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ギルドで見習いに

 フェレストは、久しぶりに聞いた懐かしい名前にひとしきり笑ってから、楽しそうに口を開く。


「ハハハッ、まさか同じ名前とはなぁ。女みたいな名前だとよく言われてたもんだが、本当にそうだったのか。しかし、不思議な縁もあったもんだ。」

「まったくだ。」


 そこでチェーブの悪戯心が働いた。フェレストに見えないようにニヤリと笑う。昔から面白くなりそうなときは余計なことをするのが好きな性格なのだ。相手に本気で怒られたことも数知れないが、全く懲りることはない。筋金入りなのだろう。表情を戻しフェレストに向き直ってから、さも今思い出したように話しかける。


「そうそう、あの子は北の国から来たって言ってたぜ。タータさんも北の端っこ出身だったっけ。」

「生まれは最北のスキューアスティアとか言ってたか。」

「実は親戚だったりしてな。」

「んなバカな・・・いや、無くはないか。」

「髪の色は似てるぜ。そっくりだ。」

「たしかに赤髪だな。アイツは赤じゃねぇ、赤銅色だってよく言ってたっけか。北に特別多いとは聞かないが・・・。」

「キツめの目元もよく似てると思わねーか?」

「言われてみれば・・・似てるな。」


 フェレストは顎に手を当てて考え出した。記憶にあるタータの顔と、タータの名を持つ少女を頭の中で比較しているのだろう。すでに視線はチェーブの方を見ておらず、天井を向いている。チェーブは普段どおりの表情をやめてニンマリと笑う。


「丁度10年ぐらい前だったか。タータさんってしばらく北にいたんじゃなかったっけ?」

「ああ、あったな。里帰りついでに仕事してくるとかなんとか。そのときスキューアスティア出身だって聞いたんだ。いや、待てよ・・・。」

「じゃあ毛皮の査定してくるな。」

「まさか・・・でも計算は合うな・・・しかしそんなこと一言も・・・。」


 チェーブはいたずらの仕込みが終わったと、ニヤついた顔のまま裏の部屋へと入っていった。フェレストは用心深いことで有名な狩猟者だったが、同時に深読みしすぎる癖がある。それを知っていて誘導したのだ。普通はこんなに簡単には引っかからないが、少女の訪問という珍しい出来ごとと、希少な毛皮を間近で見たこと、予想だにしない名前を聞いたことでそこまで頭が回らなかったようだ。


 しばらくして記入が終わったタータが受付に来て、書面をカウンターに置いた。受け取ったフェレストは内容を確認しながらも、タータをチラチラと見ている。その視線にタータは訝しんだ顔になってしまう。


「なんだよ、何かあんのか?」

「いや、ちょっとな・・・。んん゛っ、お嬢ちゃんちょっと聞いてもいいか?」


 軽い咳払いのあと、フェレストがカウンターに乗りかかりながら言った。タータは嫌そうに身体を半分遠ざけつつ半目で睨む。


「答えられることならな。」

「そうか。じゃあ聞くが・・・お嬢ちゃん、ひょっとしてタータの娘か?」

「なっ?!子供なんていねぇよ!」


 思わず本当のことを叫んでしまったタータがしまったという顔をした。ちょうど裏から出てきたチェーブは背中を向けて震えている。笑いを堪えてるのだろう。ただ、フェレストはその表情と台詞を違う意味に取ったようだ。


「ああ、すまねえ。説明が足りなかった。さすがにお嬢ちゃんが子持ちだとは思ってねえよ。このギルドにもタータってヤツがいたんだ。男だったけどな。ひょっとしたらそいつのかく・・・娘かと思ってな。」

「隠し子じゃねぇよ。ただ同じ名前ってだけだろ。」

「そうか・・・。いや、すまん。目元が似てるし、髪の色も同じだから深読みしちまったようだ。」


 頭をかきながら謝るフェレストを一瞥したあと、タータはチェーブをじろりと睨む。余計なことを言いやがったな、とその視線は訴えていたがチェーブはまだ背中を向けて震えていた。忌々しそうに視線を戻すと、不機嫌な低めの声になる。


「まぁいいさ。んな勘違いするぐらい、よっぽど似てるんだろ。んなことより査定どうなった?」

「おうチェーブ、いくらになった?」

「ゴホッ、ふぅ。小金貨6枚。大銀貨が12枚。小銀貨32枚だな。小金貨は明日になるけど。」


 笑いを抑えて咳をしたチェーブが査定額を告げる。この国の貨幣は大小の金銀銅貨幣だ。小貨が40枚で大貨、金銀銅の桁上りは20枚と変則的なのは、中貨幣が昔あった名残だ。どの小貨も穴が空いていて、よく使われる小銅貨は穴銭などとも言われる。


「小銀貨2枚は大銅貨38枚と穴銭40枚にしといてくれ。」

「そういうと思って用意しといた。ほい、コレ。」

「結構な額になったな。3枚で小金貨1枚ぐらいと思ってたが。」

「今回はきれいに鞣してあったからな。毛皮のままじゃ2割がいいとこさ。」


 チェーブが貨幣の乗ったトレイをカウンターに置いた。弟子だっただけに報酬の受け取り方はよく知っていたのだろう。要求したとおりの枚数で事前に用意されていた。タータが数を確認してから自分の巾着袋へ貨幣を突っ込んでいると、記入内容の確認をしていたフェレストは顔を上げて、チェーブに書面を渡す。


「記入もこれでいい。チェーブ、発注頼む。」

「あいよ。」

「じゃ、次はアレ持ち上げりゃいいんだよな?」

「さすがに北で見習いやってただけはある、分かってんな。」


 タータが親指で背中越しに指した先には、大きな戦鎚があった。頭を下、柄を上にして台座代わりの木板に鎮座している。タータの身長よりも少し大きい。槌と言っても叩く面、いわゆる口は平らではなくて尖っている。叩き潰す力を一点に集中させるためだ。


 錆に覆われた鉄の頭は年代物であることを、血のシミの残る木製の柄は実際に使われていたことを物語っていた。それを持ち上げることが、このギルドでのテストになる。


 戦鎚であることにも意味がある。対人で一般的な剣では魔獣に対応するのは難しい。剣の長所は斬ることも突くことも出来る点だ。相手が人であればそちらのほうが良い。しかし、強化された外皮を持つ魔獣が相手ではどちらも中途半端過ぎる。そのため、狩猟者に選ばれるのはより特化した武器になる。断ち切るための斧、突き抜くためのランス、そして叩き潰すための槌。ただし、どれも対人用に比べると大きく重い。それらを持てることが見習いになれる最低ラインだ。


「あんだけの革を背負ってたんだからいけるだろうが・・・お嬢ちゃん握れるか?」

「半分ぐらいだな。まぁこんだけ握れりゃイケる。」


 大きな武器であるため、柄も太い。大人でも握りこめるか怪しい太さだ。タータは柄の中央より下、かなり頭よりの部分を握る。その小さな手では、指を伸ばしてやっと指先がかかるぐらいだったが、気にすること無く力を込めた。


「浮かすだけでいいぜ?そいつは実際に使われてたモンだから、飾り物と違って中まで詰まってr」

「フッ!」

「うお?!マジかよ?!」


 フェレストの言葉の途中でタータが戦鎚を持ち上げ、そのまま肩に担いだ。しかも片手でだ。身体に見合わない怪力を持つのが狩猟者だ。だが、ここまで幼い年齢でこれほどの力を発揮できる者はそういないだろう。


「ふー。文句なし、合格だ。」

「じゃあ、ギルド章頼むぜ。」


 フェレストの言葉を聞き、タータは担ぎ上げた戦鎚を元に戻す。台座代わりの木板がきしむ音が響いた。


「分かった。ただちょっと鍛冶屋も仕立て屋も立て込んでてな。明後日になるがいいか?」

「そりゃ構わねぇが、戦争でもあったのか?」

「そのとおりだ。半年前、東の国がまたちょっかい出してきた。ああ、北にいたなら知らないだろうが、こっちじゃよくあることでな。ここ15年で3回もやってる。全部追い払ってるがな。」

「その国もよく飽きねぇな。」

「全くだ。戦争はもう終わってるが、そのせいで注文が溜まりまくってる。鍛冶屋は大忙しさ。」


 戦争では騎士や兵士だけでなく、製造に関わる人間の移動も多くなる。特に鉄を扱う鍛冶屋は、稼ぐために若い連中が大勢そちらへ向かってしまう。剣、槍、鎧、矢じりと武器防具に限らず、鐙や轡のような馬具、杭や柵に必要な釘など需要は大量にあるからだ。戦争が終わっても、砦の修繕や武具の修理でしばらくは戻ってこない。街に残った鍛冶屋は注文を捌くので大忙しだ。


「仕立て屋の方は?」

「そっちもだな。活躍した連中を労うのに王都のお偉いさんがこっちに来る。授与式をやるんだとさ。それで注文が増えまくってる。」


 ギルド章は2つあり、1つは金属製のタグ、もう1つは革に刺繍が施されたワッペンだ。後者を作るのが仕立て屋とよばれる、刺繍や服飾を担う職種になる。ただ、こちらも戦争の影響で仕事が山積みのようだ。


 日常的に着衣にこだわる貴族とはいえ、王族や上位の貴族と会うならば普段よりさらに見た目が重要視される。式典などでは礼服、それも一点物が必要になる。そのため見栄えの良い、装飾が多く施された服の受注が増えるのだ。


「なるほどねぇ。じゃあ狩猟者も大忙しか。」

「ほう、なんでそう思う?」


 タータの言葉を受けてフェレストが感心したように尋ねる。言ってることは正解だが、子供では普通はそこまで頭が回らないものだ。


「魔獣が街道に出れば一大事だ。どこでも街道の見回りは騎士団の仕事だろ?それが戦争に行ったんなら、代わりをするのはこのギルドしかねぇさ。」

「頭のいいお嬢ちゃんだ。力もあるし、読み書きもできる。女にしとくのは勿体無いな。」

「俺もそう思うぜ。」

「言うねえ。」


 タータの返答にフェレストは相好を崩す。そして真剣な顔になってから身を乗り出し、低い声で最後の確認をした。


「一応聞いておくが、女は苦労するぞ。狩猟者は男社会だ。理由もなく爪弾き者になるかもしれんし、理不尽な誹謗中傷やら妬みを受けることもあるだろう。それでもやるか?」

「あぁ、やる。それ以外大したことは出来ないしな。」


 脅しのような重い質問に、タータは肩をすくめながら軽い口調で言った。フェレストは苦笑しながら手を軽く挙げる。


「覚悟があるならいいさ。じゃあ、明後日以降にギルド章を取りに来てくれ。昼には出来てるだろ。おう、チェーブ。発注書届けといてくれ。」

「あいよ。ついでに昼飯食ってくる。」

「じゃあ戻ってきたら交代な。」

「説明とかは頼んだぜ。」


 発注用の木札に記入を終えたチェーブが、カウンターの外へ出てきた。するとその前に遮るように腕を組んだタータが立ち、半目でニヤつきながら言った。


「おぅ、俺も行くから奢ってくれよ。可愛い弟子が空腹だぜ。」

「あー、いや、今から規則の説明とかあるからさ。残念だけどそりゃ出来ねーかなー。」

「なに、お前に聞きゃいいだろ?飯を食いながらでも出来らぁ。」

「えー・・・ホラ、それじゃあフェレストさんの仕事を取っちまうだろ?なあ、フェレストさん。」


 チェーブはさっきのいたずらの仕返しをする気だと察した。この状況から逃げるべく受付を振り返りながら助けを求めるが、やり取りを見ていたフェレストはタータと同じようにニヤつきながら言った。


「そりゃいい。さっそく師匠に教えてもらいな。1つアトバイスをしとくと、いい師匠ってのはいい飯を食わせるもんだぜ。狩猟者は身体が資本だからな。覚えときな。」


 フェレストがタータに親指を立てたるのと、チェーブが大げさに肩を落とすのはほぼ同時だった。


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