第一章 目覚め
もしも、生まれ変われるならば……
何になりたいだろう?
金持ち? 資産家?
スーパーマン? それとも、モテモテのヒーローか?
ふとした時に思っても、それらは決して現実的ではない。
すべては、夢物語。
この現実も、もしかしたら夢なのかもしれない。
でも、大人になればなるほど願った。
【今】が夢で、もっと別の人生を、なんだかよく分からないけれど別の何かになれたらいいのに、と。
別の世界を歩んでみたい――と。
体中が痛い。
軋むような痛みで目が覚めた。指を動かしてみる。それだけでも、ビリビリと痺れる。足も少し持ち上げてみた。
「っ……ぃ……て」
声を出そうと思えば、掠れていた。
体が動かないならば、頭を動かすことにした。
まずは、自分の名前だ。
(俺は……鈴木一穂)
一穂は安心した。自分の名前が分かれば、大丈夫な気がした。
次は、ここはどこか、と考えた。
目は見える。視界には、黄土色の天井だろうか、見えている。
ここは、病院か。いや、だとしたら、臭いが違う。大きく息を吸ってみた。土の香りがしている。
では、ここはどこだろう?
首は少しだけ動いた。傾けてみる。
「……な、んだ、ここ……?」
一穂は、目を見開いた。
ここは病院ではない。
そして、日本でもない。
小麦色の肌の少女と目が合った。
「気が付いたんだね!」
色鮮やかな衣装を揺らしなら、少女が駆け寄ってきた。それから、一穂の額に手を当てる。
「熱も下がってる。よかった」
少女がホッとしたように笑った。見知らぬ彼女のはずなのに、一穂もなぜか安堵した。
「キミが……助けて、くれた……?」
まだ掠れていたが、声は出た。
「ほんとびっくりしたよ。戦場に突然光と共に落ちてくるんだもん」
「せんじょう? ひかり?」
「憶えてないの? まっ、そうだよね。怪我して意識ないし、最初死んでるのかと思った」
彼女はそう言って、一穂の腕と足を見た。
「半月眠りっ放しだったしね」
「半月⁉ ッ……うぅ」
「いきなり大声出さないの! 傷に触るよ」
驚いて思わず体を起こしてしまった一穂を、少女は優しく摩った。
その手が温かく、一穂を一瞬だけも安堵させる。
「治るまで大人しくしてな」
「仕事が……」
「仕事? あなた、ソルジャー……なわけないか。あの恰好だと、商人? にも見えなかったけど……」
首を傾げる少女に、一穂もまた不安になった。
どう考えても、デスクワークやサラリーマンという単語は通じそうにない。
身分証明書は今手元になさそうだ。
では、自分を何者と言えばいいのだろう。仕事は、どう説明すればいいのか。職場にはなんて言えば――
次から次へと湧いてくる疑問と不安に、体より頭が痺れてきた。
「あなたを捜してる人がいるの?」
「俺を、……捜す人……」
両親がまず頭に浮かんだ。それから職場の上司や後輩。
(仕事が溜まってそうだ……)
こんな時も仕事のことを考える自分が滑稽に思えた。
「大丈夫?」
ここは、そんな心配よりも、もっと大きな恐怖がある。少女の曇りない茶色の瞳に、一穂は確信した。
「ここは、どこなんだ?」
少女も、何かを想ったのだろう。小さく頷く。
「ここは、荒野の国エリミヤ。ようこそ、異国の方」
一穂は、大きく息を吐き、そして黄土色の天井を仰いだ。