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第二章 傭兵と魔法-9-

 ミーシャが良いと言っていた宿屋に着いた頃には、陽が沈みかけていた。


「こ、こんなに買うかぁ?」

「だって、カズホがどれも似合うって言ってくれたでしょ?」

「言いましたよ、言いましたけれども……ねっ」


 ミーシャの部屋に、買った布地やアクセサリーを運び込む。床によっこらせと置くと、「ちょっとぉ、もう少し丁寧に置いて」と不貞腐れられた。


「こんなに買ってどうするんだよ?」


 それを見て見ぬふりで、カズホはまた問うた。


「どうするって、衣装にするの。カズホのも作ってあげるね」

「えっ? 作るの?」

「そうよ。布のままじゃただの荷物じゃない」


 それはそうだが、とカズホは思う。


「それに、作った服を衣料店に売れば、またお金になるわ。傭兵業だけだと身が持たないからね」


 そういえば、イーリアでミーシャは踊り子をしていた。一度だけ見に行ったことがあるが、お店の雰囲気がちょっと馴染めなくてそれっきりだったが、とても綺麗で周りの客達がミーシャの出番の度に喜びの声を上げる気持ちが分かった。

 それだけ、ミーシャは輝いていた。衣装も確かに綺麗だったが、何よりミーシャが美しかったのを記憶に刻んだ。

 が、その綺麗なステージ衣装も自分自身で繕ったということだろうか。


「イーリヤにいた時も自分で?」


 カズホの問いに、ミーシャは「そうよ」と軽く答える。


「サリアに来る布屋の店主は、流行りを熟知してるから助かるわ」


 そう言いながら、俺の周りをぐるりと回りながら、俺の体をじろじろと見るミーシャに居心地が悪くなる。これ以上、うら若き乙女と同じ部屋に一緒入るわけにも、とイーリヤでのひと時や道中のことを棚に上げて心配になった。


「そ、そろそろ自分の部屋に戻る……」

「ダメ! ちょっと腕を上げて」

「あ、はい」


 Tの字になる俺に、買った布を当てながら、時々巻くようにして、ミーシャは唸っていた。


「やっぱ男の人って布食うわね。多めに買っておいてよかった」

「……もしかして、ほとんど俺の?」

「違うわよ。男物は高値で取引できるのよ。男用の服屋が多くなってるからさ。最近、男達もオシャレに敏感なの」


 手際良く俺に当てていた布を纏め、次の物を同じように宛がう。


「……しまったなぁ。カズホが緑似合わない」

「ほっとけ!」

「でも、差し色にすればいっか。後は売ろう」


 カズホのツッコミを無視して、ミーシャは一人納得していた。

 それから、回れだの、座ってくれだの、また腕を上げろだの、散々マネキン代わりにされたカズホが、ミーシャから解放されたのは、陽がどっぷりと浸かった頃だった。

 自分の、自分だけの部屋に着いた瞬間、カズホは大きく息を吐いた。


(久々だぁ……この一人の感覚)


 独り暮らしが長いカズホは、忘れかけていた。この自由な感覚。

 ベッドに大の字で倒れ込む。ふかふかとは程遠い固い木のベッドだったが、体から力が抜ける。

 が、もうなぜか彼女が傍にいる時間も平常というか、通常ともなっているのか。少しすると、彼女の声が聴きたくなっていた。


(ダメダメダメ。彼女は命の恩人で、同行してくれている親切な女の子。ほんとお節介過ぎて、強過ぎて、普通の女の子……)


 振り切るように想いを巡らせていると、徐々に瞼が重たくなってきた。

 そうだ。これでいい。眠ってしまえば、彼女を想わなくていい。

 そして、思い通りに、睡魔はカズホを夢の旅路へと導いた。



 いや、夢はこちらか。どちらだ――



(俺は今、どこにいるんだ?)



 夢は科学的に言えば、記憶の整理だ。

 が、カズホは一穂で、ここは今で、現実で、現で、幻で、夢なのだろか。



 睡魔の微笑む方へと、ただただ泳いで行った。

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