2:4 「全身全霊の先に」★
神経を集中させる―――具体的にどうしろと言い表そうとすれば、きっとそれは難しいことなのだろう。
『ただ集中する』のとはわけが違うのだから。
ヒゲオヤジの幻が不安定なうめき声をあげている中、俺はその短い時間で思考を巡らせる。
ぐるぐると、半円を描きながら切り刻むようにえぐれている地面を見るに、さっき発動したのは風属性の何かと見て間違いないだろう。
俺の属性は炎と風。
炎はこの霧の中では効果が薄いだろうし何より森の中、火事になったらタダじゃすまない。
ここは全てを切り裂くような、嵐の様な風をイメージしてみよう。
「そんでもって……手のひらの一点―――その一点に魔力を集中させる!」
母さんが言っていた『手に力を込めて、神経を集中させるイメージ』。
正直なところ、アバウトすぎて自分でも良くはわかっていなかった。
だからあの時は発動する前に心が耐えきれなくなったし、さっきも時間がかかりすぎてしまった。
神経を集中させる。それはある意味母さんらしくない表現でもあったから、今の今まで理解が遅れてしまっていたのだ。
実際、一点に神経を注いでいたら他が見えなくなり、とても実戦で扱えるような代物ではない。
どうして母さんがあんな表現をしているのか……事実彼女にとってはそうだからだ。あの人は楽観的に見えて本当の所は色々考えて、気を遣って、皆が明るくいられるようにしている。
だからだ。具体的にどうすればをいいか尋ねると、より正確に表現しようとして小難しい説明になってしまうんだ。
そう、実際はもっと単純なもの。
魔力とは己の内にある『精神的な力の源』
それを引き出す条件は……より強い『思いの力』
「……よし、きた!!…………多分!!!」
魔力が溜まり始めるのを感じたと同時に、ヒゲオヤジの幻は俺に向かって特攻を仕掛けてくる。
その表情は怒り狂い、見開いた目は真っ赤に燃えるような光を放ちながら、またどこからともなく右手に携えた小刀を振り回しながら走ってきた。
「さっきとは立場が逆になったみたいだ……おっかないけど――」
避けれないことはない!
湧き出てくる自信と己を信じ、俺はヒゲオヤジに立ち向かう。
まだまだ慣れない分、これを外したら次がどうなるかは分からない。
制御ができないのだから、この一発でいわゆる『MP切れ』を起こしてしまう可能性だって十分にあるのだ、失敗は許されない。
『オマ……ワ……ぐっががガガガ!!!』
「ひ―――だりいいぃッ!!!!」
ヤツの小刀の届かない場所へ!
失った左腕の方へと素早く、できるだけギリギリのタイミングで身体を動かし、真っ黒に染まっている肩に向かって―――――!!
「これでも―――喰らええええああぁー!!!」
―――放つ!!!!
『グガあッ!!!??』
さっきは真正面と言ったが、あれはウソだ。
ヒゲオヤジの幻が肩から竜巻の様な鋭い風の刃に切り刻まれ、体がガクガクと大きく震える。
俺は後ろに吹き飛びそうになるのと、外れそうになる右肩を必死に抑え、歯を食いしばった。
それで精いっぱい……それよりも大問題だ。
今の今まで気が付かなかった俺が悪いところなのだが、このままだとシャレにならない。
なぜなら……。
(やばい、これ…………止め方わかんねえ!!!!)
え!?
やったはいいけどこれ、本当にどうすりゃいい!?
このままじゃホントにMP0になっちまうぞ!
くっそ、なんで止め方聞いておかなかったんだよ俺のバカ……!!!
な、何とかして方法を―――。
―――ザク!!
「いッ――つ!!!??」
少し考えようとした矢先に感じた痛み。
外れそうになっている右腕に、ヒゲオヤジの幻が小刀を突き刺さしてきた。
ただでは消えないと言わんばかりに。
『ががががががががががっっがががが』
「……動けんのかよ……こちとら精一杯だっつーのに……! でも思ってたよりは痛くない……あーもういい!! このままッ…………!!!!」
吹き出してくる血などお構いなしに、俺は全神経を右手に注ぎ込むように、その『思い』を大きく叫ぼうと、歯を食いしばった。
そうだ、今は先のことを考えても仕方がない。
とにかく、とにかく今はこいつを打ち倒す!!
その力を俺に―――!!
「ふッとべぇぇええええええエエエァアアァァーーーッッ!!!!!!」
* * * * * * * * * *
「―――――ぁ……」
(いってッ……絶対肩外れてるって、これ……)
「……―――!!」
身体が……指一本たりとも動かない。
でも、痛みは感じるし、多分生きてる……どこだ、ここ?
あれからどうなったのか、全くではないが、理解が追いついていかない。
目の前は……天井?
寝てた……いや、気を失ってたのか、俺は。
「……ちゃ……!!」
「ぁ……」
誰かの声が聞こえる。
優しくて、でもなんか悲し気で……聞いていてすごく落ち着く声。
……ああ、そうだ……この声は。
「―――目が覚めたのね、エルちゃん!!!」
「か……ぁ、ん……―――!?」
母さん。
そう言おうとしたのに、全然声が出なかった。
声を出す体力すらもないということか!?
本当にあの魔法、全身全霊の一撃って感じだったわけだ。
……て、もしかして俺、今相当ヤバイ状態?
「心配したのよぉ……! あぁ……良かった…………!!!」
感覚からして、母さんが俺に抱き着いたんだと思う。
五感が鈍っているのか、その感触すらも薄い……マジでヤバい状態っぽい。
「声は出さん方がいいぞ。下手したらポックリ逝くでな」
そんな己の状況に危機を感じているとき、左から聞こえた母さんの声とは反対側……右側から、今度は聞き覚えのない、且つものすごく物騒な言葉が聞こえた。
声色からして相当幼い、そんな印象を受けるが、どこか古臭い話し方をする声。
首が動かせない俺の代わり自らのぞき込むようにして俺の顔を見る声の主は、先がほんの少し緑かかった銀髪、きりっとしたマロ眉に若干吊り上がり気味の目……どう頑張って見ても気の強い小学生にしか見えなかった。
「わしはこのエルフの里『ルーイエ』の長をしておる『エィネ』じゃ。これからよろしくの」
は、はぁ……は?
おさ……? 長と仰いましたかこのちびっ子は!?
いや、確かにエルフは長生きしますし、見かけによらないというのは母さんですでに経験済みですけれども!
その容姿で長て……流石に無理があるんじゃありませんか!?
くそう!
声を大にして言ってやりたいのに、声どころか表情一つ変えられない!!
なんだこのもやもやした気持ちは……ああ、ものすごくもどかしい!
「えいちゃんはねぇ…… ずび エルちゃんがぁ ぐすん 迷いの森から出て すびび きたときにぃー……ここまで運んで、ずーっと すびびびび 看病してくれてたのよぉ……」
母さんも泣きながら説明せんでいい!
ものすっごい聞き取りにくい!!
「何を言うか、小娘の方こそ不眠不休で看ていたろうに。 あとえいちゃんはやめんか! ……おんしは重度の魔力欠乏症じゃ。体内の魔力も精神力もほとんど絞り切ってしまったんじゃからの、今は指一本動かせんはずじゃろう」
「エルちゃんはぁ…… ぐすん 治るのぉ……?」
「安心せい、もう十分に手は打ってある。あとは今日一日、安静にしていれば明日には動けるようになるはずじゃ」
「ほ……ほんとぉ?」
「うむ。わしの腕と『この森に住む精霊たち』を信用せい」
「……あぁ……よかったぁ……」
ふお!? 重っ――母さん!?
何、もしかして寝た!? 寝ちゃったの!?
俺は枕ですか!!??
「はぁ……よほど安心したんじゃな。親バカというかなんというか……まあ三日三晩、本当に不眠不休だったんじゃ。無理もないか」
三日三晩。
その言葉を聞いて、心の中で唖然としてしまう。
あれから……あの幻を見たのがすでに三日前だと……つまりもう、残された時間は一か月を切っていると……!?
仕方がなかったにせよ、凄まじい喪失感に襲わてしまう。
「おんしも、目が覚めたばかりで悪いが言った通りじゃ。明日から一か月、急いで仕上げるからの。今のうちに覚悟しておくといい。言っておくが、病み上がりだからと言って容赦はせんからの」
そう言い残すと、エィネはどこかへと消えていった。
……動けるようになったら即特訓開始か。
(容赦しないか……一体何をするんだろ……精霊とか言ってたのも気になるな、何か関係あるんだろうか)
あの時の魔法の威力は本物だった。多分肩外れたけど。
あの力を使いこなせるようになれば、護身術としては十分……いや、十二分に自分の力の弱さをカバーできる。
今までの己の力不足からきたもやもやを一気に払拭できるかもしれないと思うと、自然に胸が躍った。
そうだ、これから一か月……大変かもしれないけれど頑張ろう。
自分で自分を守れるように。
そして何よりも……助けてもらってばかりだったのを、今度は俺が助けられるように。
俺は明日からの……未来への決意を胸に、再び目を瞑るのだった。
しばらく続いてた若干シリアス目な空気もやっと終わり!
明るくいきますよ! 明るく!!
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