3:25「翌朝」
「ん……ん!?」
「あぁ……起きてくれたあああぁぁ……」
「お、おはよ……母さん」
王都レイグラスにあるとある宿屋の一室。
俺が目を覚ますと、母さんがほぼゼロ距離で顔をのぞき込ませていた。
反応に困った俺はとりあえず朝の挨拶を返してみると……母さんはそれもう赤子のように泣き喚きながら俺に抱き着きにかかってきた。
「え゛る゛ち゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ちょ! あ、暑いって!!」
あの後、体が動かなくなってしまった俺はミァさんに、母さんは親父に抱えられながらコロセウムを後にした。それからはこのまま俺たちを屋敷に返すわけにもいかないと、親父とミァさんが急ぎで手配してくれたこの宿で一晩を過ごすことになったのだ。
ファルは俺がコロセウムを去るまでは何も動きを見せていなかったようだが、何でも少し思うことがあるとかで一人で別の宿をとっているらしい。
ちなみに今いる部屋は俺と母さんの二人部屋、すぐ隣に親父とミァさんも泊まっている。
本来なら動けない二人だけを部屋に置いておくなどあり得ないと思うのだが、なんだか部屋に入る前にミァさんと親父が口論していたのは微かに覚えている。
俺はその時すでに大分意識が怪しくなってきていたため、内容までは覚えていないが……何があったんだろうか。
外は既に明るい。俺はこの部屋に連れてこられてその旨を伝えられるとすぐに寝てしまったので、少なくとも半日以上は寝ていたようである。
それから一晩。
あまり意識していなかったが、母さんに抵抗できるということは体は普通に動くようだ。動かなくなったのは疲労のせい……だったのだろうか。
「うーん……これからどうすれば」
体が動かせるようになったのはいいとして、あの後グラドーランの遺体がどうなったかとかは俺は全然知らない。
あんなことになってしまった以上、親父にでも相談すれば情報くらい教えてくれそうな気はするが……。そう言えばあいつ……ガレイルも放っておいたままだったっけな。
となれば、とりあえず隣の部屋に……。
――ガタン!
「「!?」」
母さんにどいてもらい、ベッドから降りようとした矢先。かなりデカい物音が部屋の中に鳴り響いた。
方向的にドアの方のようだが……。
「な、なにの音かしら……」
「なんだろ? ちょっと見てくる」
「き……気をつけてね」
「大丈夫だって」
昨日の今日だ、母さんの気持ちも分からなくはないが、流石に心配し過ぎだろう。
第一、俺たちが英雄である親父の連れであることはこのレイグラスではそれなりに知れている(らしい)。その親父を敵に回すような真似をする輩はそういない……ハズだ、うん。
今までがおかしかっただけだし。
まあ、この気のゆるみが何かあった時に命取りになるのはわかるけど。
……なんか考えてたらちょっと怖くなってきた。
何もないことを願いつつ、恐る恐るドアノブに手をかける。
周囲を警戒しながらゆっくりと扉を引いていく。そして廊下へ顔を出してキョロキョロと左右を見渡してみるが、特にこれと言ったものは見当たらなかった。
緊張の糸がほどけ、思わずため息が零れ落ち―――
「ひょわッ!?!?」
そうして顔が下を向いた拍子、足元になにかが転がっていることに気が付き、思わず後ろへ飛び退いてしまった。
「エルちゃん! 大丈夫!?」
「へ、平気。だいじょぶ」
俺の声に反応してか、母さんが奥から顔をのぞかせていた。
俺は一度深呼吸をして乱れた意識を整え、あらためて転がっていた何かへ顔を向ける。
見て見ると、どうやらそれは人の後頭部のようだった。右側から首が見えているので、生首というわけではなさそうだ……でも倒れている手前、意識があるようには思えない。
万が一を考えて、俺は意識をとがらせながらその何者かにそっと近づいた。
触れることも怖いので、引きつってしゃくれ気味になっている顔で倒れている人物をのぞき込む。
して、その人物の正体は……。
「……親父かよ!?」
「ふごっ!」
いびきで返事をするな!
あと俺の緊張を返せ! あ、いや、やっぱ返さなくていい。
倒れている人の正体は、なんだかだらしない表情のまま眠っている親父だった。
ここと隣の部屋との間の壁際で足を曲げた体勢で倒れていることから、さっきまではその場所で座り込んでいたのだということが見て取れる。
まさかとは思うが、一晩中ここで見張りをしていたとかじゃないよな?
「ん……える、にゃあ……♡」
「ム」
だらしのない、にやけた口からでた寝言。
直後に口をとがらせながら前のめりになろうとする姿を見て、俺は背筋の凍りつくような悪寒を感じてしまった。
「ふがっ!?」
その直後、俺の拳が親父の右頬を襲う。
どうせしょうもない夢を見ていたに違いない。
俺の勘がそう告げているのだ、きっとそうに違いない。俺は悪くねェ。
半ば反射的に出たその攻撃で、親父は目を覚ましたようだった。
「おはよう。親父」
「えっ恵月!? 体は大丈夫なのか!?」
「俺は大丈夫だよ、母さんも。それより……何してんの」
「む、これはだな――」
「のっ! のーの様、お待ちください!!」
「……のの?」
二人分の足音と、ミァさんらしき声がとなりの部屋から聞こえてきた。
言っていることからして、逃げるののをミァさんが追いかけているような感じがするが……なにごと?
ていうかなぜまだののが一緒にいる?
あの子とは偶然出会って行動を共にしてはいたが、ののはのので行き場があるのではないのか?
「ミァと部屋をとった後にな、まだどこからともなくあの子が現れたんだ。でも生憎三人以上の部屋は全部埋まっててよ。ミァと話し合った結果、隣の部屋でのーのちゃんの世話をミァにさせて、俺はずっとここにいたってワケだ。お前らの護衛も兼ねてな」
「そ、それはまた……お疲れ様です」
「何、気にすんな! 最初はミァが護衛をするって引かなかったんだけどな、俺じゃのーのちゃんの面倒をみれる自信はねえし、こういうのは旅で慣れてる」
「そ、そう……?」
なんだか言い合っていたのはそういうことだったのか。
まあ、そう言って親父があんな顔でぐーすか寝ていたことについてはこの際触れないでおこう。お咎めなしというわけではないが、一応今回に限っては迷惑かけてる身だし、結果的に何もなかったんだから結果オーライだ。
「え、エルちゃん? お父さんがどうって……」
そうこうしていると、遠目でのぞき込んでいた母さんが部屋の廊下を歩いてきた。
未だビクビクとしながらこちらに寄って来る母さんだったが、親父の姿を見るや否や「なんだぁ~~……」と安どのため息を漏らした。
その表情から影が消え、いつもの明るく陽気なお母さんの顔に戻る。
「おお、ロディおはよう。身体は大丈夫か?」
「おはよぉ~。昨日はごめんねぇ、もう大丈夫ー」
「そうか、そりゃよかった」
よかったと言いながら、親父がポンと母さんの頭に手をかぶせると同時に笑顔を見せる。
勝手なことをして責任を感じているであろう母さんに向けた「気にするな」というメッセージだろう。
「ああそうだ二人とも、ちょっと話があってな。隣の部屋に来てくれるか」
「え? う、うん」
顔は笑ったままに、しかし声質に何か意味ありげな力強さを見せながら俺たちに言った。
表向きは気にするなと言うことを俺にも母さんにも強調していたが、その実親父の内心がどうなっているのかはわからない。
あの時の誘拐事件以来、親父は俺たちの身を守ることを第一に置いている。
今回の討伐隊の件は、その親父の思いを踏みにじったようなものでもあるのだから……少し、いや、大分先が怖い。
このタイミングでの「ちょっと話が」というのは、十中八九お説教が待ち受けているに違いないのだから。
俺は冷や汗に少しばかりの覚悟を乗せて、隣の部屋のノック音を聞いていたのだった。
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