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不夜知島  作者: 蓮本 丈二
8/12

橘太夫

がむしゃらに逃げた。声をかけてきたのはこの間、裏門でこちらの様子をうかがっていた男だった。路地の間をあちらこちらへ逃げてみたが後ろから聞こえる怒号が消えない。息が切れてこれ以上走れなかった。壁にたてかけてあった何かを倒し、目の前の角を曲がり最後の力を振り絞り全力で走った。するとようやく怒号が遠ざかった。立派な塀が見えた。金衛門邸だと確信し、勢いに任せて塀をよじ登りむこう側へと隠れた。塀の向こうに先ほどの声が聞こえる。

「近くにいるはずだ。探せ。あいつは確か、あの船長のせがれだ。あいつがいれば計画が実行に移せる。なんとしても捕まえてやる。」

 どうやら僕の正体を知っているようだ。荒い息を整えながら、喜助の事が心配になった。つかまってないだろうか。

しばらくすると彼らの声は聞こえなくなった。どこかへ行ったようだ。そろそろ大丈夫だろうと思いもと来たように塀へのぼろうと後ろへ数歩下がった時、

「そち、そこで何をしておるのじゃ。」

 と後ろから声をかけられた。

 後ろを振り向くと、そこはあまり大きくはないものの立派な松や錦鯉を従えた池のある庭であった。建物の絢爛豪華な様子と相まって金衛門邸の庭よりも立派に見えた。

先ほど声のした方を見ると、二階の部屋の回り廊下から白く化粧をし派手な着物に身を包んだ女性がこちらを見下ろしていた。一目で遊女と分かった。ここはおそらく妓楼なのだろう。

「すみません。すぐ出ていきます。」

 僕は慌てて塀をよじ登ろうとした。

「そんなに慌てて出ていかずともよい。それよりもぬしこっちへお上がりなさい。そこから出ていくと先ほどの方々に見つかると思いますえ。」

「けど、僕は…。」

「これ誰か、庭におる子をこちらに連れてきなさい。」

 遊女は僕の話を聞こうとせず、誰かをこちらに向かわせた。すぐに、1階の庭に面した渡り廊下に女の子が現れた。僕と同じぐらいか少し年下ぐらいに見えた。彼女は目が合うとそちらへ手招きした。

 建物に上がるとすぐ女の子は2階へと案内した。2階にはいくつもの部屋がありその中の鶴の絵のあしらわれた襖を女の子は開けた。そこには先ほどの遊女が部屋の中央に座って僕を待っていた。彼女の目の前に座布団が置かれており、そこに座るよう指示された。

「ぬし、まだ子供のようじゃがいったいなぜこんなところにおるのじゃ。しかもあのような輩に追われて追ったし。」

 キセルに煙草の葉を詰めながら彼女は聞いてきた。

「なぜ追われていたのかはわからないのですが、彼らは僕が…。」

 ここから先を言うべきか迷った。

「なんじゃ、言うてみ。」

「僕があの船の跡取りだからと。」

 それ聞いた彼女はびっくりした顔をしていた。

「なんじゃぬし、もしやあの徳坊かい。ずいぶん大きくなったのう。」

 目を細め懐かしそうに言った。彼女は店の下郎を呼んだ。すぐに1階から男がやってきた。

「すまぬが知り合いが訪ねてきなさった。今日はもう客はとらぬが、大丈夫かえ。」

「かしこまりました橘太夫様。」

そういって男は部屋から出ていった。下男の反応から彼女はこのお店にとってとても大事な存在だということが分かった。おそらく彼女はここの稼ぎ頭のなのだろう。 

「お菊、先に離れに徳坊を案内しておくれ。」

 彼女を残し僕と少女は部屋を出た。階段をおり先ほどの庭の見える渡り廊下を進むと妓楼とはべつに質素な建物が見えた。中には妓楼と同じように部屋がたくさんあったが、派手な装飾などは一切されていなかった。少女は一室に僕を案内した。中は6畳ほどの部屋で、僕は部屋の隅にあった座布団を敷いてそこに座った。少女は僕の真正面に座り、ただじっと僕の顔を凝視している。

 ちらちらと確認する限り、彼女はとてもかわいらしかった。目立ち鼻立ちははっきりしていて色白で透明感のある肌だ。一方で短く切られた髪と着物の間から見える首筋は艶やかであった。澄さんとはまた違った美しさだった。

 襖が勢いよく開いた。

「なんじゃ徳坊、お菊をそんなに見つめて。そんなに見つめたらお菊の顔に穴が開くぞ。」

 一人の女性が笑いながら部屋に入ってきた。我に返り目線を少女から彼女に移した。化粧はしておらず来ている着物は質素なものだったが、やはり美しかった。

「先ほどはお礼を言っていなかったので改めて、助けていただきありがとうございます。」

 僕は土下座した。

「よいよい徳坊。それより顔をあげてその懐かしい顔を私に見せておくれ。」

 顔をあげると彼女は近くによって僕の顔をまじまじと見た後、急にぎゅっと抱きしめてきた。

「もう何年振りかの。」

 橘太夫からはとてもいいに香りがした。そして彼女の肩越しに少女の様子を窺ってみると、彼女は外を見つめていた。その頬には一滴の涙がつたっていた。忘れていた記憶が急によみがえってきた。そう、あれは3年前の秋だった。


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