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エピローグ

 去り際にヌーヌが召喚した癒しの天使、イヴ・アーヴリルの力の恐ろしさを、僕は感じていた。恐ろしいと言っても純粋な恐怖とは違うけれど。

 何がって言うと、その回復力だ。怪我の完治は言うまでもなく、疲労もなければ筋肉痛も起こらなかった。体の隅々までが完全な状態。

 常に多忙な母さんや麻美姉にプレゼントしたい一品だ。

「……んーっ」

 それにしても良い朝だ。身体が万全ってこともあるけど、大魔王騒動の荷が少し降りたことも大きい。

 今日は月曜日。昨日の日曜日は読書や裁縫なんかを楽しんだ。たった一週間くらい忙しかっただけなのに、すごく久しぶりの休日に感じた。

 いつも通りに、世間一般では早朝、法橋家では日常の時間に目覚めた僕。すでに法蓮の布団は空で、キッチンから料理の音が聞こえてくる。朝からお手伝いなんて、成長したなぁ法蓮。兄としては、非常に喜ばしく思うことだ。

 僕も微力ながら手伝うか。

「おはよう」

 居間に繋がる戸を開ける。卓袱台のところに針金を弄る青梅姉がいて、キッチンに鼻歌を奏でる法蓮の姿がある。

「おはようさん、椿」

「ありゃ、母さんと麻美姉は?」

 朝食は家族一緒に食べることも多いんだけど、今日は二人も欠けている。

「母さんは出張で、麻美姉は深夜に急な仕事が入ったとか言ってたかな」

 麻美姉の方はともかく、出張なら前もって教えてくれよ、母さん。

「じゃ、今日の朝食は?」

「法蓮が作るって張り切ってたから任せちった」

 すっかり料理にハマったんだな。

 練習中なのに大丈夫か、とも思ったけど、朝食なんて手の込んだメニューじゃなくても良いから、なんとかなるか。

「青梅姉は何してんの?」

「あはは、台所に空いた穴からアレとかソレが出てね。塞ぐついでに補強しておこうかと思ってさ」

 アレとかソレ、か。食事前だから詳しくは訊かないけれど、多分チーズ好きと言われるアイツとか、漆黒のボディで見る者を恐怖に陥れるアイツとか、足が沢山あるアイツとかだろう。

 法橋家では、よくある事さ。

「なに、手伝ってくれんの?」

「時間があったらね。まずは法蓮を手伝ってくるよ」

 チョコチョコと動きまわる法蓮に目を向ける。ちっちゃくて頭の天辺しか見えないけど、一生懸命に朝食を作っているみたいだ。

「ちょいと待った」

「ん、なに?」

 なんだよ、人の顔をじっと見て。そんなに見た目だけは綺麗な顔で見つめられたら、照れるじゃないか。

「ふむふむ」

 だから何さ。

「昨日はほとんど顔を合せなかったから分からなかったけど……」

 あぁ、そう言えば青梅姉、昨日は一日中ずっと出かけていたな。

「……お疲れさん。なんか知らないけど、やり遂げたって顔してるよ」

 一瞬、息が詰まった。危ない危ない、不意打ちの優しい労いに涙が出そうになった。

 本当によく見てるんだな。

「別に何もしてないってのに」

「はいはい。そういうことにしておくよ」

 青梅姉は全て知っているんじゃないだろうか。いやいや、これはきっと自白させる作戦だ。引っ掛かるな。

 気を取り直して、法蓮を手伝おう。

「おはよう法蓮。ごきげんだね」

「椿ちゃん、おはよう」

 はいはい、今日も最高に可愛いねぇ。

「なにか手伝おうか?」

「んーっとねぇ、じゃあ使ったフライパンを洗ってくれる?」

 洗っちゃう洗っちゃう。兄ちゃん、法蓮のために全力で洗っちゃうよ!

「わかった、任せろ。この命に代えてもその任務、こなしてみせるさ」

「あの、そこまで大袈裟な仕事じゃないよ?」

 フライパンに、僅かに付いた黄色の物体、この匂い。ほーう、出汁巻き卵か。初心者には随分と難易度の高い料理を作ったね。

 他は……ご飯と漬物、焼き魚、調理中の味噌汁ってところか。和の定番がズラリと並んでいる。

 よぅし、法蓮の作った朝ごはんという至上の楽しみも待っていることだし、気合入れて洗いますか。

「うおぉおおおおおおっ!」

 スポンジよ、我が剣となり、汚れを斬り裂け。

「どぉおおおりゃあああああっ!」

 ふははははっ、油汚れなど敵ではないわ。

「椿、うっさい!」

 卓袱台から青梅姉の怒声が聞こえた。

 うんゴメン、ちょっとテンションが上がり過ぎた。

 しかしアレですな。こうして並んでキッチンに立つと、新婚さんみたいで、ちょっと緊張する。兄の特権だな。

「ふんふんふーんっ」

 ああ、可愛いなぁ。

「ふふふーんっ。ふっふふー……きゃあっ!」

「どうした?」

「ね、ねずみーーーーっ! 椿ちゃん助けてぇ!」

 抱きついてくる法蓮。いいぞネズミ、グッジョブだ。ああ、このまま時間が止まってしまえば良いのに……。


 夢から覚めたみたいに帰ってきた日常がある。短い間だったけど物語の中に居たみたいで、あのスリルを、無事に乗り越えた今だからこそかもしれないけど、楽しかったと感じている。

 ヌーヌが大人しくしている限り、もう変身する機会も戦う機会もないのだと思うと少しだけ寂しい。

 あの戦いでは、これまでの人生の中で最も活き活きとしていられた。別の言い方をするのなら、生きていることを最大限に感じたってところだ。

 命を危険にさらすことで、より自分と命を認識する。死の間近に身を置くことで得られる想いがあったこと、体験するまで気付かなかった。

 数日間の非日常は、その他にも多くの宝物を僕に残してくれた。

 その一つは魔法のブローチ。持ち歩いてはいるけど、ランドセルの奥に御守りの如く眠っている。

 他には……そうだな、本当に沢山あるから、全部は挙げられない。もう一つだけ言うなら、ちょっとクサイけど、仲間との絆、なんてのもあるかな。

 でもまぁ、

「あらクソ犬。これから帰るのかしら?」

 この呼ばれ方は変わらなかった。ザグイ戦の時に僕を「椿」と呼んだのは、やはり死の淵で聞いた幻聴だったのだろう。

「うん。二人も?」

「ええ」

「そうだよ」

 最近は示し合わせたわけでもなく、自然と学校や道端で出会う。見えない絆の力でも働いているのか、あるいは今までにも遭遇していたけどお互いに意識していなかったのか、答えを知る術はない。

 とにかく、そんなわけで僕達は仲良くやっている。

 並んで学校の玄関を出ると、そこに二人の黒服がいた。

「氷花のお嬢、今日は迷子になられんよう、お迎えに来たけぇ」

「凛火お嬢様、目障りな人物に不快な思いをされないよう、護衛に参りました」

 恭しく頭を下げた後、二人は睨み合った。

「一々突っ掛かってくんなや。なんじゃ、寂しいんか?」

「その似非方言が特に不快だと言っている。貴様は標準語だっただろう」

「特にとは何じゃい」

「その他、顔や声や存在、肘のホクロなどが挙げられる中で特に、ということだ」

「死なすぞワレェ!」

 この様に、浩一さんや浩二さんと顔を合わせる機会も増えてきたんだけど、毎回こうだ。そして最後には、

「変態お嬢様、どちらがクズだと思われますか?」

「変態のお嬢、このアホじゃろ?」

 なぜか僕に振られるようになった。いつの間にか定着した流れだ。

 おそらくはお互いが主人に迷惑を掛けないようにした結果なんだろう。

「だから変態って言わないで下さいよ」

「変態は変態だから変態でしょう」

「別に恥ずかしがることはないけぇ、胸を張れや」

 コイツらは……。

 言っておくけど、アンタらの主人は僕達を置き去りにして、帰り始めてるからな。氷花さんは凛火に引っ張られて、だけど、

「凛火様、氷花ちゃん。助けて!」

「うんー」

「関わったらダメよ、氷花。バカとアホと変態がうつるわ」

 ちょっとぉ! 命を預け合った仲だっていうのに、冷た過ぎない?

 こんな時、どうすれば良いんだろう。この面倒な二人を流すには、どうすれば……。

 考えていると、白いワゴン車がどこからか高速で走って来て、近くに急停車した。

「みんな乗ってくれ。アレの目撃情報が出た。被害も出ている」

 蘭堂先生の言葉で、僕達三人の顔つきがガラリと変わる。救世主かと思いきや、物騒なオマケ付きかい。

 やれやれ、もう戦うことはないと思っていたんだけどなぁ。

「お嬢様、そんな怪しい車に乗られては……」

「お嬢、降りんかい!」

 黒服達は焦る。

 だけど構わず乗り込んだ。

「これ、教師だから。問題はないわ」

「今日も帰るの、ちょっと遅くなるかもしれないねぇ」

 そして走り出す。大魔王の居る場所に。

 少しの不安感と少しの高揚感、

「蘭堂先生。どこでどんな被害があったんです?」

「商店街の魚屋で、高速の球体が魚を食い尽くしたらしい。目撃者はペンギンやイルカに似ていたと語っている。間違いなく奴だ!」

 それから多大なるガッカリ感を乗せて。

 古の大魔王が何をやっているんだか。

 どうやら僕達が変身しなくなるのは、まだ先のことらしい。これからも騒がしい日々と非日常が続くんだ。

「なんだか嬉しそうだねぇ、椿くん」

「ニヤニヤして気持ち悪いわ」

 はははっ、なにを言ってるんだか。

「自分達の顔も見てみなよ」

 お付き合いくださり、どうもありがとうございました。

「魔法幼女☆法蓮たん」というスピンオフを書こうかと思いましたが、内容が特に思い浮かばないのでやめておきます。よく考えたら椿たちと一歳だけの差で幼女と呼ぶのもおかしいですし。


 今回で完結となります。

 楽しんでいただけたならば幸いです。

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