2:33「エルナちゃんの1日メイド生活 4」
「みんな……」
「ロディさんなんて大泣きしてますよ。……行かなくていいんですか」
「…………まだ……無理」
「そうですか」
迷惑だろうか。
いや、言うまでもない。
椅子の上に体育座りになり、膝の中に顔をうずめながら、外から聞こえてくる呼び声をじっと聞いている。
親父の声
ファルの声
ミァさんの声
母さんの声
全部が全部、本気で心配して……一句違わず、俺を探している声だ。
(……出ていくべき……なんだろうな)
わかっている。
アリィに出されたハーブティーを飲んで、心を落ち着かせてみればなんてことは無い。
こうなったのは半分は自分のせい。もう半分は……親父のせいだ。ここは譲る気はないし、間違ってもいないと思う。
あの時、親父がふざけてあんなこと言いださなければ、俺はコスプレだけで済んだのだから。
それでも途中までやっておいて投げ出したのは変わりないし、そればっかりは自分に責任がある。結果として、今こうして皆に迷惑をかける羽目になっているのだ。
少なくとも、ファルと母さん、それからミァさんに罪はない。今すぐにでも出て行って、頭を下げた方がいいだろう。
それでもうずくまったまま出ていかないのは……どうしてだろう。
――コンコン。
「おや? 誰でしょう?」
そんな時、アリィがノックの音を聞きつけ玄関へと足を運ぶ。
俺は耳だけを窓の外から玄関へと向けた。
ノック音がしたときのアリィの反応からして誰かが来るような予定は無かったのだろうし、一体誰なのだろうか。そういえば、母さんたちの声が少しも聞こえなくなってる気がするけど……。
「……まさかな」
「はいはーい、どちら様でしょー……お?」
「アリィ、急にすまん。えづ……エルナ、ここにいないか?」
(この声、お――親父!?)
フラグ回収おつかれさまでした!!
まさか母さんでもミァさんやファルでもなく、親父が真っ先にくるだなんて……。
来たとしても間違いなく母さんだろうと思ってたのに。
……それとも全員いるのだろうか。
「うーんエルナちゃんですかあ。私は見てないですねえ」
(アリィさん……?)
俺を匿って、居留守まで……。
本当に、一体なぜそこまでしてくれるのだろうか。
こんなことをしても、彼女には何の得もないというのに。
俺は……本当に、このままでいいのだろうか。
「そうか。すまんな……」
「いえいえー、旦那にはお世話になってますから。力になれなくてごめんなさいねー」
「…………」
(俺は……)
「ところで旦那」
「ん……なんだ?」
「エルナちゃん、どうかしたんですか?」
(―――!!)
思わぬ斬りこみをかけるアリィに、思わず声が出そうになってしまった。
二人の話が気になってしまった俺は、こっそり音をたてないように椅子から立ち上がり、ばれないように玄関の方を覗いてみる。
どうやらそこに立っているのは親父だけのようだが……しかしアリィは何故そんなことを。
話を長引かせたところで、ボロが出て俺がいるのがばれでもしたら……。
「――――ゴクリ」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
出ていくべきだ。
でもそうしたらアリィはどうなる?
このまま出て行ったところで……俺は本当にそれでいいのだろうか。
でも出ていかなければ、親父は再び夜の町に繰り出してみんなに迷惑が……。
「え、えっと……それはだな……」
「ああ、別に無理に話さなくてもいいですよ。探しているようですし」
「……いや、聞いてくれ」
「…………」
(親父……)
そうこうしているうちにもどんどん話は進んでいく。
親父は何と言うだろうか。
怒ってるだろうか。
怒ってるだろうな。
そりゃそうだ。
半ば無理やりだったとはいえ、乗り掛かった舟だ。
中途半端で投げ出したら誰だって怒る。
……でも俺だって怒ってる。
俺だって言いたいことはたくさんある。
俺だって……
「オレのせいなんだ」
(――!!)
「オレがふざけて一日メイドだなんて口走ったせいで……あいつの気持ちなんて気にも留めないで、そのせいで……」
「出て行っちゃった……ですか」
「バカだろ?」
「バカですね」
親父が苦笑いをしながら、己が愚かだろうと罵って見せる。
アリィはそれに対して間を置かず、即答と言わんばかりの言葉を浴びせた。
「……昔っからそうだ。オレは後先考えずに面白そうだからと突っ込んで、いっつも何か失ってる。……本当、学習しない……どうしようもないバカだよな」
「そうですね。どうしようもないあんぽんたんで、ド畜生です」
「……正面切ってそう言われると、結構来るな」
「現実なんてそんなもんですって」
「ハ、ハハハ……」
親父の声は悲しげだった。
ただ悲しいという訳ではない。
何度も何度も、それこそ数えきれないくらい挫折して絶望して、それでも生き残って……一生忘れられない後悔の刻まれた、悲痛に満ちた声だった。
アリィの乾いた返事が、さらにそれを強調させていた。
「で、結局旦那はどうしたいんですか?」
「ん……オレが、どうしたいか……?」
「はい。エルナちゃんを見つけられたとして、その時どうするんですか?」
アリィはここぞとばかりに、俺にも確実に、一言一句聞き漏らすことのないように声を張った。
「……そう、だな」
親父はその質問に少しばかり頬を赤くし、アリィから目をそらして口をごもらせる。
そんな照れ隠しを見せる中年男の前で、アリィは親父が口を開くのをにやにやしながら見守っていた。
「俺はあいつに、一言……いや、二言でも三言でも! しっかり謝って……それから」
もう一度、親父が口をもごもごとさせる。
正直ここまでくると何をまた言い出すのかと大変不安で気が気でいられないのだが……俺はそれでもじっと、親父が出す答えを見守っていた。
そして―――。
「それから俺は……あいつを……思いっきり、抱きしめてやりたい」
「―――――!!??」
(なッ――――何言ってんだあいつ!!!???)
……ていうか、それしか能がないのかこの親父は!!!
何言ってんだと思ったけれども、よくよく考えてみれば俺は同じことをすでに経験している。
直近では一か月前。
あの誘拐事件のおり、俺は親父に『抱いてもいいか』と聞かれ、それはもう動揺しまくっていたではないか。何を思って動揺したのかはまあ……聞かないでほしいが。
「オレは……それしか知らねえからよ。その……愛情表現ってやつをさ」
「旦那らしいですね、不器用というかなんというか」
「……そうか?」
親父のため息混じりの反応にアリィが「はい」と応えると、彼女はそのままフフっと笑みをこぼし、家の奥……俺がいる方へと首を回し、目配せをしてから親父に向き直った。
ああ、これは間違いなく……。
「――だ、そうですよ。エルナちゃん」
「…………は?」
(まあ、そうなるよね……)
あからさまに……笑いがこみあがてきそうなほど動揺している親父に、少しばかり同情の念を抱いてしまう。
「おまっ、さっき知らないって……」
「ほらほら、出てこないなら無理やりにでも連れてきますよー!」
わかった!!
わかったって出ていきます!!
半ば慌てるように陰から顔を出した俺は、親父と顔を合わせないように視線を横にずらしながら玄関へと思い足を進めていく。
アリィは俺がこうして出てきやすいように図らってくれたのだろうが、なんというか……贅沢かもしれないが、ここまでされるとかえって出てきにくいところはある。
こんなん気まずくなるに決まってるでしょ……どう考えても!!
玄関まで出ていき、アリィが俺に場を譲るようにして後ろへ引くものの、気まずさゆえに顔を合わせることもできなければ声を発することもままならない。
「……親父」
「恵月……」
そして意を決して口を開いてみれば、まるでお約束のごとくタイミングが合ってしまう。
「あっ……えっと、そのだな……今のは――」
ああもうじれったい!!
動揺してるのは分かるし俺だってそうだけれども、こういう時に男がシャキッとしなくてどうするって言うんだ!!
――――がばっ!!!!
「えっ 恵月――!?」
そう思った瞬間身体が動いていた。
ヤケになったかと言われたら、たぶんそうだと思う。
親父がうじうじしてるんなら、どうせこの後そうなるとわかっているのなら。
……もう俺の方から抱き着いてやれと、そう思った。
「――――」
すると親父は戸惑いこそしたものの、すぐに俺の背中に優しく手を回してくる。
それだけでも、親父の気持ちは十分にわかる気がした。
言いたいことは山ほどある。そのほとんどは横暴な親父に対する文句だ。
しかしそれよりも先に……まずは一言、謝っておかないといけないだろう。
今回に関しては俺にも非があるのだから。
「……バカ」
……あれ。
「バカ!!」
違う、そうじゃない。
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!!」
謝らなければ。
まずは一言、ごめんなさいとだけ言わなければ。
「親父なんて大ッッッ嫌いだ!!!」
そう思っているのにもかかわらず、俺の口から出てきたのは、これでもかというほどの罵倒のセリフ。
違うのに、今言いたいのはこんな事じゃないのに。
俺の肺は、喉は、口は……全くいうことを聞いてくれない。
「大ッッッッッ嫌いだ!!!!!」
「……ああ」
それでも親父は俺を抱きしめたまま……優しく頷いた。
「謝っても許さないからな!」
「……すまん」
何を言っても。
「許さない!!!」
「そう、だな……」
何を言っても。
「絶対に許すもんか!!」
「……それでいい」
何を言っても。
「死ね!! 死んじまえ!!!」
「……そうできたらよかったのにな」
何を言っても……。
「クソ親父!! お前、なんて……」
「本当に、情けない親父で……すまん」
俺は親父を罵倒し続けた。
親父は自分を責め続けた。
「なん、て……うぅぅ……ぐす……」
そうしてようやく言葉が詰まったときには、入れ替わるようにして涙が出てきた。
それでも言いたい6文字が出てこなくて、もどかしくて、俺は自分を責めようとしていた。
迷惑をかけておいて、うじうじしていた親父にじれったいなどと思っておいて、そのうえ散々言っておいて……それでも「ごめんなさい」すら言い出せない自分が許せなかった。
「すまん……!!」
「っ……」
「すまん、すまん……本当に、すまなかった……!!!」
そんな時に……親父はぎゅっと腕の力を強め、俺を抱き寄せた。
俺が言わなければいけない事を、何度も何度も繰り返しながら。
その腕の中はすごく温かくて……それ以上に、悲しみにあふれていた。
ここで言わなければ。
言わなければきっと後悔することになる。
言わなければ、きっと……。
いうことの聞かない、息をするのも精一杯になりつつある肺を、喉を……この口を、俺は必死に鳴らそうと力をこめた。
もういっそこの一言だけ言えればいい。そのあとはどうでもいいとさえ思いながら……親父の大きな体を抱きしめる、俺の細い腕にも精一杯の力をこめて――。
「ぅ……うぐっ……ご……ごめん……な、さい……」
そうしてやっと……やっとのことで絞り出された、今にでもこと切れてしまいそうなほど……小さな小さな声。
「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい……ううぅ……う、うううああぁぁ……」
それを二回も、三回も、四回も……。
そうしているうちに涙がこらえられなくなって、そのまま泣き崩れてしまった。
胸のつっかえが無くなったと同時に、今度は泣き声が止められなくなった。
後ろでアリィも見ているのに、俺は見っとも無く……子供のように泣き喘いでいた。
「ああ……オレの方こそ、本当に、本当に……すまなかった」
そしてその時の親父の腕の中は、これ以上にないくらい温かくて……これ以上にないくらい、優しさで満ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告等ありましたら是非よろしくお願いします!
もうちっとだけ続くんじゃ( ˘ω˘)




