2:13「いくさの火は突然に」
エルナ→エィネ→エルナと視点が変わります。
大書庫にエィネの声が響き渡る。
俺たち以外にも人がいたのか、エィネの言葉を聞いた里人のバタバタとした物音が聞こえてきた。
そんな中俺たちは急いで入り口にいるエィネの元まで走っていくと、アルトガが一歩前に出て口を開いた。
「どういうことだよ長様!! 里が燃えるって!?」
「いった通りじゃ!! 見ればわかる、急ぐぞ!!!」
戸惑うアルトガの腕を引っ張り、エィネは急げという意を示す。
しかし後ろで同じく戸惑いを見せる俺と母さんを見て、アルトガのよこから顔をのぞかせるようにして俺たちにも指示を出した。
「おんしらは今すぐ里の者たちと共に神樹さまの中に避難するんじゃ! 樹霊の儀をしたあの場所じゃ、よいな!?」
「へ!? ちょっと!!」
意味がわからないと声を上げるもむなしく、エィネはアルトガを連れて走り去っていく。
一体何が起こっているのか。
燃えるというからには火事でも起こっているのだろうが……エィネの焦りようはただ事ではないようだった。
まさか魔法の会得も半ばでいきなりこんなことになるとは……。
(……俺のせいじゃないだろうな)
運勢値7は伊達じゃない。
何せ上限255のうちの7だからな。
まさに凶運の持ち主と言って過言ではないだろう……本当、ふざけんなと声を大にして言いたい。
「流石に天災までは関係ないと思いたいんだけど……」
「エルちゃん、早く早くー」
「あーはいはい! わかってる―――って?」
あのーお母さま。
その――……大量に抱えたその魔導書は何でございましょうか?
母さんは両脇に抱えられるだけ抱え、プラス頭の上に何冊か乗せ、口でも咥え……計10冊以上の窓書を持って逃げようとしていた。
この人は本気でこのまま行けると思ってるのだろうか?
あと口に咥えるのはさすがにダメだと思う。
「とりあえずその魔導書降ろして?」
「えーっ! えうひゃんいおひうようはほおおっへー」(訳:エルちゃんにも必要だと思ってー)
「一冊にしなさい!!」
「……ひゃーい」
全くどっちが保護者なのか……。
(でもまあ……俺も一冊くらい持って行った方がいいかな……)
エィネの焦りようからして選んでいる時間はないだろう。
俺は母さんが降ろした本の中から一冊を適当に持ち、母さんとともに大書庫を後にした。
* * * * * * * * * *
「アルトガ! どうじゃ!?」
「ちょっと俺一人じゃ間に合わないな……誰かほかに使えるヤツいなかったか?」
わしはアルトガを神樹さまの上――火災部分の見渡せる場所まで連れてきて問いかけた。
火の手は里の外周およそ300メートル先……そこから里を覆い囲むように広がって行っておる。
一刻も早く止めなければ……民は里もろとも灰と化すじゃろう。
全く、大切な客人がきておると言うときに……なんという災難じゃ。
「極意まで会得しておるのはウチじゃわしとおんしだけじゃ! 水魔法なら多少はおるじゃろうが……とても間に合うとは思えん」
火の周りが異常に早い。
アルトガが【炎の属性干渉】を用いて一定範囲の火そのものを消しても、あっという間に周りから引火して再び燃え上がる。
明らかに自然災害ではない、何か人為的なものを感じざる負えなかった。
「ダメだ! これじゃすぐ里まで火が回っちまうぞ!! 長様!間に合わなくてもいないよりましだ!! 連れてきてくれ!」
「わーっとるわい!! しかしこれでは……誰か、誰かおらんかったか……――――――!!!」
誰かこの事態打開しうる者は。
一応思い当たる節が一つだけはある。
しかしその人物には今さっき避難していろと言ってきたばかりなのだ。
(あやつ……小娘は……)
おそらくは、説明したら喜んで引き受けてくれるじゃろう。
『彼女の天才的な才能』ならば、あの火を何とかすることとてできるやもしれぬ。
……が、あとでどうなるかわかったものではない。
天才といえどもまだまだ初心者……無理な使い方をさせればその反動は計り知れん。
客人をそんな乱暴な扱いをしたとキョウスケのヤツが知ったら……。
(いや……悩んどる暇はないのう……!!)
「アルトガ、3分堪えるのじゃ。わしもあとから合流する」
「3分ね……あいよ!!」
本当は客人にこんなことをさせるべきではないのだが……後悔先に立たずじゃ!
それに小娘―――メロディアは既に水の上級魔法をいくつか使えるようになっておる。
アルトガに耐えろと伝えると、わしはやつらが避難したであろう真下――神樹さまの御神木があられる場所へと足を急がせた。
* * * * * * * * * *
「母さん早く!」
「はーいはーい」
先ほどとは打って変わり、俺が母さんに早くするように促す。
そういえばギルドで測ったときはすばやさ15だったっけ? 正直あの値は何の素早さを示しているのかいまいちよくわからないが……まあ、今はそれどころじゃない。
「エルちゃんの髪やっぱり綺麗ねぇー」
「今それ言う!?」
思わず振り向いて突っ込んでしまった。
そんなこと言ってる暇があったら足を動かしなさい足を!!
しかし少し後ろを行く母さんは、俺の長い髪を見つめながら踏まないように慎重に足を動かしていた。
(髪……?)
「―――あっ……」
そう慎重に慎重に……絶対踏まないように。
そういえば前回の時、俺も母さんの後ろを通った時に同じだったことを思い出してしまう。
緊急事態ではあるものの、急かしたことに少しばかり申し訳なさを抱きながら、俺は自身の髪を抱え込むようにして進行を再開した。
もう……切れないのが本当に悩ましい。
「あらあら、別にいいのにぃー」
「う……うるさい! 早くいくよ!」
……なんとなくごめんとは言いたくなかった。
それよりもだ、俺が前を行き、母さんを急かしていた理由。
火事のことももちろんあるのだが、それ以上に気になることがあった。
「……ところでさ、母さん」
「んー? なーにー?」
「ここまで来てさ……里の人、誰か見かけた?」
「そういえば……見かけないわねぇ」
先に避難してこの先に皆いると思いたいところだが……エィネが大書庫に来て声を上げてからまだ精々10分そこそこだ。
この狭苦しい通路を何十人と通り抜けていくのにはいささか時間が短いのではないだろうか。
少なくとも大書庫にも人が何人かいたはずだというのに、それすらも見当たらない。
エィネとアルトガの応援に行ったのだろうか?
だとしても子供や老人は避難の対象だろう。
足腰の弱った人がココを通り抜けるのはそれこそ相当の時間がかかる。
本当、笑えそうなくらい嫌な予感しかしなかった。
俺はとにかく急ごうと足を速める。
そして神樹さまの中……ご神木のある広間へと到着したとき……俺は目を見開かずにはいられなかった。
「こ……これは……!?」
ルーイエの里に住まうエルフの人々は、確かにそこにいた。
数十人、エィネとアルトガ以外のおそらく全員。
その全員が……もれなくうつ伏せになって倒れていた。
そしてそんな里の人々を抜けた先――ご神木の根元に堂々と座り込んでいる、一人の影。
すぐに俺に気が付いたその影は、ため息混じりに立ち上がると、木陰から光の当たるところまで歩き出て、その素顔をあらわにした。
長身で真っ黒なコートに身を包んだツリ目の男。
彼は後ろで結った長い金髪を揺らめかせながら、遠くにいる俺をじっと見ながら口を開いた。
「よかったよかった! まだいたのか! いやーこの連中だけだったらどうしようかと思ったよ」
「は?」
何を言っている……!?
全員、あの男にやられたということか!?
目の前の光景になかなか理解が追いついていかない中、男は「ここへ来い」と手招きをすると、再び木陰の中へと入っていく。
一体何がどうなっているのか。
ひとまずは前に進まなければ始まらない。
俺は出てこようとする冷や汗と身体の震えをどうにか耐えながら男の前まで歩いていくと、彼は俺の身長に合わせるように腰を曲げて、ニッコリとした笑顔に自身の鋭い牙をチラつかせながら言った。
「エルフに伝わるって言う『秘薬』の在り処……君、知ってる?」
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