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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter2 〝ルーイエの里と魔法使いへの道〟
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2:2 「思い出したくなかった記憶」

「……なんで……どうして……!?」


 足を止め、必死になって現状に至った原因を頭を使って探そうとする。


 手は握っていた。

 じゃあなぜはぐれた?

 なぜいきなり手が離れた?


 あの時何を思った?

 あの時は怒りを覚えた。

 それが原因?


 母さんとの違いは?

 ステータス?

 記憶の欠落?



 ―――ハーフエルフ(・・・・・・)……?



エルフ(・・・)ならまっすぐ行けば里に着く…………雑種(ハーフ)は対象外……ってことかよ……!?」


 しかしわかったからと言ってどうする!?

 来た道を引き返す?

 ――それで出られるのか?


 真っ直ぐ進んでみるか?

 ――もしかしたらたどり着けるかもしれない。


 たどり着けなかったら?

 ……一生出られないとしたら?


 いや、里に着いたであろう母さんが助けを呼んでくれるかも。

 ……そもそもたどり着いているのか?

 意図的にバラバラにされたのだとしたら?


 必死に考えようとしても、次から次に否定の言葉が道を塞いでくる。

 手の震えは次第に全身に回って行き、どうにか抑えようとと歯を食いしばっても、震える口は歯ぎしりを立て、余計に恐怖を煽るばかり。

 せめて何か行動を、このどうしようもなく震える体をどうにかして鎮めなければ!!


 振り返ることは……怖くてできそうにない。

 だったら前に、とにかく前に!!

 その意思をどうにかして足まで伝わらせ、再び歩みを始めようと震える片足に体重を任せる。

 そして一歩……心もとない歩幅ではあるが、踏み出した足に体重を徐々に移し――――。


 がくっ


「ひゃっ―――!?」


 膝カックンでもされたのかと思った。

 膝から急に力が抜け落ち、気が付けば俺の体はしりもちをついていていた。

 長時間正座をしていたわけでもないのに下半身は妙な痺れを覚えている。


 ……情けなく女の子座りになってしまっている俺の体は、立ち上がろうとしても力が全く入らなくなってしまっていた。


「……どうしよぅ……」


 怖い。

 怖くて怖くてたまらない。

 出られないかもしれないという先入観が俺の頭の中をどんどん侵食し、思考能力を奪い去っていく。



 ―――絶望にとらわれかけていた……そのとき。



「……!!! 人影……!?」


 全長二メートルはありそうな大きな影が見えた。

 しかしそれは確かに人の形をしていて、ゆらゆらと動いている気がする。


 誰かいる! 助けかもしれない!

 震える体が、その微かな希望に縋りつくように動き出した。

 助かる、たどり着ける、母さんに会える!

 恐怖に塗り替えられた頭がそんな希望の言葉にすり替えられ、俺はその一心で人影に走り寄っていく。

 そしてすぐ手の届くところまで近寄って行ったところで、耐えられなくなった右手がその影に向かって勢いよく手を伸ばした。


「―――痛ッ!!!」


 伸ばした腕が何者かにつかまれる感触に見舞われる。

 まあ、そりゃあいきなり手を伸ばされたら誰だって驚くだろう。


「あ、あの! すみません!」


 あまりのつらさに先に手が出てしまった。

 俺は謝ろうとして、自身よりずいぶんと背の高い人影を見上げた。


「―――――え?」


 ―――が、次に俺の口から漏れ出てきたのは、無意識のうちに恐怖に染まった疑問符。

 その人影を前に、俺は声を漏らさずにはいられなかった。


「……あ……あぁ……ああぁ!?」


 自分でもどうしてこんな声が出るのか全く分からない。

 せっかく動いていた体が再び硬直しはじめ、人影が腕を放すと、俺はまたしりもちをついてしまう。


「あ……あ……おま……え…………!?」


 必死に、精一杯、現れ出た影を示す言葉を口に出した。

 そして同時に、頭の中で何かが暴れ出すかのように……『あの時の光景』が次々とフラッシュバックしてくる。


 母さんとともに誘拐され、真っ暗な檻の中に閉じ込められたあの事件。

 怖くて怖くてたまらなかった……忘れたままでいたかった記憶。


 ――現れた人影は、犯人のリーダー……あのヒゲオヤジにそっくりな見た目をしていたのだ。


(そうだ……思い出した……あの時……あの時、あ……あぁ――――!!!)


「あ……あぁ……あがっ…………!!!???」


 ヒゲオヤジにそっくりなその影は、何をするわけでもなく腰を抜かしたままの俺をただただ見下ろしている。


 しかし何もされていないのにもかかわらず、俺の心拍数は急上昇し、首を絞められているわけでもないのに息苦しくなり、両目から涙があふれ出てきてしまう。

 そう、絞められていないのに首に強い圧迫感を感じ、どんどん、どんどんと俺の息が詰まっていく。



 まるで、あの誘拐事件の時に死にかけた苦しみを……追体験するかのように。



(嫌だ……苦しい……怖い、なんで……わかんない、いやだ……誰か……助けて……)


 首の圧迫感がどんどん強くなっていく中、動かなかったヒゲオヤジが恐怖を煽るようにどんどん俺に近づいてくる。

 そして彼がいつの間にか手にしていた小刀を、鈍く光る切っ先がよく見えるように俺の目の前に見せつけると、それを俺の左腕に向かって持っていき―――。




『今からコイツでお前の四肢を切り落とす。お前の罪を、痛みで以ってしっかり自覚できるように……ゆっくりとな』




 耳の中を伝って、脳みそをえぐるように……あの時言われたセリフを、ヒゲオヤジははっきりと俺に言ってきた。


「あぁ……あ―――あ……ああ―――アァ―――――……!!!???」


 そのたった一言で俺はパニックを引き起こし、まともな思考を完全に遮断してしまう。

 今度は誰も助けてくれない、今度は助からない。



 ―――今度は死ぬかもしれない。



 そんなことばかりが頭の中を這いずり回る。

 首の圧迫感からくる苦しみとも合わさり、それだけで気が狂いそうなほどの不協和音を奏でている。


 見たくないはずなのに、嫌なはずなのに、怖いのに、今にも俺の細く白い腕に触れようとしているその鈍色のモノから目が離せない。


 ―――そして。


「ゥァアあああぁぁァアああああアァああアぁァァアああぁあアアアアああああああぁあぁあぁぁああアぁァアァぁあァァあアぁアアああァアああアああああああァアアアァァあぁアああぁぁぁアああアアアあああアぁ!!!!!!!!!!!」



 小刀が赤く塗れる直前、耐えきれなくなった俺の脳と喉が、息苦しさなど構うことなく悲鳴を上げた。



 怖い怖い怖い嫌だ怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い嫌だ怖い―――。




 …………死にたくない―――――――!!!























「…………………………?」


 いつまでたっても何も起こらない。

 見ると小刀は俺の腕に入り込むことなく、皮膚に触れる直前で静止してしまっていた。


「え……え…………?」


 確かに死にたくないとは思ったが……一体何がどうなっているのか、全く意味が分からなかった。

 ヒゲオヤジの顔を見てみても変わった様子はないし、まるで一時停止……フリーズしてしまっているような…………なぜ?

 しかしひとまずその場から離れようと、恐る恐るではあるが、怯えている体を奮い立たせて身体を動かしてみる。

 ゆっくり、ゆっくりと、確実に。

 後ずさるようにしながら、後ろへと身体を動かしていく。


「…………本当、何……意味わかんない……」


 霧に隠れるほど――手の届かない距離まで離れても、相変わらずヒゲオヤジは静止したままだった。


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