えられた仕事をこなす毎日。別に不満だらけなわけではないが、満足というわけでもない。
でも、それは自分に明確な目標や目的がないからだと、一穂は思っていた。大きくて激しい社会の波に、抗う力は自分にはない。それでいいと甘んじていた。
が、心のどこかで、それでは駄目だと叫ぶ自分がいて、この先の見えない不安から逃げたいと願う自分もいる。
「別の人生を歩めても、自分が変わらないと、何も変わらないと思うんですけどね」
「どうだろうな」
赤井はそう応えて、残りのビールを煽った。
「苦しい時こそ、というが、そんな日々が続いたら、変わるための活力もなくなるさ。それが、今の世の中だ。おまえのせいじゃない」
一穂も、泡の消えたビールを少し飲む。苦みが口の中に広がった。そして、心地良い酔いも染み渡る。
(俺は、何を求めているのだろう?)
どうしてか、少し寂しさが募った。
それから、酔って足元が覚束ない赤井に肩を貸して、駅まで歩いた。
(そうだ)
冬に向かって冷たくなっていく風を酔った頬に浴びながら、一穂は歩いていた。
赤井が、「すいませんねぇ」と舌足らずな言葉で真横を歩いていた。
(そうだ、この後)
一穂は、ゆらゆらしている赤井が倒れないように支えながら、横断歩道で待っていた。
と、背後で数人の大声がして、それがどんどんと一穂達に迫ってきて――
「あっ」
ドンっと赤井に誰かがぶつかった。よろけた赤井が道路に倒れそうになって、肩を貸していた一穂も支えようと踏み出してしまった。
大きな一対の光が一穂達を照らし出した。急ブレーキが聞こえた。
悲鳴が聞こえた。
痛みは、なかった。
(そうだ! 俺は……!)
目の前に、一対の瞳。車のライトだったそれが、ドラゴンの眼となった。
それは、赤き炎と化し、最後にはドラゴンの姿を成した。
『生きたいか?』
(ルベル・インバニア――!)
一穂は手を伸ばす。見えない何かを掴むように、その手は空を切った。
が、また手を伸ばす。何度も、何度も。
(俺は、生きたいんだ!)
一穂の心の叫び声は炎となって、遂には――――