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魔法使い

 突然の声に反応し、チェーブは素早く声とは反対の側に席を立ち中腰で身構える。顔だけは驚いた表情だ。身体が勝手に動いたのだろう。1流の狩猟者らしい、素早い対応だった。しかし、タータは首だけを声の方に向け、面倒くさそうに話していた。


「盗んでねぇよ。武器を借りるってちゃんと言ったじゃねぇか。」


 テーブルのすぐ側に、濃緑のローブを被った人物が立っていた。フードを深く被っているため表情は伺えない。男か女かも分からない。チェーブは明らかに不審なフード姿に警戒を強めるが、2人は当たり前のように会話を進めていた。


「はんかくせぇこと。おめ武器借りるって言うからよかべ言うたども、鉈は武器でね。」

「刃のある金属ってのは武器だろ。」

「まんずふなまずれえわらすだな。マキリだって武器とは言わね。武器にもなるだけだで。鉈もそだ。」

「俺にとっちゃ武器だったんだよ。いいじゃねぇか、困らねぇだろ?」

「ほいどたがれがぁ。薪割り出来ねっしょや。はえぐ返せ。」

「はぁ、魔法使いなら魔法でやりゃいいってのになんでわざわざ鉈使うんだか。」

「前に言ったっしょや。生活は過程さ大事。えがあずましくなる。」

「あ、チェーブ。構えなくていいぞ、無駄だしな。コイツが魔法使いだ。」


 タータが身構えたまま固まっているチェーブに声をかけた。チェーブがはっとしたように構えを解いて席に戻るが、表情は驚いたままだった。何を話していいか分からず言葉も出ない。


「コッチは俺の元弟子だ。気にしねぇでくれ。」

「会えたが。がっつおがったなぁ。」

「違ぇよ。あのときの子供じゃなくて、それより前の弟子だ。」

「そか。」

「髪の色も違うだろうによ。」

「興味ね。」

「なぁ、何話してんだ?北の言葉ってのは分かるが、内容がまるで分からねーんだけど。」


 抑揚や強弱が独特な北国訛りの言葉は、チェーブにはまるで分からない。ただし魔法使いも同様のようで、その問いに首を傾げた。タータが代わりに答える。


「鉈ってのを借りてたんだが、それを取り返しに来たんだってよ。」

「んだ。」


 タータが空になった皿を重ねスペースを作り、外套の下から鉈を取り出してテーブルに置いた。一般的な山刀とは逆に反った刃を持ち、先端が直角で刃先がない。代わりに鼻のように内側に突き出た突起がある。


「こっちでいう手斧と山刀の間の子みたいなもんだ。これが便利でな。武器代わりに借りてきた。」

「ほー、面白い形してんな。逆に反ってんのか。これで切れんの?」

「あぁ、普通の鉈はそうでもねぇが、コイツは切れる。それに重い。薪割り、枝切り、縄切りと色々使えんのさ。」

「この突起はなんに使うんだ?」

「引っ掛けて引き寄せるのに使う。ノミみたいになってるから削ったりも出来るな。」

「おめさの手斧だ。ほれ、ばくれ。」


 魔法使いの左手にはいつの間にか斧が握られていた。タータが死ぬ直前に使っていたモノだ。巨漢のタータにとっては手斧だったが、対人用の戦斧ほどに大きい。ほとんど使われなかったのか、そこかしこに錆が見える。


「今の俺にゃデカイんだよソレ。柄が掴めねぇし。なぁ、しばらくこっち貸しといてくれねぇか。」

「だはんこくな。それ、わのでおめのでね。」

「なぁ、頼むよ。使いやすいかどうかってなぁ、狩猟者には重要なんだ。」

「ほんずなすが。おめのもんも大事にしねのに貸さねっしょや。こんな錆させて。」

「それ買ったばっかだったんだよ。愛着もねぇし、殺されたときを思い出しちまう。大事にするも何もねぇんだ。売って金にするぐらいしか使い道ねぇよ。」

「む。これなげるんか。せば・・・うん。」

「んグ、タータさん料理冷めるぞ?」


 2人の言葉がまるで分からないチェーブは早々に食事を再開していた。返せ、貸せの問答をしてるのはなんとなく理解しているが、何もしようがない。促されたタータもまた、最後の一口になったパンを口に入れた。


 一方で魔法使いは、左手に持った斧に右手をかざす。すると斧頭が取れないはずの上方に外れ、空中に静止した。そして熱せられたかの様に色が黒から赤、さらに黄色へと変わる。鉄が溶けたときそのままの色に、チェーブは思わず席を立って離れた。タータの語っていた「鉄を溶かすのだって簡単にやっちまう」という言葉を思い出したのだ。


 色を変えた斧頭は形を変えていく。しかし鍛冶場で感じるような、解けた鉄に特有の熱が無い。あっけにとられるチェーブをよそに、鉄はどんどん形を変えていく。そして変化が無くなったところで表面に一瞬だけ様々な模様が入り、急速に色が黒へと戻る。そこにはテーブルの鉈とほぼ同じ形の物が出来ていた。


 魔法使いは空中に浮かんだままのそれを手に取る。素手で普通に触れているということは、すでに熱は消えているようだ。次いで、左手に持っていた柄にピシリと線が入り一部分だけが削り出され、残った部分がかき消えた。それを左手で茎に当てて握りこむと、ゴリッと音が響く。手を離すと立派な柄が出来ていた。


「これでよかべ。ほれ。」

「・・・すまねぇな。」

「柄さ細めとるであんべよかべ。形もそう変わらね。鞘さそのまま使えるっしょや。」

「あぁ、握りやすい。悪ぃな、せがんだみたいになっちまった。そういうの嫌いなんだが。」

「ごんぼほるわらすの相手はたいぎぃわホント。」


 出来上がった鉈をタータは受け取り、テーブルの鉈を魔法使いが受け取る。どうやら交渉の末に魔法使いが出した結論は、新しいのを与えて取り返すことだったようだ。退避していたチェーブがゆっくりと椅子へ戻って、驚きすぎたのか呆れたように口を開いた。


「こりゃすげぇわ・・・。魔法って本当に魔法なんだな・・・。こりゃタータさんもそうなるわけだ・・・。」

「なんぞ?」

「御伽噺の魔法みたいだってよ。俺がこうなったのも納得だってさ。」

「そか。あとおめ、いずいとこねか?」

「大丈夫だ。さっき貴族が近くに居たときゃ震えたが、そんぐらいだ。それに今朝分かれたばっかだぞ。」

「そか。せば、帰る。」

「ありがとよ。次来るときは先に一言・・・って速いな。」


 タータが言い終える前に魔法使いはこつ然と消えていた。


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