3:19「フォニルガルドラグーン討伐戦 4」
ドラゴンの目を見る。
そのためには俺がヤツの……フォニルガルドラグーンの頭に乗り、直接覗き見てやる必要がある。
それで何があるかは分からない。わからないし、もしかしたら何もないかもしれない。
しかしあの不思議な夢と、ドラゴンと目が合って……その直後に襲ってきた胸の痛み。こじつけかもしれないが、きっと何かしら関係があるハズだ。本当、全く身に覚えがないのがものすごく引っ掛かるが……今は、賭けられるものに賭けるしかない。
「……本当に大丈夫なのか、それで」
「俺に賭けてくれるんでしょ」
「ま、まあ……お前がいいならそれで構わんが」
「えるにゃん がんば」
賭けも賭け、実際どうなるかわからないし、心配するのも無理はない。
言ってる俺だって頭おかしいんじゃないかと思う。
俺は親父たちに頷いてみせると、相も変わらずじっとしているドラゴンさんに向かい合う。
そして俺を先頭に、後ろを親父とののに任せる形で足を走らせた。
* * * * * * * * * *
真っ黒な、どこまで広がっているかも不明なその空間で剣が幾重もぶつかり合い、火花を散らせます。
僕とミァさんは突然背後から現れたもう一人の……『もう一組の僕とミァさん』を相手にそれぞれ全く互角の戦いを繰り広げていました。
こちらが剣を振り上げれば、相手は全く同じタイミングで合わせるように振り下ろしてきます。
ミァさんも、レガルドさんもまた同じく、ただただ体力と時間だけが消費される戦闘が早十分ほど経過しようとしていました。
そして―――。
「くっ……」
徐々に消耗していった僕は、偽者……仮に影とでも言いましょうか。その影とのつばぜり合いに圧されはじめていました。
「!! 坊ちゃん!」
「人の心配してる場合ですか」
「っ―――!!」
ミァさんがこちらに気を逸らした瞬間、影がその首を狙います。
寸でのところで体をしゃがませて何とか首の皮はつながったままでしたが、こちらも時間の問題となっていました。
「甘チャンですねぇ……メイドのし過ぎじゃないですか?」
「…………」
影から距離を置き、ミァさんと背中合わせの状態に。
動きを見る限り影にも体力の限界と言うものはあるようなのですが……恐らくはそれも僕らと全く同じ。
しかし影と違い、どうしても状況や試行回数からくる不安や負担、ストレスは僕らの方が上回ってしまい、最終的には必ず先に疲弊してしまいます。
途中で戦闘相手を変えようとも試みましたが、そう簡単にもいかず……じわじわと押され始めているのが現状です。
未だレガルド氏も影との絶え間ないラッシュ対決を続けていますが……早々に決着をつけなければ。
「とても不可思議な気分です……まさか自分と戦う羽目になるとは」
「ええ。お世辞にもいい気分とは言えません」
ただでさえ神経を使う上に、影の口から放たれるあからさまな煽りの言葉。
これもまた、僕らの集中力を確実に奪っていきます。
それに……。
「時間稼ぎにしても、悪質すぎますよまったく……」
「……はい」
最初の不意打ち以外は、なぜか向こうから仕掛けてくることがないのです。……口以外。
つまり僕らを倒す気など微塵もない……僕らをこの空間に閉じ込めておくため時間稼ぎとしか思えません。
それが何を意味するのかは未だわかりませんが……確かに言えるのは、ここに閉じ込めた術者は相当のひねくれものだということでしょうか。
「無駄話をしている暇があるなら」
「さっさと動いたらどうですか」
「っ……」
「言ってくれますね」
カンカンと、僕の影が剣を暗黒の床に打ち付け煽りを助長させます。
「こうなったら、片方に集中して……」
「坊ちゃん、それは――」
「実力でミァさんに劣る僕からやろうと?」
「暗殺者から気を逸らすなど言語道断、ありえませんね」
「うっ……!」
カン カン カン カン と、一定のリズムで響かせる金属音が思考を阻害し、思考回路さえも深く浸食しはじめていました。
初めは相手にしないようにと確かに気を引き締めていた単純な言葉にも、精神がすり減ってくれば体は自ずと反応してしまいます。
まだどうにかミァさんは大丈夫のようですが、これもいつまで持つかわかりません。
止めてくれる人がいなくなった時……それは図らずとも僕らの敗北を意味するのですから。
「この……いえ、すみません。冷静さを欠いていました」
「お気になさらずに……無理もありません。ですが……」
ゆっくりと、ミァさんが自分の影に向かって足を進め始めました。
その間も影は自ら攻撃を仕掛けることなく、ただただ蔑んだような、見下すような冷たい視線を送り続けます。
そして影の目の前でピタッと立ち止まったかと思うと、両手に携えていたナイフをどういうわけか懐にしまい込んでしまったのです。
「おや?」
「……ミァさん?」
「どうしました? 降参ですか?」
「いえ」
「少々、訂正したいことがございまして」
* * * * * * * * * *
走る 走る 走る。
目の前にたたずむ巨大なドラゴンに向かってひた走る。
迫りくる火球を避け、避け、避け―――。
「親父! のの! いくよ!!」
「応!!」
「おー」
ドン! と地面を蹴り上げると共に、先の異空間で実践したことと同じく――風の魔法を使い大きく飛び上がる。
このまま一直線にドラゴンの頭部に飛び移ろうというシンプルな算段だ。
相手の行動からしてはたき落されるという事態はまず考えにくい。
それならシンプルに、一直線に走って……。
(継続してブレスを誘発させる!)
想定通り、飛び上がった俺に向かってドラゴンはその大きな口を開こうと顔を向ける。
そして――
「二人とも!!」
「がっ!?」
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉりゃあアァ!!!!」
「ほー!」
口を開けようとしたその瞬間、同じく俺が魔法を使って飛び上がらせた親父とののが、ドラゴンの鼻頭に全力の一撃を喰らわせてやった。
斬るため――ダメージを与えるための一撃ではなく、俺への攻撃を防ぎ、道を作るための一撃。
上から叩きつけられたドラゴンの口は歯を食いしばるような形になり、その中で精製されていた火球が爆発を起こす。
半ば爆煙に吹き飛ばされるような形で親父とののがその場を離脱する中、俺は杖に残っている魔力を使い切り……。
「っ……なん、とか」
ドラゴンの頭部……文字通り目の前に降り立つことに何とか成功した。
「さあ、来るなら来い……好きなんだろ、俺のこと」
なんか今ものすごい痛いこと口走った気がするけど、気にしてはいけない。
まあ、どうか下にいる親父たちに少しでも聞かれていないことを祈る。
気を取り直し、落ちないようにバランスを取りながらじっとドラゴンの両目を見る。
相も変わらず真っ赤に充血し、殺気を放ち続けているその姿に体が少なからず恐怖を覚えてしまうが、俺が降り立ってから攻撃を仕掛けてくる様子はない。
何かの前触れかもしれないと、つばを飲み込み心に覚悟を決める。
そしてまるで威嚇でもするかのような鋭い目つきで、彼のドラゴンとにらめっこを開始した。
「…………」
「………………」
「……………………」
(あ……あれー……)
爆発による煙も引き、異様としか言いようのない光景が続く中、何か異変が起こる様子はない。
しかしそれ以上に、本当の意味で何が起こるわけでもないこの状況に……俺の心の方が動揺しまくっていた。
(い、いやそうよ……そりゃあ何も起こらないことだって頭にはあったけどぉ……でもだよ、何かあるじゃん!? こういう時ってご都合主義発動するもんじゃん!? えっと、えっとぉ……てかここ高い……)
これからどうしたらいいのかが全く分からなくなり、視界がゆがむ。
心臓の鼓動もドクドクと速まっていき、額から一筋の汗が伝って行く。
考えろ、考えろと……当初の目的も忘れて必死になっていたところに―――。
「え……エル、ちゃん……?」
「なっ……!?」
「えるにゃん?」
「うそ…………」
「消え……た……?」
「いや……嫌よ…………」
「イヤあああアァァァーーーーッッッ!!!!!」
理解しがたいそんな言葉が、頭の中に響いてきた。
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