最後の弟子の行方
縋るようにタータを見ても、タータの目は揺るがない。数秒の沈黙の後、チェーブは諦めたように息を吐く。
「そう・・・か。」
最後に入っていたチームは壊滅した。一月ほど前のことだ。9人いた標準的なチームだったが、最後の狩猟で死人が4人、怪我人が4人、無傷なのは見習いの1人。怪我人の中でも軽症は1人だけ。それ以外は現役復帰も怪しい。なんとかなるならしてあげたいと思ったのだが、釘を差されてしまった。ただ、その線引がとてもタータらしいことを少し嬉しくも思っていた。
「分かった、諦めるよ。元々命を賭けてる連中だ。死ななかっただけでも儲けもんだしな。」
「ああ。じゃ、話を変えるぞ?」
「弟子の2人、マーレとリースのことか?」
あまり話したくないときの強引な話題転換はタータらしいやり方だ。深く考えたくないチェーブはそれに乗った。本題はこちらだと分かっていたのもある。弟子が心配なのだろう。そういう人だからこそ、弟子はみんな一人前になるまで師事できたのだ。
「そうだ。解散しちまったらしいが、2人はどうなったんだ?」
「あー、じゃあ順番にな。解散は1年前だけど、決まったのはその半年前だ。副リーダーやってるミストレットさんが、嫁さんの実家を継ぐことになったんだ。」
「そういやアイツ結婚してたな。」
「なんでも嫁さんの故郷で跡継ぎの兄夫婦が、子供もいないまま死んじまったんだと。で、親御さんが嫁さんに戻ってくれねーかってさ。」
「ふむ。ほんじゃ、そっから半年ほど金貯めて解散ってことか。アイツは準備したがりだしな。」
「よくミストレットさんの性格覚えてんな。ま、いきなり解散したワケじゃないんだよ。半年もあったから全員、もちろんマーレもちゃんと準備できてた。そこは安心してくれ。」
“振り払う斧”のように準備期間のある解散は珍しいが、チームの解散はよくある話だ。不仲、欠員、引退と理由は様々だが、ほとんどの場合はいきなりの解散になるため、メンバーの行末は分からなくなる。今回は準備期間があったのだから、他メンバーがその後どうしたのかは分かるだろう。
「で、マーレは拠点を変えるって街を出てった。縁のある・・・なんつったかなー、西の方に行くって言ってな。ちょっと待ってくれ、今思い出すから。」
「西か、ひょっとしてグーニエフタか?」
「そう、それだ!親戚がいるって言ってた。腕前は十分だし、止める理由もないからそのまま送り出したんだ。もちろんリースも一緒さ。あっちで狩猟者やってんじゃないか?」
「ぬぅ・・・あっちに戻ったのか・・・。よし、様子見に行くか。おいチェーブ、お前俺の師匠になれ。」
「あー・・・えぇっ?!どういうこった?!」
いきなりの発言にチェーブはついていけない。師匠が元弟子に自分の師匠になれと言っているのだ。思考が追いつかなるのも仕方がないだろう。
「驚いてんじゃねぇよ。俺はこのナリだし、このままじゃこの領地から出らんねぇだろが。親のいねぇガキは仕事がなきゃ関所を越えらんねぇんだよ。よし、ギルド章を作るぞ。」
関所の通行には領地ごとに条件があり、ここグルードクラー公爵領では子供の行き来に制限をかけていた。人が集まる交通の要所であるこの地では、人身売買の防止には必須だからだ。親や親戚のいない子供が他領に移るには、狩猟者に限らず各種ギルドで見習いにならなければならない。丁稚奉公にはなるがギルド側も保護が義務付けられている。つまり子供がこの領地を出るには保護者か、保護してくれる組織や後見人が必要なのだ。
「いやいやいや、ちょっと待った。あんた領地外から来たんじゃねーの?どうやってここまで来たんだ?」
「そりゃ魔法使いの魔法でパッと、な。」
「じゃあ、それ頼めばいいじゃんか。」
「バカ。便利なヤツだから頼る、なんて俺がするかよ。そういうのは男の風上にも置けねぇ、クソ野郎のするこった。何のために両足がついてると思ってんだ?」
「分かった、分かったよ。はぁ・・・じゃあ書面持ってくるから、ちょっと待っててくれ。」
便利な弟子には頼るのか、という言葉を飲み込んでチェーブはしぶしぶ了承した。時々出るタータの謎のこだわりは、チェーブにもよく分からない理論に基づいている。男ならこうするべきだ、ああするべきだ。そういう言動が多いのは、何か確固たる矜持があるのだろう。そして、そのこだわりを曲げることはまず無い。
仕方なくギルド章の発行に必要な書面を取りにカウンターへと向かう。すると様子をうかがっていた受付のフェレストが話しかけてきた。
「おう、終わったのか。」
「あー・・・いやまだだ。ちょっとあの嬢ちゃんを弟子にすることになってさ。」
「はあ?なんでまた。」
「ま、あとで話すさ。えーっと、これか。んじゃ後で。」
「おいおい、女の狩猟者は苦労するぜ?ちゃんと言ったのか?」
「なに、なんとかなんだろ。筋は抜群にいいしな。」
フェレストの心配を他所にチェーブは軽く返した。死ぬ前のタータはギルドでも屈指のベテランで、それも単独狩りを主に30年ほどの経験を持っていた。女の身体でも成人すれば、小型の魔獣ぐらいは狩れるようになるだろう。チームに入って知識と経験を生かす手もある。
チェーブが書面を手に衝立の中に戻ると、タータは毛皮を3枚テーブルに置いていた。背負っていた荷物はこれだったようだ。よく鞣された上物だとひと目で分かる魔獣の毛皮だ。かなり大きいせいで、まるでテーブルクロスのように垂れ下がっている。
「ずいぶんデカいと思ってたけど、そんなの背負ってたのか。」
「魔法使いんとこで狩ったんだ。身体の試験ついでにな。俺が書いてる間に、これ買い取ってくれよ。」
「あいよ・・・ってこれレンの毛皮か?こっちじゃ高級品だぞ。」
「あぁ、鹿の魔獣のレンだ。冬に獲ったからちゃんと冬毛だぜ。」
「こりゃ小金貨になるぞ、しかも2枚かよ。ってこっちはルウスか。なんてもんを・・・。」
「北の山猫にしちゃ少し小さめだけどな。山に住んでるとはいえデカいカッツ、要は猫だから狩るときの要領は一緒だぞ。」
「猫と山猫じゃ強さがダンチだっての。はー、こりゃすげぇもんをまた・・・。」
レンもルウスも北方で出る魔物だが王国では希少だ。美しく輝くような毛皮は魔獣化による強化を経て、靭やかさを持ちながらとても丈夫になっている。その毛皮で作られた防寒具や防具は高級品としてだけでなく実用品としても特級だ。
「とりあえず俺は北の国の狩猟者見習い、街には行商人の見習いになって来た、毛皮は向こうの師匠から貰ったってことにしといてくれ。」
「あー、あいよ。こりゃ小金貨は明日渡しになるな。いいか?」
「あぁ、いいぜ。色はつけなくていいからな。あと早速左腕使ってっけど、2日ぐらいは釣っとけよ。痛みは残ってるからな。」
毛皮を両手で抱えて出ていこうとしたチェーブに、タータが書面に記入しながら声を掛ける。チェーブはしかめっ面になりながら、右肩に毛皮をまとめて担ぎ上げた。
「早く言ってくれよ。意外と痛えじゃんか。」
「痛みは骨じゃなくて、その周りが傷んでるからだ。お前、なんとかしようと無理に動かしてたろ。」
「やれやれ、お見通しか。」
「それぐらい分かるさ、師匠だからな。あぁ、名前はタータのままにすっからそれで頼むぜ。元々女みてぇな名前って言われてたから大丈夫だろ。」
「あいよ。何か聞かれたら適当に誤魔化しとくよ。書き終えたらフェレスとさんに渡しといてくれ。」
チェーブが毛皮を持ってカウンター内へ戻ると、受付のフェレストは目を見開いた。遠目からでも質の良い毛皮と分かっていたが、特級品の毛皮が3枚とは思わなかったのだ。しかも持ち込んだのは、年端もいかない少女だ。出処に予想もつかない。
「おお・・・おい、何でこんなもん嬢ちゃんが持ってるんだ?」
「あー、なんでも師匠に譲ってもらったってよ。」
「師匠?お前が師匠になるんじゃないのか?」
「北の国から来たそうだが、あっちで別の師匠についてたんだってさ。そんで、その師匠に餞別だって貰ったそうだ。」
「そりゃ剛毅な師匠もいたもんだな。まるでタータだ。」
「ぶはっ!」
チェーブは思わず吹き出してしまった。フェレストが不機嫌な顔で睨みつける。
「なに笑ってんだ、お前。そんな馬鹿げたこと出来るヤツなんて、アイツぐらいしかいなかったろうが。もう聞けなくなっちまった名前だ。笑うのは失礼だろ。」
「いや、そうなんだけどな。あの子の名前を知ったらあんたも笑うぜ?」
「名前でか?」
「ああ。あの子の名前な、タータっていうんだ。」
「ぶはっ!」
フェレストも吹き出してしまった。




