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信じてくれた弟子

 話を聞き終えたチェーブは、この少女がタータ本人だとほぼ確信していた。声の高さを除けば、口調も抑揚の付け方も、話の合間に見せる仕草や問いへの反応も本人そのものだったからだ。それに狩猟者の中じゃ珍しい、弟子に対する心配りはまさにタータだった。


 しかし理性では、あり得ないことだと否定している。そもそも魔法使いなんて伝説や御伽噺の類でしか聞いたことがない。何を言えばいいか言葉を選んでるチェーブを余所に、少女は再び喋りだした。


「ほんじゃ、こっからは俺とお前だけが知ってる話だな。まぁメインはお前の恥ずかしい話だが、その方が信憑性が上がんだろ。」

「そんなもん、誰かから聞いただけじゃねーの?」

「馬鹿野郎!俺は秘密を喋るような真似しねぇ!んな男に見えるってか!?えぇ!?」

「男っつーか、どう見てもお嬢ちゃんだけどな。で、何があるんだ?」


 チェーブは先を促した。ほとんど信じてはいるが、やはり納得できない自分もいる。信じるに足る最後のひと押しになるなら聞いてもいい。そう思ったのだ。


「へっ、じゃあまずはその頬の傷な。魔獣にやられたって言ってるが、実際は寝ぼけて抱きついたテメェの斧で付いた傷だ。」

「なっ?!」

「次な。右足にある矢傷は、罠の場所を忘れたお前が引っかかって出来たもんだ。片足を噛みつかせて仕留めた、なんて嘯いてるらしいがな。」

「うっ?!」

「次は俺に秘密にしてた話だ。もう6年ぐらい前か、北のノアベデレの街に単独で仕事に行ったとき、踊り子のタンツァってのに惚れ込んだ。で、口説くときに俺の名前でやりやがった。」

「バレてた?!」

「まだまだあるぞ。見習いのとき、初狩猟は地リスが魔獣になったスクゥハだった。犬よりデカイし油断すれば危ねぇが、頑丈じゃない魔獣だ。先に一撃決めればまず負けねぇ。でもお前はこっそり近づいたはいいものの、ここだってときに屁の音で気付かれた。なんで足音や草音じゃなくて屁なんだよ、お前は。」

「グッ・・・」

「しかも逆に襲いかかられてだ。俺が目の前でたたっ斬って無事だったのに、盛大に漏らしてやがった。あのときは気付かないフリをしてやったけどな。」

「参った、参った!勘弁してくれ!」


 チェーブが降参とばかりに両手を挙げる。少女は腕を組んで見下ろすようにしてニンマリと笑っていた。実際には背丈が足りてないため、背を反っているのだが。


「どうだ、信じたか?」

「ああ分かった、分かったよ。信じる。だから他所で言わないでくれよ?」

「言わねぇよ。誰だって恥ずかしい話の1つや2つあるもんだ。なんのために防音したと思ってんだ。」

「頼むぜ・・・ほんと。しかしマジでタータさん、なんだな。」

「ああ。困ったことにマジだ。」


 2人同時にため息をついたあと、チェーブの目から涙がこぼれた。死んだ、それも殺されたと思っていたのに戻ってきた。駆け出しから3年も面倒を見てくれた師匠だ。教えられたことで自身の死を回避したことも、他人の命を助けたことも何度もある。“振り払う斧”の解散、新しく入ったチームのトラブルに壊滅、自身の怪我と良いことがない1年だったが、それを補って余りあるほど嬉しかった。


「おいおい、らしくねぇぞ。しおらしくなりやがって。」

「グスッ、だってよ・・・もう会えないとばかり思ってたからよ・・・。」

「まぁそうだわなぁ。俺も自分で信じられねぇしなぁ。」


 少女のタータは腕を組んで感慨深そうに目を瞑りながらウンウンと頷いた。涙ぐんだ顔で笑っているチェーブは、その所作が昔のタータそのままであることに気づいた。


「本当に帰ってきたんだなあ・・・。」

「2年かかっちまったがな。」

「魔法使いの実験に付き合ってたってのは、マジなのか?」

「マジだ。色々やらされてキツかったぜ。魔道具1つ持って真っ裸で雪山に放り出されたり、3日間ずっと寝ずに走らされたり。」

「うへっ、よく生きてたなあ。」

「そういう身体なのさ。おかげで色々出来るようになったがな。」

「魔法なんかも使えんの?」

「本当は出来るらしいんだが、俺はバカだからよ。頭がおっつかなかったわ。あ、そうだ。」


 何かを思いついたのかタータが椅子を降り、床に置いていた背負子からバッグを外してゴソゴソとあさり始める。


「色々出来る、で思い出した。いい薬、まぁ薬じゃねぇんだが、薬みたいなもんがあるからよ。包帯解いて腕出しな。たぶんその怪我、治せるからよ。」

「ああこれか。でもよ・・・。」

「折れたのは治ってんのに痺れて上手く動かないんだろ?動きを見てりゃ分かる。いいから出せよ、ホラ。」

「うっ・・・よく分かったな。骨は一応繋がったみたいなんだが、腕が自分のもんじゃない感じなんだ。しかしよく気が付くな。」


 チェーブは昔と変わらないタータの気遣いに嬉しそうに笑った。そう、タータはこういう人だった。強面の巨漢なのに、相手のことをよく見ていて心を砕く。我の強い者が多い狩猟者でいるのが不思議な男だった。


 大人しく包帯を解いてテーブルの上に腕を置くと、小さな革の袋を持ったタータが隣に立つ。


「じゃあこれ、腕に塗るぞ。痛いとかは無ぇから構えなくていい。」

「あいよ。薬じゃないって、実際はなんなんだ?」

「俺も細けぇことは分からねぇんだが、身体の中が分かりやすくなるんだ。」

「なんだそりゃ?」

「なんつーか、道標みたいなもん?迷わねぇように印をつけてるような?」

「まるで分かんねーな。」


 まるで要領を得ない説明にチェーブは呆れ顔だが、姿勢はそのままだ。危険なことはしないと信用しているのだろう。袋に入っていた薬は乳白色の軟膏に見える。タータはそれを塗り始めるが、普通の軟膏のように塗り伸ばしたりはしない。少し腫れた患部の周辺に数箇所と肘と手首に軽く触れるように付けていく。


「俺だってそうさ、よく分からねぇ。こりゃ魔法使いの作ったモンだからよ。いいから黙ってそのままにしてな。クソっ、毛深くなりすぎだろお前。塗りにくいったらありゃしねぇ。」

「おいおい、前のタータさんのが剛毛だったじゃんか。」

「あぁ、そういやそうか。毛の中で虫が出れなくなって死んでたこともあったな。」

「ハハハ、んなことあったのかよ。」

「ああ、同じことがスネ毛でもあったぞ。ヒデェときはカナブンが入ってたこともな。宿屋で寝てたらブンブンうるさくて・・・あれ?お前これ、悪いとこはココじゃねぇぞ。」


 他愛もない雑談をしながらタータがそう言った。左手をチェーブの手首に添えたまま、肘に右手を触れたところで何かに気付いたようだ。しかしチェーブは怪訝な顔で患部を指さしながら返す。


「でも折ったのはここだぜ?」


 強烈な痛さをまだ覚えてるのだから、折った場所を間違えるはずはない。そうチェーブは思っていた。しかしタータは左手を肘に移し、右手で触れる場所を少しづつ肩口へと上げていく。


「違う、もっと根本の・・・おう、肩出せ。いや、脇だ。そう、少し脇を広げってうわっ、臭え!」

「男の体臭なんてこんなもんじゃんか。タータさんだってそうだったぞ。」

「そうだったのか・・・、そりゃ女が寄り付かねぇワケ・・・おっと、ココだな。お前、骨折するとき腕を引っ張られたな。手甲で受け流したら相手に引っかかった感じか。」


 左手を肘に添えたまま、前肩に右手を当てた姿勢でタータはそう言った。チェーブは思わず口笛を吹く。


「ヒュー、よく分かるな。骨折しつつも受け流したつもりだったんだけど、相手が肘のとこに引っかかってさ。」

「なるほどな。そんときに神経・・・って言っても分かんねぇよな。身体の中の大事なとこが傷んじまったんだな。」

「そんなことあんのか?」

「あぁ、肩が外れて痺れが残るってのはよくあるんだ。たぶん、一瞬だけ肩が外れた上でねじられて、その後すぐに戻ったんだろ。」

「そういやそのまま斧を食らわせて、その勢いでぶっ倒れたのは左側からだったな。それでハマったのか。」

「相変わらずお前は運が良いのか悪いのか分からねぇな。」


 タータは苦笑しながら鎖骨にも薬をつけ、そこに右手を添えた。左手は二の腕の内側に当てている。


「じゃあ、始めるぞ。そのまま楽にしてろ。」

「説明は無しか。」

「やりゃあ分かる。」

「おおっ?」


 チェーブは鎖骨から二の腕までが温かくなるのを感じて驚いた。風呂や焚き火のような外からの温もりではなく、内側が熱くなってくる。そして、肩の関節の奥だけ熱をあまり感じないことに気付いた。


「肩の内側だけ熱を感じにくいんだけど、これが傷んでるってやつ?」

「そうだ。そこが切れかかってるんだな。今からつなげるから、ちょっとビリッとするがビビんねぇようにな。」


 肩と二の腕の熱がお互いに近づいていき、ピリピリとした感触が続いたあと、やがて1つになった。タータは右手を鎖骨に当てたまま左手を肘、患部、手首と移していく。そのたびに熱が伸びていった。最後に指先を1本ずつ触れたあと手を離すと、腕の中の熱はすぐに感じられなくなった。


「よし、終わりだ。動かしてみな。」

「あいよ、っておお!分かる、分かるぜ!力も入るし、痺れもねぇ!」

「よし、成功だな。」

「まじかよ・・・なんだこれ、奇跡か?ああ、ここも感覚がある、ちゃんと分かる。あ、つまむと痛え。ちゃんと痛えよ。」


 チェーブは涙目で手を握ったり開いたり、感覚がおかしかった場所をつまんだりしている。怪我をしてから1ヶ月ほど、治らないかもと半ば諦めていた左腕の感覚が戻った。これが嬉しくないはずがない。それに、怪我をしたチームのメンバーもこれで治るかもしれないと思った。


「言っとくが、他人には言うんじゃねぇぞ?お前がいたチームのメンバーにもだ。お前がここまで怪我してんだから連中も大怪我なんだろ?」

「なっ・・・ダメなのか。」

「ああ。やり始めたらキリがなくなる。怪我人なんざその辺でも毎日出てるし、面倒見きれねぇ。この薬だって魔法使いじゃねぇと作れねぇからすぐに尽きる。どっかで線を引かなきゃならねぇんだ。だから俺の線引は・・・弟子かどうかだ。」


 タータが真剣な顔でチェーブの目を見て告げた。

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