3:12「オレがオレであるために」
今回擬音が多いです。
全長十メートルはあろうかというフォニルガルドラグーンもそれなりに自由に暴れることができるほど大きな円形競技場。
オレが繰り出す一撃をやつがその長い尻尾で弾き、息をつく暇もなく吐き出されたブレスを避け、そのまま懐へ潜り込もうとすれば大きく飛び上がり剣は届かない。
続けざまに撃ち込んでくる火球を走り避け、二発、三発……四発目が来るところで振り返り、襲ってきた火球の核を打ち、跳ね返しす。
返ってきた火球に撃たれ落ちてきたところに一撃、ドラゴンの左手首……その固いウロコ小さな傷が刻まれる。
オレはまだ辛うじて傷と言える傷を負ってはいない分優勢に見えかもしれない。しかしこれまで……戦闘を開始してからどれだけ経ったのかはもうわからないが、有効打は一撃たりとも与えられておらず、こちらの体力は見る見るうちに削られている。
オレが膝をつくのも時間の問題だ。
「クッソ……分かっちゃいたが、ここまで通らねえもんかねぇ……!!」
あわよくば他の連中が来る前に仕留められればなんて思っちゃいたが……思い上がりも甚だしいってレベルだなこりゃあ……!
「昔やり合ったドラゴンも強かったもんなぁ」
あの時は四人だったっけな……。
オレにガレイル、ミァと、それから――
「アルカ……」
―――ドッッ!!!!
一瞬。
あいつの名を口に出したその一瞬の隙をつかれ、オレの視界は強大な尻尾にはたかれる痛みと共に大きく歪んだ。
体が軋み、飛ばされ、壁にぶつかる衝撃は砂煙を舞い散らせ、分厚い内壁にめり込んだ体が悲鳴を上げる。
しかしこの程度で弱音を吐いてはいられない。
すぐさま起き上がり、地に足を踏みしめる。
「がはッ……いってぇなコンチクショウ」
口の中に鉄の味が広がる。
長らく味わってなかった。懐かしくも何度も経験した、自分の血の味。
「……何度舐めても、クソ不味いのは変わらねぇな」
真っ赤に濁った唾を吐き捨て、再びドラゴンに向かい合う。
その表皮を何度も斬りつけた剣は既に刃こぼれしており、いつまでもつかわからないのが正直なところだ。
十年ほど前、護身用にと見繕ったそこそこの業物のはずなんだが……どうやらドラゴンを相手にするのはちと力不足だったらしい。
せめてもっといいものを……二十年も使っていなかった、かつての相棒を連れてくればよかったかなんて後悔の念を垂れながら大地を蹴り、尻尾アタックのお返しをくれてやろうと走り出す。
まあ、正確には持ってこなかったんじゃなく……持ってこれなかったんだが。
「―――――」
剣身に魔力を付加させ、その切れ味を限界までブーストさせる。
勢いのまま軋む運動不足の体を鞭打ち、ドラゴンのブレスと尻尾を交互に混じえた攻撃を避けながらとんとん拍子にその巨体に近づいていく。
そして大きく、力強く振りかぶったドラゴンの左拳が繰り出されたところに――。
「せえぇぇいヤアアァァァァァ!!!!」
ドガンと、大きな破壊音と共に叩きつけられた左拳をステップを踏むように避け、その手首に今できる最大の一撃を入れてやる。
ただ一点。
傷ついた左手首に稲妻の様な魔力を帯びたオレの剣が食い込み、その肉を引き裂いていく。
「がっ!?」
「おおおおおおおオオおおオオオオおぉおぉぉぉォォ!!!!!!」
思わぬ一撃が入れられたことで、ドラゴンが初めてその声を上げた。
直後にオレにめがけて振られた右手を屈んでやりきると、オレは雄たけびをあげながら走り、力任せに剣を振り切ろうとする。
そして――
―――ボキン!!!!
志半ば……ドラゴンの左手首を大よそ半分のところまで斬って見せた業物は、鈍い音を響かせポッキリと折れてしまった。
剣身は手首に食い込んだまま、柄の身になったそれを振り切ったすぐあと、頭上に熱気を感じたオレは炎のブレスが来るのかと思い咄嗟に後ろに飛び、距離を置く。
しかしいざ下がってみるとドラゴンの口からブレスが吐き出されることはなく、それよりも……。
「なっ……何を……!?」
それよりも目に飛び込んできたその光景を前に、冷や汗と共に嫌な予感が頭をよぎらせた。
ヤツは……フォニルガルドラグーンは、切れかけた己の左手を喰っていたのだ。
まるで御馳走にでもありつけたかのように、炎のよだれを垂らしながらムシャムシャと……オレの剣ごと喰いつくした。
すると。
「グウウゥゥゥ……オオオオオオオオオオオオオオーーーーッッッ!!!!!!」
「ッッッ!!!???」
(なんつー声だ……耳がッ……!!)
漆黒の体に沸きあがるような深紅のオーラを纏わせながら、ドラゴンは一キロ先からでも聞こえそうなほどの巨大な雄叫びをあげる。
するとボタボタと、左手から流れるマグマの様に煮えくり返った血が、まるで意思を持っているかのように動き出し、瞬く間の内に手のような形を形成していった。
(そういやどっかで聞いたことあるぞ……!! 高位のドラゴンは倒れたドラゴンを喰う……共食いすることでパワーアップしちまうって……)
「……やっべぇ」
真っ赤に流血したドラゴンの目が、オレに死を告げているようだった。
もうこれ以上ダメージを与えるのはまず無理な上、相手さんは本気モードに……これを絶望と言わずしてなんと言えようか。剣も折れたし。
(そういや討伐隊の連中はどうした……!!レガルドのことだ、流石にもう全員こっちに向かわせてるはずだろう。いくらオレが先に突っ込んだからって遅すぎやしねえか!?)
最初の意気込んでいた自分を想像すると情けない。
しかし本当に遅い。もう少なくと一人は到着していておかしくないはずだ。
ファルやミァ……それにガレイルも、誰一人として姿を見せないというのは流石におかしすぎやしないか?
「何かあったのか……?」
来られない理由が……いや、来たところを妨害されたのか……?
そもそもなぜフォニルガルドラグーンはここに……コロセウムに飛んできた?
オレたちが襲ってくるのも知っていたようだった。ならなぜ、わざわざここに誘導するような真似をした……?
ここに何か罠が?
いや、あの巨体ではそんなこと到底……。
(……まさか内通者が!?)
あのドラゴンは年に数回、ほぼ定期的にこの王都周辺で目撃されていたという。
何かしらの目的があって、内通者がドラゴンを使って何かしでかすつもりなのだとしたら……?
流石に考えすぎか?
しかし何かがあったのは間違いない。
コロセウムの外なのか中なのか、はたまた両方なのか。
もし外……王都に何か大がかりな仕掛けでもされていたら……。
「恵月……音祢……」
二人にもし何かあったら、オレは―――。
―――がぶっ。
「え?」
集中力を欠いていたオレは、自分の身に起きたことが一瞬理解できなかった。
オレの真横……何故かそこにいた小型の、同じくらいの背丈をしたドラゴンが、オレの上半身を横から銜えていた。
しかしそんなことが些細に見えてくるくらい、直後に飛び込んできた光景にオレの体は身震いを感じる。
一体何体いるのだろうか。
数えるのも億劫になる程の小型ドラゴンの群れが、このコロセウムの競技場へと集まってきていた。
「なん、だよ……これ……グァッ!?」
ドラゴンのするどいキバが体にぐいぐいと食い込んでいく。
武器が無くなった敵にこんな数の暴力……オーバーキルにも程があるだろう!!
どうしようもない。
一体この状況をどうしたら切り抜けられるというのか……。
「ガ……アアァァッ……!!!!」
(万事休す……て、やつか)
死ぬのか、ここで。
死んだらどうなる……?
このドラゴンたちは……フォニルガルドラグーンは次に何をする?
あの血走ったような……まるで理性を失いかけているようにも見える目、まさか町を襲ったりするんじゃないのか……?
町に罠がないとしても、そうしたら……。
「おと、ね……」
あいつらは……。
「え……づき……ぐッ!」
あいつらは…………!!!
あいつらが死んだら、オレは……!!
「う……ウウウウウアアアアアアアアアアア!!!!」
精一杯、悲鳴を上げる全身の筋肉に思いっ切り力を込め、食われかけの右腕を引っこ抜く。
ロディと恵月が死ぬ未来は、その未来だけは絶対に認めない。
ただその思いだけで、そのまま振り上げた右腕を使ってドラゴンに全身全霊の肘打ちを喰らわせてやった。
小型のドラゴンは悲鳴を上げる暇もなく力んだ筋肉に牙を折られ、エルボーを喰らった直後には地面に叩きつけられた状態で気を失っている。
「ゼェ……ハァ……ハァ……」
オレは死ぬわけにはいかない。
今ここで死ねば、何よりも大切な人に危害が及ぶかもしれないから。
オレは二十年前、目の前で大事な仲間を失った。
例え目の前でなくても、オレが死んだ後だとしても……大切な人が命を奪われるのはもうたくさんだ。
もし、本当に……本当に二人が殺されてしまったら、きっとオレはオレでいられなくなる。
「オレはまだ……頼りねぇ夫で、情けねぇ父親で…………それでも大事な……家族でありてぇんだよ!!!!!」
だから絶対に生き残る。
生きてあいつらの安否を確かめるまでは……何があっても膝をつくわけにはいかねえ!!
決意を精一杯の言葉に乗せて、オレは全身を奮い立たせる。
武器がなくても、絶望的な状況でも、助けが来なくても。己の拳一つで必死にもがいて、必死にあがいて、生きて家族の元に帰ってやる。
そう思い、目の前に群がるドラゴンの群れへ向かって行こうとした、その時―――。
―――だっ!!!
「えーーーい」
「……!?」
何処からともなく走り、飛び込んできた少女が、両手に構えた背ほどもある杖の様なもので小型ドラゴンの一匹……その首を斬り落とした。
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告等ありましたら是非よろしくお願いします!




