第十二章 新たな一歩-3-
やはり思い出せば、涙が溢れそうになる。棘は抜け切れない。この先もそうかもしれない。
でも、そうでないかもしれない。
人の記憶とは、どうしても薄れていくものだから――
ディノスは、目を見開いて聞いていた。
「あたしは、タクシィを倒すために傭兵になった。いつか必ず、自分の手でこの家系の風を終わらせるって。そう思っていたわ」
「……今は?」
ミーシャは、自分の掌を見詰めた。
傭兵になって、風使いとなって、父の本当の強さが分かった気がした。近付けた気もした。けれど、まだまだ遠い気もする。
タクシィがいなければ、今のミーシャはいないのだ。
「憎い気持ちは、消えていないわ。これからも、分からない。でも、タクシィは今、あたしの大事な仲間。そう気付かせてくれた仲間が、今はいる」
「仲間……」
孤独な少年は、足元を見た。どこにも行かない、どこにも行けない自分の影が、そこには映っていた。
「誰も、何もしてくれないかもしれない。哀しみを理解してくれる人は、この世界にそんなにいないわ。あたしは、きっと運が良かった。そして、きっと君も」
ミーシャが言い終わる前に、背後からたくさんの慌ただしい足音がした。
「あれ? ミーシャ先生じゃん! っはよ!」
「そんなとこ突っ立ってないでさ、歴史の勉強見てくれよ! ここ、昨日読み直してたんだけど、このひと何した人だっけ?」
「その前に、オレの構えを見直してくんね? どうしても決まんなくってよ」
「おまえは体感がブレブレなんだよ。そこはさ」
「オレはミーシャ先生に見てもいてぇの!」
ミーシャのクラスの訓練生達が、二人を賑やかに取り囲む。あっちからこっちから腕を引かれ、ミーシャは笑った。
「あぁあ、はいはい、今行くから。ダフネ、どこ読み返してたの? こら! ヨルゴス、アルキポス! 殴り合わない! ディノスも、はやく行くよ」
訓練生に囲まれるミーシャの呼び声に、ディノスが小さく「ああ」と返した。
ヨルゴスとアルキポスは、それに驚いて、思わず互いを攻撃する手を止めたのだった。




