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戻ってきたタータ

 王国の東にある交易都市テンプトタール。石畳で舗装された大通りは賑やかで、馬車や荷車がひっきりなしに行き交ってる。対照的に人通りのない裏道は非常に狭く薄暗い。表の建物に合わせて作られた道は入り組んでいて、大人が3人並べるかどうかといった細さだ。そこに2人組が何の前触れもなく、突然現れた。魔法を使ったときの光や風を発することもなく、まるで最初から居たかのようにいきなりだ。


 身長差のある2人組で親子にも見えなくもない。片方は頭からすっぽりと濃緑のローブ着ていて、深く被ったフードで表情は伺えない。女性にしては背が高く男性にしては背が低いが、体つきも同じだ。女性にしてはガッシリしているが男性にしては華奢で、見た目では男女どちらか分からない。そして何故か明らかに異質であることを感じさせる人物だった。


 もう片方は赤髪を後ろで束ね、頭を覆うようにバンダナをした10歳前後の少女だ。自身の背丈以上に荷を積んだ背負子を担いでいる。よく焼けた褐色の肌と、意思の強そうなキツめの目元が印象的だ。


「せば、ここでえが。」


 ローブ姿が北の訛りが強い言葉で少女に話しかけた。


「あぁ、すまねぇ。こっからならだいたい分かる。」

「あんべ良し悪しあるで、おだったりせんよう。」

「わかってんよ。」

「なんぞあれば、脱げ。それで大丈夫。」

「脱がねぇよ!」


 少女がフードの中を睨みながら叫ぶ。ローブ姿はひどい訛りだが意思疎通は出来てるようだ。


「そか。せばな、また。」

「ああ、出来れば来る前には一言・・・ってもう行ったのか。唐突だな、相変わらず。まぁいいや、こっちも行くかね。」


 いつの間にかローブ姿が消えていたが、少女は気に留める様子もなく歩き出した。背負う荷物は大きく重そうだが、足取りは揺るぎない。見た目と違って力持ちのようだ。


 そのまま大通りに出ると、春の柔らかい日差しが少女を迎えた。少女は眩しそうに目を細めながら迷うこと無く大通りを渡り路地を進んで、頑丈なドアのある建物へと入っていく。かけられた看板には交差した斧と槌の意匠が描かれている。人に害なす魔獣を狩ることを生業としている、狩猟者ギルドの紋章だ。


 魔獣とは、魔力を過剰に蓄積して暴走した獣だ。元は兎や狼といったただの野生の獣だが、どういった経緯で生まれるのか、突然現れて周りに破壊を撒き散らす。人にとっては嵐や洪水と同じように、どうしようもない災害といっていい。過剰な魔力で強化された身体は強靭で、対人用の武器防具では太刀打ちできない。変化した角や牙の破壊力は元になった獣から逸脱し、外皮も魔力を帯びて頑丈になっている。さらに精神も狂化され、過剰な食欲と闘争心で倒れるまで暴れ続ける。まさしく生ける災害のような存在だ。


 それを狩るのが狩猟者と呼ばれる、こちらも人から半ば逸脱した連中だ。人には過剰な怪力を活かし、命を糧に、経験を武器に、魔獣を狩る者たち。少女の入っていった建物はそんな狩猟者の取りまとめをするギルドで、依頼の受付や成否の報告、魔獣や道中で見つけた珍しい素材の買い取りなどをする。とても少女に用件があるとは思えない場所だった。


「いらっしゃい・・・ってお嬢ちゃん、ここに何のようだ?」


 受付カウンター内から、顔に傷のある中年男が不思議なものを見るような目で尋ねた。ギルドへ来るのは狩猟者か依頼者のどちらかだが、前者であればほとんどが屈強な男たちだ。後者であれば魔獣が出た村の代表、街道を管理する貴族の使い、商隊を率いる商人あたりだが、それが少女であることは今まで無かった。普通は村長やその親類か、若い衆の誰かが来るものだ。訝しむのも無理はない。しかし少女は相手の質問を無視して聞いた。


「ウースは街にいるか?」


 受付の男 ― 名をフェレストと言う ― が訝しんだ目を向ける。陽と酒に焼けた傷顔の視線は子供なら泣き出しかねないほど凶悪だ。少女はまるで意に介して無いようで、それがさらにフェレストの視線を厳しいものにする。それでも依頼者かもしれない少女を無下に追い返すわけにもいかない。視線で探りながら逆に質問を返した。


「どこのウースだ?」

「“振り払う斧”のリーダーのウースだ。街にいねぇのか?」


 フェレストが驚いたあと、今度は値踏みするような視線を向ける。狩猟者はチームを組むのが基本だが、チームの人数も名前も様々だ。その中で“振り払う斧”は少人数だが街でも五指に入るほど有名だった。子供が知っていてもおかしくはない。だがこの少女が何者で、何故ここに来たのか全く予想できない。受付の男は正直に話してもいいものかと少し逡巡し、嘘ではない範囲で答えることにした。


「街にはいないな。指名依頼か?」

「いないか・・・。預けてるものがあんだよ。」

「お嬢ちゃんがアイツに預けものねえ。」

「じゃあ、他の“振り払う斧”の連中、ミストレット、フルトゥーレ、チェーブ、ルクスタもいねぇのか?」

「よく知ってるな、お嬢ちゃん。」


 フェレストは感心していた。狩猟者は死亡率が高いため、チームは入れ替わりが非常に激しい。少人数とは言え名前をすべて知ってるのは、よほどのマニアかチームの関係者だろう。フェレストは後者だと考え、少し大げさに息を吐いてから少女を見据えて告げた。


「お嬢ちゃん、残念だが“振り払う斧”は解散しちまったんだよ。丁度1年ぐらい前だ。今は全員バラバラだ。」

「なっ・・・、マジか?!」


 少女はひどく驚いて頭を抱えた。よほど予想外だったのだろう。元からそうなのか表情豊かで、今の心情をそのまま顔に出してしまっている。ただ、愛らしい困り顔をしながら口から出た言葉は男が使うような、下町訛りの悪態だった。


「クソ、どうすっかな。」

「・・・汚え言葉使う嬢ちゃんだな。」


 思わずフェレストは残念なものを見る目をしてしまう。しかし少女はそれにも動じること無く、同じ口調で返してきた。


「ほっとけ。そういう育ちだ。」

「言うねえ。そんなお嬢ちゃんに朗報だ。“振り払う斧”の元メンバーで、今ここにいるヤツがいる。」

「おお、マジか!どこだ?どこにいる?!」

「まあ落ち着けって。お、丁度裏から出てきたな。アイツだ。」


 奥の扉から1人の男が出てきた。年の頃は20代半ばだろう。黒褐色の髪は坊主頭がそのまま伸びた様な雑な髪型で、少し小柄ながら肩幅が広いガッシリとした体型の男だ。怪我をしているようで、左腕を首から釣っている。


「フェレストさん、今日の書類終わったぜ。他に何かあるか。」

「いいタイミングだ。お嬢ちゃん、こいつが誰か分かるかい?」

「チェーブ、チェーブじゃないか!良かった、お前がいんなら分かるはずだ!」


 確認も兼ねたフェレストの質問に、少女が嬉しくてたまらないといった表情で明るく答えた。胸の前で拳を握り、小躍りしながらクルクル回っている。感情がそのまま出るのは表情だけでは無いらしい。ただ、チェーブと呼ばれた男はひどく困惑した表情をしていた。まるで初めて会ったかのように。


「えーっと、フェレストさん、この子は?」

「なんだ、知り合いじゃねえのか?“振り払う斧”のメンバー探してんだとよ。」

「あー・・・記憶に無いなー・・・。」

「チェーブ、次の仕事だ。その子の相手をしてやんな。あそこ使っていいからよ。結果だけ教えてくれ。」

「あいよ。おい、お嬢ちゃんあっち座るぞ。」


 チェーブはまだ喜んで回ってる少女に声をかけ、衝立で区切られた場所を指さす。依頼料の相談や細かい条件など少し込み入った話をするときのスペースだ。先にチェーブが入って腰をかけると、少し遅れて入ってきた少女が背負子を床におろし、向かいの椅子によじ登って座った。顔は笑顔のままだ。何か厄介事かと訝しんでいたチェーブは毒気を抜かれ、小さなため息のあと話し始めた。


「で、お嬢ちゃんは俺になんのようだ?あいにく検討がつかなくてさ。」

「ああ、実はな・・・ちょっと待ってくれ。そういえば衝立は魔道具だったな。」


 椅子から降りて少女が、衝立に描かれた乱雑なようで幾何学的な文様に軽く手を触れる。すると、周りの雑音がパタリとやんだ。契約や話し合いに使われるこの場所は、外に音を漏らさない魔道具の衝立で囲まれている。ただ普通は十分な魔力を持ち、それを操れる貴族しか使えないはずだ。


「お嬢ちゃん貴族かよ、ですか。おいおい、貴族様の子供なんて心当たりないぞ、ですよ。」

「いや、まあ魔力はアレだが、違うんだ。」


 貴族は支配者階級であり、平民同士で使う言葉を向ければ無礼に値する。思わず出てしまったセリフに慌てて敬語を足したチェーブに、再び椅子によじ登った少女が慌てて否定した。そして腕組みをし少し上を見上げて考えたあと、チェーブの目をじっと見ながら切り出した。


「信じられねぇとは思うが・・・。いや、信じねぇと思うが、俺はタータだ。お前の師匠だったタータなんだ。」

「ハァ!?」


 チェーブが素っ頓狂な声を上げて固まった。あまりのことに思考が追いついていない。タータとは、かつてチェーブが師事した狩猟者だ。自分よりずっと年上で、類を見ない巨体の大男だった。それを少女が騙るのはあまりにも無理があり過ぎるし、何よりタータがどうなったかをチェーブは知っていた。チェーブの表情が怒りを抑えたものに変わると、衝立の中の空気がピンと張り詰める。


「お嬢ちゃん、言うに事欠いてソレは無いぞ。その名前を騙ろうってのは、ちょっとやり過ぎじゃないか?」


 貴族に対しての礼儀も忘れ、怒りのこもった低い声でチェーブが少女を睨みつける。鬼気迫る表情と強烈な殺気は、大の男でも逃げ出してしまうだろう。それでも少女は動じずに相手の目を見据えている。


「信じらんねぇとは思う。俺もこうなっちゃいるが、今でも信じらんねぇ。だから、俺とお前しか知らねぇことを今から言う。聞いてくれねぇか?」

「ほー、そんなことが出来るならな。その前にお嬢ちゃん、本人だってんならタータさんがどうなったかは知ってんだろうな?」

「もちろんだ。あんまり思い出したくは無いんだがな・・・」


 少女が視線をテーブルへ移し、俯いたまま軽く深呼吸をしてから語りだした。


「俺は殺された。2年前だ。借りてた小屋に貴族が来たんで、出てみたら問答無用でバッサリだ。」


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