1:14「俺は何も悪くない」
『まだ』悪いようにはしない……か。
逆らったらどうなることか。
まあ、質問に答えるくらいはいい……とても答えきれるとは思えないが。
俺は掴まれて可動域の狭くなった頭を縦に振りながら、背中に縛られた手では『アレ』……もとい魔法を使うために力を集中させる。
再出発の前、母さんに追加で魔力の使い方を聞いておいたのだ。
曰く『手に力を込めて、神経を集中させるイメージ』。
上手くいくかは分からないが、とにかく冷静さを欠かないようにしなければ。
神経を一点に集中させるということは……パニックに陥ることだけは絶対にしてはいけないということだろう。
「お前、オミワラの野郎とはどんな関係なんだ?」
俺が準備を始めるのと同時に、ヒゲオヤジが質問を開始する。
……正直ほっとした。
親父の過去とか、エルフに関する何かとか……そんなことじゃなくてよかった。
質問とやらがこれだけとは思えないがまあ、ひとまずは安心だ。
「……親子だよ、普通に」
「嘘だな」
「…………は?」
あまりの驚きに手から力が抜けそうになってしまった。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!????
嘘偽りなんて全く持ってございませんよ!?
一言一句事実!
それを嘘だなんて言われたら俺、一体なんて答えればいいのさ!?
「本当は?」
「痛ッ……」
ヒゲオヤジの手が頭から髪に変わっる。
髪の毛を引っ張られるのってこんなに痛いものなのか……ザビエルみたいになるのだけは勘弁していただきたい。
……なんてこと思ってる場合じゃない。
いや、マジでどうしろって……。
「……もう一度言うぞ、本当はあの野郎のなんなんだ?」
「本当も何も……嘘なんてついてな」
「んなわけねェだろ!!!!!!」
「――っっ!!!」
「あの野郎は女とつるむ様なヤツじゃねえ。オレが一番よく知ってんだ……それをここ最近は!!」
「…………おっさん……?」
普通じゃない。
この言い草……ヒゲオヤジは親父の過去を知ってるのか?
まるで親友を案ずる様な……とても無関係な人間のことを言っているような言葉じゃない。
女とつるむような男じゃない……か。
母さんがいたからな、浮気なんてした日にはどうなるかわかったもんじゃないだろう。実際、母さんのミァさんに対する当たり方は時折とげが見えている。
……でもそれだけじゃない。この言いようは明らかに何か別の要因があるようにしか見えない。
「おっさん……親父とどんな関係……」
「うるせえ!! オレの質問に答えやがれ!!!!」
「っ……」
ヒゲオヤジが俺の髪を引っ張り、顔を寄せて怒鳴り散らす。
本気で十円ハゲでも出来てしまいそうだ。
曲りなりにも女の体なんだ、もっとデリケートに扱っていただけないものか!
俺は手から何度も力が抜けそうになるのを必死に抑えながらも、とにかく一つしかない答えの一点張りで時間を稼ごうと口を開く。
「そんなこと言っても……さっきも言ったけど、嘘はついてねえよ。それに、女とつるまないって……メイドのミァさんは女じゃ」
「は? ミァは男だ、関係ねえこと口走ってんじゃねえぞ」
「は!? え、いやその」
ちょっと待ってくださいよ!!!
そういうヒゲオヤジさんこそ超重要なこと口走りませんでしたか!!!!
ミァさんが男!? は!?
何、それってあれですか!? 男の娘ってやつですか!!??
ただでさえ力の半分以上手に向けてるんだから、これ以上頭を使わせないでいただきたい!!
「質問に答えろっつってんだよ!!!!!」
「ひっ―――!!!」
「……そんなことも知らねぇであの屋敷に潜り込んだってのか? ああくそ胸糞ワリィ!!!」
「痛ッッああ!!!」
抜ける抜ける抜ける抜ける抜ける抜ける抜ける!!!!!
ヒゲオヤジが髪を引っ張る力を強め、怒りの表情を露わにする。
紛れもなく、誰でもない俺に向けられた……明らかな怒り。
その顔を見てとうとう意識が分散し、辛うじて手にためていた力も完全に抜けてしまう。
一体彼は何にそんな怒っているのか……しかしヒゲオヤジは、俺に理解の余地すら一寸たりとも与えてはくれなかった。
「エルフの幻惑魔法ってのはすげぇなぁ? 楽しかったかよ!! あいつの事たぶらかして!! そりゃ楽しいだろうな!!! 何せ天下の『英雄様』を好き放題できるんだからよォ!!!!」
「……は……今、なんて……」
「もーいい!! 口開くんじゃねえ!!!」
「ッッッぁがッ―――!!!」
一瞬、本気で髪の毛が抜けるような音がした。
束ではないが、ブチブチブチという音が頭に響く。
ヒゲオヤジはそんなことはお構いなしに後ろに待機させている二人を呼び、口封じをするように俺の口に布をあてがわせた。
「……よし。パール、表見てこい。モンドゥは部屋の前見張ってろ」
「「はい!!」」
俺を見つけたスキンヘッドのパール、そして金髪のモンドゥは、ヒゲオヤジに返事をすると、パールがさっき出てきた扉とは向かいに位置する扉へ走る。
三人とも似たような体躯をしているというのにヒゲオヤジには頭も上がらないというような、そんな従順さが見てとれた。
二人を見送ったヒゲオヤジは、怒りでさらに人相の悪くなっている顔を俺に向けなおし、懐から小刀の様な物を取り出す。
そしてそれを俺の目の前に、鋭い切っ先を見せつけるようにしながら口を開いた。
(な……何を……!)
「今からコイツでお前の四肢を切り落とす。お前の罪を、痛みで以ってしっかり自覚できるように……ゆっくりとな」
「―――――――ッッッッゥ!!!!!!!??????」
何を言ってるんだこいつは!?
鈍く光る小刀を前に、今まで必死に気を強く持てと耐えてきた頭がパンクし、とうとうパニックに陥る。
言っていることを理解できない、理解したくない。
目の前に待ち受けている地獄に直面して気が狂いそうになってしまう。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い―――!
「ゥ――――――ッッゥウ゛―――!!!!ゥ―――――ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛―――!!!!!!」
「喚くんじゃねえよ、テメエが悪いんだ」
嫌だ……やめろ……怖い……怖い…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!!!!
息が荒くなり、汗が噴き出してくる。
見たくないはずなのに、嫌なはずなのに、怖いのに、今にも俺の細く白い腕に触れようとしているその鈍色のモノから目が離せない。
やがてそれ以外のモノが見えなくなり、耳には激しくなった心音と荒い息遣いだけが鳴り響いてくる。
そして―――。
「ゥァアあああぁぁァアああああアァああアぁァァアああぁあアアアアああああああぁあぁあぁぁああアぁァアァぁあァァあアぁアアああァアああアああああああァアアアァァあぁアああぁぁぁアああアアアあああアぁ!!!!!!!!!!!」
小刀が赤く塗れると同時に、耳をつんざくような絶叫が部屋全体に響き渡った。
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