夕食と例の貴族
時間を飛ばすことを覚えた!
夕刻。陽は傾きすでに山陰に入っていた。紅色に染まる雲もすぐに紫に、そして黒へと変わるだろう。空と同じように薄暗くなった街の中で、帰路につく人の流れにチェーブはいた。仕事を上がったあと屋台を周った帰りだ。
包帯を巻いた左腕は釣っておらず、代わりに串焼きやガレットの入った紙袋を抱えていた。宿での食事の後、夜食にするつもりなのだ。根城にしている宿屋に続く道へ出ると、昼に別れたタータがすぐ前を歩いていた。
「よう、タータさん。どうしたんだ、こんなとこで?」
「おぅ、チェーブ。今帰りさ。」
気配で近づいていることは分かっていたのか、薄暗くなった路地で後ろから声をかけられても、驚くことなく右手をあげて返事を返す。しかし、チェーブの持っている紙袋を見て若干呆れ顔だ。
「またずいぶんと買ったな。入るのか、それ?」
「昼に別れた後、追加で食ったんだけど足りなくてさ。今度は少し多めに買ったんだ。あれやってたらほんと腹が減るな。」
「早速やってたのか。まぁ分かってたけどよ。焦らずやれよ?」
「分かってるって。じっくり身につけた方が体で覚えられるからな。」
2人は並んで歩き出す。どうやら向かう方向は同じようだ。
「俺はこの先の“止まり木亭”に宿を取ったんだが、ひょっとしてお前もか?」
「ああ、2月前からだな。ギルドから近くてベッドが柔らかいのはあそこぐらいだし。」
「小さいけど評判はいいよな。」
「タータさんがあそこ使うのって初めてじゃねーか?」
「前は身体がデカ過ぎて入れなかったからなぁ。一度泊まってみたいと思ってたんだ。」
「あー、1人部屋しかねーからな。」
「最低でも3人部屋じゃなきゃ寝れなかったからなぁ。小さいと困ることも多いが、デカイのも考えもんさ。」
かつてのタータは巨体だったため、ベッドは3人分を並べなければ寝れなかった。雑魚寝の大部屋では決まって渋い顔をされていたものだ。
「ん?ひょっとして昼に“花と月亭”に行ったのもそれが理由か。」
「まぁな。1回だけ打ち上げで行ったことあっけど、あそこは天井低いし座れる場所も無ぇからって俺だけ外だったしよ。」
「そうだったなー。そんで誰も店に寄り付かなくなるってオマケもあったっけ。」
「営業妨害になっても悪ぃからソレ以来行ってなかったんだ。店内がああなってるってのは初めて知ったぜ。」
「じゃあ、ここも初めて見るのか。ようこそ、“止まり木亭”へ。」
「おぅ、くるしゅうない。」
ちょうど宿屋についたところで、チェーブが大げさに礼をしながら宿屋のドアを開く。タータは苦笑しながらも、自分の知る最も尊大な態度でおどけながら宿屋へ入っていった。
「まぁ、中は宿をとったときに見たけどな。」
「そりゃそうか。」
「いらっしゃい。」
40前ぐらいの口髭の男が2人をカウンターの中から出迎える。宿屋の1階は受付と食事処だ。小さな店内はカウンター席がメインで、テーブル席は3つ。それぞれ詰めて4人が座れるかどうかといった広さだ。それでもテーブルが埋まっているのは、値段の割に美味い料理が出るせいだろう。2人は空いているカウンター席に並んで座り注文をする。
「グラーシュとクネドリーキだけ。半分で。」
「俺はいつも通り。」
「嬢ちゃんは穴銭3枚、チェーブは20枚な。」
「チェーブ、ここは俺が出しとくぜ。昼飯の礼だ。ほら、2人で23枚な。」
「お、マジかよ。悪いな。」
「おい、チェーブ。お前こんなお嬢ちゃんに奢ってもらうって・・・。」
元師匠からの奢りをこれ幸いと受けたチェーブだが、宿の主人には白い目で見られてしまう。
「うっ・・・やっぱ払うわ。」
「そうしな。ほらお嬢ちゃん、こっちは返すぞ。」
「いいよ、俺が払う。チェーブも遠慮すんなって。」
良かれと思って奢ろうとしているタータは師匠だったときの感覚のままだ。チェーブが遠慮していると思ったのだろう。チェーブはうなだれながら大銅貨を1枚取り出す。
「やめてくれ・・・外聞が悪過ぎるって・・・。」
「そうだぞ、お嬢ちゃん。何があったか知らないが、大の男が子供に奢ってもらうなんて、チェーブが辛いだろう?」
「あぁ・・・そういやそうか。わかった、悪ぃなチェーブ。」
「いや、いいんだよ・・・はぁ。でもこりゃかっこ悪いな。親父さん、明日の分も合わせてコレな。」
「おうよ。しかしお前ら仲いいな。知り合いか?」
「師匠と弟子さ。」
「俺の弟子になった子だ。」
思わず本当のことを言ってしまったタータがシマッたと焦った顔をするが、すぐにチェーブがフォローを入れた。それを聞いた宿屋の主人は難しい顔になる。
「お嬢ちゃん、ここに来たときも聞いたが、ほんとに狩猟者やるのか?大変だぞ?」
「それ以外できねぇしな。」
「才能あっから大丈夫だって、親父さん。それに師匠が俺だ。」
「言うじゃねえか。弟子入りは断ってるって言ってたろうに。教えるのは初めてじゃないのか?」
「なーに、この子はもう北で見習いは終わってんだ。形だけの弟子で俺は何もしなくていい。な?俺に向いてるだろ?」
「なるほどね、そりゃ向いてる。」
宿の主人はやれやれと苦笑すると背を向け、グラーシュの入った鍋の蓋を開けた。煮込まれた肉や玉葱の織りなす独特の香りが漂う。座ったときに出された水を1口飲んでからチェーブが口を開いた。
「そういや革鎧はどうだった?」
「ダメだな。今はどこも大忙しだ。ガキ向けのは作ってくれねぇ。」
「まあそうだよなあ。」
「中古も合わねぇし、西に行く途中で作るさ。手甲と足甲だけは持ってきてるしな。」
「魔ほ・・・例の人が作ったやつか?」
「俺の手製。針を持つのなんてガキのとき以来だったぜ。」
「ほい、お待ちどうさん。チェーブの残りもすぐ持ってくるからよ。」
こちらに向き直った宿の主人がカウンター越しに皿を差し出した。よく煮込まれた牛肉と数種の野菜にハーブで香り付けをした、褐色のシチューのようなグラーシュだ。その横には茹パンのクネドリーキが添えられていた。受け取ったチェーブは目をつむって香りを楽しむ。
「ん~、いい香りだ。」
「具沢山ってのは珍しいな。もっと西の方ならそうなるもんだが。」
「親父さんが西出身なんだってよ。」
「それでか。スープを想像してたからな・・・食いきれねぇかも。」
「残したら片付けるぜ。なんたって師匠だからな。弟子の尻拭いは任せろって。」
「ハッ、頼りになる師匠だな。そんときは頼むわ。」
少し困った顔だったタータの表情が緩み、2人とも笑いながら料理に手をつける。少し食べ進めたところで、チェーブがふと思い出したように顔をあげ、タータに話しかけた。
「そういや昼に話してた貴族の名前わかったぜ。」
「ん?あの馬鹿やらかしてたヤツか?」
「ああ。ギルドに本人が来た。なんでか分からねーけど、タータさん探してたな。」
「あんな馬鹿には心当たりないがなぁ。」
「名前じゃなくて見た目で探してた。赤髪の大男の狩猟者がいないか、って。」
「赤じゃねぇ、赤銅色だ。」
「分かってるって。ソイツがそう言ったんだよ。」
タータの謎のコダワリは多々あるが、その一つに髪と髭の色がある。赤と一括りにされるのを嫌い、赤銅色だと訂正したがるのだ。確かに他の赤系の髪色と違い独特な艶のある暗めの赤茶色ではあるが、何故そこまでこだわるのかはチェーブも知らない。ただ、無理に否定しても不機嫌になるだけだということは知っていた。
タータは少ししかめっ面になったあとに天井を見上げて思い出そうとしていたが、首を振ってチェー部に顔を向ける。やはり記憶にはないようだ。
「ブナルールとかってんだろ?覚えがねぇぞ。」
「ヴナトールって名前だった。フルネーム聞いたら思い出すかもな。サフィーシング・ネブン・ヴナトール。金髪のいかにも貴族って優男だったぜ。」
名前を聞いたタータが一瞬固まり、項垂れながら深く溜息をついた。こちらの名前は心当たりがあったようだ。
「そういうことか・・・。また面倒くせぇなオイ。」
「知ってんのか?」
「あぁ・・・。俺をこうしたヤツさ。」
タータは左手で、自分の肩口から腹までを斬るジェスチャーをしてみせる。タータを殺した張本人ということだ。つまり、ウースを訴えた貴族とタータを殺した貴族は同一人物ということになる。チェーブは全身が総毛立つのを感じた。
「なっ!マジかよ?!」
「あぁ、マジだ。ってことはウースは俺を殺した犯人を探してて、そいつに捕まったのか・・・。止めときゃいいのによ。」
「なんつー・・・。っつーか、なんで名前知ってんだ?」
「従者2人いたんだろ?」
「ああ。1人が魔獣に食われて、もう1人が誘拐されたって話だ。」
「その誘拐された従者ってのが今はアレの家にいるんだ。」
「アレ?ってあっ・・・。」
タータがもう1度深くため息をつき、チェーブは息を呑んで固まった。




