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昼食と“振り払う斧”のメンバー

 ギルドを出ると腰に手を当てたタータがチェーブを見上げながら宣言した。


「じゃ、“花と月亭”に行くぞ。」

「うぇっ!?もっと違うとこでいいんじゃ・・・。」

「うっせぇ、お前が余計なことフェレストに吹き込んだのが悪ぃんだろうが。」

「はぁ・・・お手柔らかに頼むぜ?」


 花と月亭は平民向けの小さめの食堂ではあるが、少々値の張るところだ。狩猟者や傭兵であれば仕事明け、市民なら祝い事や特別な日の夕食で使うことが多く、昼食に使うのは羽振りの良い商人ぐらいだ。つまり、財布に厳しめの店だ。しかもタータは大食漢で有名な狩猟者で、本人も屋台1つなら食材すべて食えると冗談交じりに言っていたものだ。身体が小さくなったとはいえ、どれほどの出費になるか想像もできない。


 そのままタータが先に歩き出し、チェーブが後ろを渋々とついていく。2人はそのまま大通りへ出て、街の中心部へ向かって進む。初夏へと近づいていく街は活気に溢れ、街路のところどころに植えたある木々も若葉の色を濃く変え始めていた。まだ少し肌寒いものの、路傍や植木鉢に咲く花も多い。久しぶりの街にタータの機嫌も少し持ち直したようで、後ろを歩くチェーブに鼻歌が聞こえてくる。


「ずいぶんご機嫌じゃないか。」

「またココを歩けるとは思ってなかったからな。そりゃ気分がいいさ。」

「そりゃそうか。」

「このナリにゃ困ったもんだがな。」


 道すがらすれ違う人、特に女性は、2人の組み合わせを見ると笑顔になっていた。率先して先導する嬉しそうな10歳前後の少女と、いかにもしぶしぶ付き合ってる大人の男。微笑ましくて頬が緩んでしまうのだろう。


 2人は中心街の手前で大通りから広めの路地へ入っていく。中心街や大通りには、直接馬車を乗り付けてくる貴族や商人向けの店が軒を連ねるため、そこから少し離れた場所に平民向けの店は並んでいる。その一角にある、色とりどりの花を飾ってあるのが目的の“花と月亭”だ。


 店内に入ると客はまばらで、昼食には少し早いようだった。2人は座ったときに目隠しになる程度の低い衝立があるテーブル席へと陣取り注文をする。食事処は前払いが基本でその場で支払いをするのだが、チェーブが不安になっていたほどの額にはならなかった。注文をとった女給が離れると、ホッとしつつも意外そうにチェーブが尋ねる。


「そんなもんでいいのか?もっと頼むもんだと思ってたけど。」


 タータの注文はポトフ、チーズと野菜を挟んだ白パン、そしてイチゴのパイでどれも子供サイズだ。大人用の料理を3人前頼んだチェーブに比べると非常に少ない。


「こうなってからあんま食えねぇんだ。」

「タータさんって言やあ、大食いで有名だったもんだけどなー。」

「好きで食ってたワケじゃねぇよ。デカイせいで食わねぇともたなかったのさ。」


 かつてのタータは巨漢、それも巨人と揶揄されるほど大きかった。扉は屈まなければ通れないし、この店のように天井が低い場合はずっと中腰だ。食事も巨体を維持するため量が大事で、5~7人前が普通、下手すれば10人前を食べてしまう。その頃のイメージが強かったチェーブからすれば、注文した量の少なさは驚愕だった。しかし、もうひとつ驚いたことがあった。


「でも甘味は食うんだな。苦手だったんじゃなかったっけか。」

「こうなってから甘い物が美味いんだよ。いや、美味いとは別の感覚だな。こう、幸せな気分というか。」

「マジかよ・・・。」


 タータが甘いものを自ら注文した。仲間内ならちょっとしたニュースになる事案だ。果物ですら滅多に食べないほど甘いものは苦手で、賭けの罰ゲームで食べさせられたときは酷く不機嫌になっていたものだ。


「変わっちまったな・・・。」

「うっせぇ。舌もガキなんだよ。それより、“振り払う斧”の他の連中、どうなったんだ?ミストレットが抜けたんなら解散も分かるが、ウースが街にいねぇってのが意外でよ。」

「あー・・・そのことか。」


 チェーブは言いよどんで、周りを見回してから息を吐く。よくないことでもあったのかと感じたタータは少し身構えるが、チェーブは明るい声でメンバーのその後を語り始めた。


「ミストレットさんはもう話したっけか。今は嫁さんの実家で農家とキコリやってる。」

「街生まれだと村生活は大変だって言うが、まぁアイツなら大丈夫か。」

「ああ、冬前に街に来てたけど元気だったし、楽しいってよ。また子供が生まれるとか言ってたな。」

「お盛んなこった。」

「全くだ。相変わらず、ずっと嫁と子供自慢だったぜ。」


 ミストレットは狩猟者には珍しい妻帯者だった。お互いに一目惚れだったそうで、親しい連中は嫌というほど惚気話を聞かされてる。さらに子煩悩でもある。話題を振ると嫁と子供の自慢話が延々と続くため、仲間内では一種のタブーとされていたりする。


「で、他は?」

「フルトゥーレは・・・タータさん、あいつが貴族だって知ってたか?」

「男爵家の三男だって聞いたな。」

「なんだよ、知ってんのかよ。兄弟弟子の俺にも別れる直前まで教えてくれなかったってのに。」

「たまたま聞いたんだよ。これでも師匠だったからな。」

「たまたまねえ。ま、いいや。あいつはしばらく別のチームに入ってたんだが、半年前に実家に戻った。戦争始まったから家を手伝えって言われたってよ。自由がなくなるって嘆いてたぜ。」

「貴族らしくない、変わったヤツだったからなぁ。」


 狩猟者にはたまに貴族がなることもある。武者修行だったり、貧乏な家から半ば追い出されたりと理由は様々だが、ほとんどはチームに所属しない。普通は見習いとしてどこかのチームで学ぶものだが、貴族としての矜持があるせいで平民に教えを請いたくないからだ。平民と同じように見習いからスタートし、誰にでも分け隔てなく接するフルトゥーレは、貴族らしくない変わり者だった。


「だよなー。人が真に欲しているのは自由だ!とかよく分からねーこと酔った席で叫んでたっけ。」

「しかし戦争か。人を相手にするの嫌いだったろうによ。」

「喧嘩したって話も聞いたことねーしな。」

「人殺しなんて出来るのかねぇ。」

「いや、戦場には行かないって言ってたぜ。なんでも、出陣する兄の留守を預かるとかなんとか。」

「じゃあ、西か。少し寄り道して会いに行ってみるかな。」

「実家の場所も聞いてんのかよ。俺には教えてくれなかったんだがなあ。」

「カマかけたら引っかかったのさ。男爵領は少ないしな。」


 男爵は最下級の貴族で、より上位の貴族の手足となって働いている者がほとんどだ。かつては領地持ちもそれなりにいたらしいが今は少ない。土地が小さく、重要でない場所しか与えられないため、領主として優秀でなければ維持できずに手放すことになるからだ。


「あと、ルクスタは王都に出てみるってさ。一度住んでみたかったとか。」

「まぁ若いしな。俺が見たときは危なっかしい見習いだったが。」


 “振り払う斧”最年少のルクスタは、タータが健在だった2年前まで見習いだった。狩猟者であれば田舎に近い街のほうが仕事が多いのだが、そこまで考えられないのは上昇志向の強い若者に特有のものだろう。


「他と比べると優秀なんだぜ?マーレが出来過ぎなんだよ。ウースさんも困ってたぜ。教えることがないってな。」

「マーレは色々、っていうかリースは自分が守るんだ!って背負い込んでたからな。キッチリ教え込んでなきゃダメだったんだよ。」

「妹思いだよなー。俺の兄貴とは大違いだ。」


 マーレは妹のリースを非常に可愛がっていた。土産や甘味なとは一口食べただけで、必ず妹に全て譲る。兄弟とは食事の取り合いをするのが当たり前。そう思っていたチェーブには信じられない光景だった。


「お前は世話しなくてもいいぐらい逞しかったんだろ。」

「まあ、な。兄貴が何してきても返り討ちにしてたし。」

「・・・2人はこっちに戻ったときはどうだった?」


 チェーブの軽口にも返さず、タータは不安そうに聞いた。途中で放り出さざるを得なかったことで心配なのだろう。チェーブは弟子のその後を気にするのはいかにもタータだと思い、苦笑気味に答える。


「リースは泣いてたよ。マーレも茫然自失って感じでな。」

「2人には悪いことをしたなぁ・・・。」

「タータさんのせいじゃねーさ。」

「分かっちゃいるんだがなぁ・・・。」


 食事の手が止まり、タータは俯いて長いため息をついた。あの時、あの場所での自分ではどうしようもなかったこととはいえ、やはり悔やんでしまうのだ。それが分かったチェーブは努めて明るい声で続きを話し出す。


「じゃあ、それからの話な。何があったと聞いても、タータさんが殺されたらいきなり街に戻ってたって言うもんでさ。タータさんの血塗れのタグもあったし、気が動転して戻ってくる道中を覚えてないんだろうって話になったな。でも、ホントにいきなり街に戻ってたんだなあ。」

「まぁ、それについちゃ魔法使いにゃ感謝だな。命が助かったんならなによりか。」

「そうだぜ。生きてりゃなんとでもなっからな。」


 タータが少し持ち直したようで顔を上げて食事を再開する。チェーブはそれを見てホッとしたように息を軽く吐いた。心の切り替えは難しいものだが、それをすぐに出来るあたりさすがベテランだと関心もしつつ続ける。


「で、そっから2日、宿屋に籠もって何も食わないもんだから、しばらくはウースさんが無理やり連れ出して食わせてた。少しかかったけど、なんとか2人とも持ち直したぜ。遺産もちゃんと渡しといた。」

「世話してくれたんだな。ありがとよ。」

「おまたせー。熱いうちに召し上がれ。他もすぐに持ってくるから。」


 話していると女給が料理を運んできた。タータは食事を始めながら、最初に言いよどんだ理由であろう、最後の1人のことを聞いた。


「で、ウースはどうしたんだ?」

「あー・・・やっぱそれ聞くよなー・・・。」

「そりゃ聞くさ。長い付き合いだしな。」

「んー・・・1年前に別れたときは、知り合いの貴族のところに行くって言ってた。」

「貴族に?なんでまた。子飼いになりたいって性分でもねぇだろう。」

「解散した理由の1つでもあるんだ。何かあっても俺達に迷惑がかからないようにって。」

「まぁ、貴族に関わるなら分からんでもないが・・・。」

「具体的に誰に会いに行ったかは分からない。でも別れてから2ヶ月ぐらい経ったときだったかな。俺のトコに衛兵が来たんだ。」


 チェーブは身を乗り出して、向かいに座ったタータへ小声で告げた。


「ウースさんはな・・・捕まったんだ。侮辱罪でな。」

「なっ!?」


 タータは予想外のことに思わず、持っていたフォークをテーブルに落としてしまった。


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