1:13「母は倒れ 俺は囚われ」
迷路を脱出するときの必勝法……ご存知の方も多いのではないだろうか。
常に片方の壁に手を付けて、ひたすら壁沿いに進んでいくというアレだ。
……まあ、壁が出口と接している前提での話なので、こんな光が一切届かない……ましてや何処なのかすら全く分からないところからでは通用しない可能性がある。
つまりどういうことかと言えば……。
「……あれ、この場所って」
「うーん、おかしいわねぇー」
体感一時間程だろうか……ひたすら壁に沿って歩いてきたはいいものの、見覚えのある場所に出てきてしまった。
バラバラになった鉄格子のそれは、つい一時間前に俺が目覚めた場所……どうやら一周して戻ってきてしまったらしい。
「どうする? 俺がいた檻より向こうは行き止まりだし……もう一度回ってみる?」
「……そーねぇ、確かに聞こえたはずなのよねー」
道中に何か不自然なものはないか、もう一度ちゃんと見ながら回らなければ……壁越しに声が聞こえたということは、何処かしらに犯人がいる部屋(?)に続く抜け道があるはずだ。
となれば、再出発前に聞いておかねばなるまい。先に聞いておけよというのは、痛いから勘弁してもらいたい。
「どの辺で聞こえたのさ? その声って」
「うーん、どこだったかしらねぇー……そんなに遠くはなかったと思うのよねー」
「……まあ、どこもかしこも土色一色……似たような場所じゃ、判別もつきにくいか……この近場から地道に探そう」
「そーねぇ」
「……! あーそうそう、もう一つだけ聞いておきたいことがあるんだけどさ」
「あらあら、なあにー?」
「それ―――――――……」
* * * * * * * * * *
――再探索開始から30分
地面、壁、天井。
この地下牢(仮)全ての場所に注意を向けながら、ひたすらに怪しそうな場所を探っていく。
しかしどこを見れども土、土、土……所々に一対ずつ配置されている檻以外は、どこにもそのような怪しい場所は見受けられなかった。
「……もういっそ、天井に穴開けたくなってくるな」
「! それよーエルちゃんあったまいいー!」
俺のつぶやきを真に受けて、母さんが天井に手を向ける。
凝縮された魔力の風が母さんの手のひらの上で舞い踊り、発散されるのを今か今かと……。
「ちょッハァ!? いや、やめろって!!」
慌てて母さんを抑止させる。
こんな何処かもわからない場所の天井を本気でぶち破ろうとしていた!
破った先に町でもあったら?
人がいたら?
そもそも破れなかったら?
一歩間違えば大騒ぎになるというのに、そんな軽率な行動取っていいはずがない!!
仮に何もなく成功したとして、衝撃でこの場所が崩れ、生き埋めになる可能性だってあるのに!。
大体、俺たちを攫った犯人をこらしめるんじゃなかったの―――。
「―――母さん!?」
抑止させた矢先、俺の華奢な腕に容赦のない重みがのしかかってきた。
母さんはそのまま崩れるようにして体勢を崩し、俺は踏ん張ってそれを支える。
同時に母さんが出しかけていた魔法の方は分散し、青白い光の雨となって消えていった。
俺は一体何事かと思い母さんの顔をのぞき込む。
ついさきほどまでは普通に笑顔を見せていたその整った顔は、汗が吹き出し、息をするのも辛そうに荒くさせている。
「母さん!? しっかり! 何かあったのか!?」
俺の必死の問いかけに応えるかのように、母さんは右手を俺の頬に持っていきながら、辛そうな顔に笑みを浮かばせ、小さく口を震わせながら言った。
「エルちゃん……お母さんは、大丈夫……だから、さ、あ、行き………」
「――――!!!」
ふっと、ローソクの火を息で吹き消すかのように、頬に触れている母さんの手から力が抜ける。
俺が咄嗟にその手を受け止めると同時に、母さんの魔法でついていた灯りも消え、視界が再び真っ暗闇に染まってしまった。
「……クソ、どうする……!!」
いきなりの『詰み』。
どうすることもできなくなってしまった。
『アレ』を使うこともできるかもしれないが、犯人に悟られるリスクはまだ避けたいし、何よりこんな状態の母さんをおいてはいけない。
このまま助けを待っているのも……そもそも助けなど来るのかどうか。
帰らないことを心配した親父とファルが何かアクションを起こしているかもしれない……ということはあり得るが、果たしてそれまで母さんがもつのか……そもそもその母さんの症状が何なのかわからない以上、現状では手の施しようがない。
「クッソ……」
……ひとまず、動きっぱなしだったから少しは体を休めよう。
片手を使って壁を探り、母さんを抱いたまま寄りかかるようにして座る。
「……怖いなぁ」
怖い……ただただ怖い。
先の見えないこの1,2時間、母さんの突然の不調……そしてこの真っ暗闇。
不安を助長させるには十分すぎるこの空間で、俺は恐怖心にとらわれつつあった。
――その時。
「……―ろそ―じゃ――ぇか?」
「――――!!!」
かすかに聞こえた声。
壁越しに、少しだけ……しかし確かに聞こえた。
母さんが言っていたのはこのことだったんだろう。
ということは、この壁の向こう側に俺たちを攫った犯人が……!!
――ガン!
「ひっ!?」
背中全体に、強い衝撃が走った。
カギがかかったドアをそのまま開けようとした時の、あの金属音と振動。
俺は思わず母さんを抱えていた手を放し、向かい側の壁に逃げるようにして寄りかかる。
「ガチャリ」と開錠する音に体が硬直してしまい、心臓のバクバクという音が頭を支配する。
そして次の瞬間、光の筋が土の壁から現れ――。
「……あれ、お前は―――」
「ん? どした……て、おい!」
「何で……」
中から姿を現す三人の男。
急に入ってきた光に目が慣れず、影になっているのも相まってよくは見えないが、ガタイのよさそうな三人のシルエットが、俺の目に飛び込んできた。
「――おい、ぼーっとしてるなよ! 早く捕まえろ!」
「あ、ああ!!」
一人が扉を開けた男にそう言いうと、その男は慌てて俺のもとへ寄ってきて、俺のすぐ折れてしまいそうな細い腕を乱暴につかみ、彼らのもとへと連れていった。
俺の体はこの男三人に萎縮して言うことを聞いてくれず、されるがままに両手首と足首を縄でぐるぐる巻きに縛られ、檻よりは少し広いかどうかというくらいの部屋の片隅に捨て置かれる。
俺はこれからどうなってしまうのだろう。
母さんは扉の陰になっていたのか、辛うじて捕まらずに済んだようだが……。
ああ、怖い。
できることなら今すぐ気を失ってしまいたいくらいだ。
……しかし冷静になれ。
「こんな時こそ、気を強くもて……だ」
何やらひそひそと話し合っている男たちを前に、とにかく恐怖にとらわれ冷静さを欠くことだけは避けようと、意識を集中する。
さっきは真っ暗で、何もわからず、母さんは倒れ……しかし今は違う。
母さんは心配だが、少なくとも犯人と思しき三人組は目の前にいて、灯りもある。
『アレ』が上手くいく自信はないが……希望を捨てるにはまだ早い。
しばらくして話し合いを終えたらしき男たちの内、リーダーたらしき人相の悪いヒゲオヤジが俺の前に来て、しゃがみ込む。
そして俺の頭を掴みながら一言こう言った。
「まだ悪いようにはしねぇ―――質問に答えてもらうぞ」
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