2:25「いたくしないから♡」
ドン! ドン! ドン!
美しい遺跡に容赦のない破壊音が鳴り響く。
勝負が始まるや否や、母さんは俺の準備を待つこともなく水の中級魔法【アクア・バレット】を何発も撃ち込んできたのだ。
歴史的建造物だぞ!
もう少し大事にしようという気はないのか!!
心の中でそんなツッコミを叫びつつも、その歴史的建造物を盾に、母さんが仕掛けてくる大雨から必死に逃げ続ける。
まあ、ここをそんな会場に選んだのは里の長であるエィネなのだから、本当はそこまで大事な場所でもないのかもしれないが……こういったロマンが好きな一男子としては非常に心が痛い。
「はぁ……はぁ……止んだ?」
逃げて逃げて、いろいろな場所に傷を残して数分程。
石畳と同じ大きな樹をモチーフにした紋章の彫られた壁を背にしたところで、母さんの【アクア・バレット】の雨が降り止んだ。
右手に握りしめた水晶玉も光を失っているため止んだとみて間違いないようだが……こうなった母さんはなかなかに執念深い。この程度で諦めるなんてことはまずありえないだろう。
俺は水晶玉を確認した後に、そのまま開いた右手に魔力を集中させる。
「……魔杖」
『我に流るる魔の化身 汝が力を ヨに示せよ』の短式。
神樹さまの魔力を宿していた時は無意識にやっていたのだが、エルフの魔法使いは物理的な杖というものを持たず、その場その場で魔力の杖を精製して使っているらしい。エィネの話によると「魔法使いにとって杖とは分身のようなもの。普通の杖でダメということはないがの、この方が自分自身を媒体としておる分、精霊たちとの相性がいいんじゃ」とのことだ。
俺の短い言葉に魔力が反応し、右手に棒状の光が形成されていく。
その光はだんだんと細かな……取っ手部分は波打つような、領先端は荒々しい角をもつシルエットを形作っていき、水晶玉が先端よりも少し下にアクセサリーのような形で引っ掛けられる。
そうしてシルエットが完成したところで光が収まり、俺の分身がその全容をあらわにした。
宝玉のはめ込まれた先端部分、そして反対の後端部分は荒々しい炎を模ったものへ、その間をつなぐ棒状の部分は吹き抜ける風をかたどったデザインへ。
俺の魔力を現したその杖を握りしめ、心を臨戦態勢へ切り替える。
「エルちゃーん……痛くしないからぁ~……隠れてないで出ておいでぇ~……♡」
「……嘘つけ」
完全に悪役……それも狂人の類に似た声を発しながら迫ってくる母さんに小さく一言だけ返しておく。
そしてそれに応えるかのように、杖にぶら下がる水晶玉から赤い光が放たれ始めた。
……が。
「あれ?」
壁の端から母さんを覗いてみると、ゆっくりこちらに向かって足を進めていた。
進めるだけで、魔法らしきものを仕掛けてくる様子はみじんもない。
魔杖は母さんも今手に持っているが、一度精製してしまえばそれはあくまで魔力を返還するためのお助けアイテム――つまり魔力でできた物ではあるが、その魔力は物として維持するために固定されるため、魔力の流れに反応する水晶玉は働かない……はずなのだが。
「一体何を……―――っ!!!」
直後体全体が大きな影に包まれるのを感じ、視線を上に送る。
するとそこには、直径10メートルはありそうな大きな水の塊が今か今かと待ち構えていた。
「でてこないとぉ~、遺跡と一緒にお洗濯しちゃうわよぉ~?」
「洗濯って……そんなレベルじゃねえぞコレェ!!!」
こんなもの頭に落とされたら一発で気絶する自信がある!
水の威力舐めちゃいけないよマジで!!!
咄嗟に滑り込むかのようにして地面を蹴ると同時に、頭上に会った巨大な水玉が落下してくる。
隠れていた壁が瓦礫の山へと変貌する様を目の当たりにし、思わずゾッとしてしまった。
当たったら気絶どころじゃすまなかっただろう。避けると分かっててわざわざこんなことをしたのか、はたまた本気でやったのかは知らないが……ますます気を緩めるわけにはいかない。
「おわっ!?」
なんて考えているうちにも、母さんは【アクア・バレット】をガンガン撃ち込んでくる。
地形が地形だけに走り回っていれば何とか避けきれはするが……このままでは防戦一方。一応俺もお手頃な飛び道具としては【猛火弾】持ってはいるが、如何せん動き回って狙いづらい上に周りが森では下手に撃つこともできない。
水晶玉を狙いに距離を詰めようにも、そうしようとしたらさっきよりも激しい……それこそ母さんお得意の風魔法をお見舞いされるんじゃないか。
「つっても……近づくしかっ ないんだけ――どっ!」
(あっぶね服裂けた……!!)
「あらあらだいじょーぶ?」
「っ……余計なお世話!」
自分でやっといて、掠っただけでそんな言葉を……舐めてるのか!?
そりゃあ、母さんに比べたら俺なんてまだまだヒヨッコもいいところだろうさ……それはきっと今後も変わらない。
ていうか、そもそもなんで母さんは【アクア・バレッド】ばっかり使って来るんだ?
これじゃ俺の水晶玉を捕るどころか互いに体力を消耗するだけじゃ……。
まさか、そうやって俺がバテるのを待ってるってのか!?
「仮にそうだとするなら……」
わざわざ乗ってやる意味はない。
そうだ、言ってたじゃないか――俺と戦うのは気が引けるって。
要はそう言うことだ。
こうしている間も母さんの【アクア・バレット】の雨は続き、俺はひたすらに15~20メートルほどの距離を保ったまま走り、避け続けている。
(なるほど、確かにこれは……その通りみたいだ。)
仮説を確信に変えた後、俺は次の壁を越えたタイミングで足の向きを90度……母さんから見て横から正面へと変え、そのまま一直線に距離を詰めようと走る。
急に方向転換をして母さんの顔が一瞬曇ったところを見て、俺は右手に持った杖へ魔力を込める。
(やっぱり魔法は陽動。はなっから当てる気なかったんだ……!)
「そうと分かれば……」
「っ……」
速度を上げる。
母さんがどんどんと次の弾を撃ちだしてくるが、やはり俺を傷つけたくない一心で弾道は全てギリギリのところで脇へとそれる。
先ほどかすったときに母さんの口から出た心配の言葉も、恐らく本心だったんだろう。
あと4メートル
3……
2……
ここだ!!!
「―――炎弾!!」
「きゃっ!?」
母さんの目の前へ杖の先端を持っていき、【猛火弾】の短式を大きく叫ぶ。
もちろん当てるつもりで。
エィネは本当に傷付け合うわけではないと言っていたが、こうでもしないと結局は長引いて体力を削られるだけだ。
母さんは悲鳴と同時にその錫杖にも似た――俺と同じく水晶玉をぶら下げた杖を盾にだし、俺の【猛火弾】を受けさせる。
大丈夫、火力は出来る限り抑えてやったつもりだ……この程度ならそう、陽動には十分。
(よし、このまま――!!)
空いている左手を母さんの杖……水晶玉がぶら下がっているその場所へ!!
―――――バチィッ!!!
「痛ッ!!!??」
「……え?」
一体何が起こったのか。
俺は確かに、真っ赤に光る水晶玉を掴もうとして、それから……手が弾かれた。
しりもちをついたまま母さんを見上げてみると、どうやら彼女が意図してやったものではないらしく、俺が吹き飛ばされたことに対する大きな戸惑いと、心配の目を向けてきていた。
肝心の水晶玉の周りには……水晶玉よりも一回り大きな、青白いバリアの様なものが張られている。
そして遠くから俺たちを見守るエィネの顔は、どこか意地悪な……そして楽しげな表情を浮かべているように見えた。
「え、エルちゃん……」
「なんだ、これ……」
「さあ、こっからが本番じゃ。どちらが先に『触れる』ことができるか……おんしらの成長ぶり、見せてもらうとするかの」
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