表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter5 〝キミと伴にあるために〟
182/220

5:39「やくそく」

『たす……け、て……――――』

「――!!」


 ただただ落ちていくだけ。

 それだけだったハズの空間で、聞こえないハズの声が聞こえた。

 聞き間違えようがない。

 ずっと聞きたかった、何よりも大切な人の声。

 幻聴でもなんでもいい。

 俺はその声に応えようとして、闇の中で声を上げる。


「グレィ!!!」


 強くエコーのかかった声が、果ての見えない空間をどこまでも響いていく。

 当たり前ではあるが、ただそれだけだ。

 返事が返ってくることは無く、深い深い、限りの無い暗闇が、変わることなく続いていく。

 だが、それでも十分だった。

 彼の声を耳にして、失いかけていた何かを失わずに済んだ気がした。


 まだ諦めてはいけない。

 そう思え――


「……お嬢、なのか?」

「へ?」


 あり得ない。

 そんなはずはないと思っていたのに。

 間違いなく、鮮明に……俺を呼ぶ声が、後ろから聞こえてきた。


 落下の感覚が消え、足の裏に重圧がかかる。

 依然真っ暗な世界の中。声のした方を振り向いてみると、彼は確かにそこにいた。

 この目が姿を捕らえるや否や、目頭が熱くなってくるのを感じる。


「グレィ……グレィ、なの……?」

「……あぁ」


 肯定し、頷いた。

 次の瞬間、俺は足を動かし、思いっ切り彼に飛び込んだ。

 厚い胸板にグリグリと顔を押し付け、溢れ出る涙がタキシードを濡らす。

 これに彼はそっと、両の腕を俺の背中に回して応えてくれた。


「ひぐっ……会いだがった……!! うぐ、会いたかったよおぉ!!! うああああぁぁぁ」

「我もだよ……お嬢」


 べそをかいても、互いに抱きしめあっても、ここなら人目を気にする必要はない。

 俺とグレィは、そのまましばらく……具体的には俺が泣き止むまで、抱かれ、抱きつきの時間を過ごした。

 そうして俺がまともに話せるようになった頃。


「でも、何がどうして……それにお嬢、その姿は」

「ぐすん。あぁ、そっか……えっと」


 グレィは俺がエルナでいることを選んだのを知らない。

 七日目の朝、一人でメメローナの所に行って最後の選択をしたのだということを伝えると、グレィは再び、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。


「すまない……! 本当に、本当にすまない……ありがとう……!!」

「うん」


 何故謝るのかと、一瞬だけ思った。

 恐らくは、答えを出した日……グレィとの会話のせいで、俺が元の姿を捨てたのだと思ったからだろう。

 だからこそ、すまないと言う中にありがとうが混ざりこむ。

 グレィの為にこの姿を選んだんだと……だから、ありがとうと。


 間違ってはいないが、これは俺のためでもあるのだ。

 グレィが謝る必要はないし、むしろそのおかげで俺は満足する答えが出せた。

 むしろこちらが感謝するべきだろう。

 でも一度悲観的に見た事柄にお礼を言われて、彼は素直に受け取ってくれるだろうか。


 そう思った俺は、一つ深呼吸をしてから、次の言葉に臨もうとした。

 エルナとしての生を選んだ時に決めたこと……次グレィにあった時、己の口からしっかりと伝えようと思っていた言葉。

 俺がグレィに感謝していると、一発でわかってもらえる言葉を出すために。

 この絶好のチャンスを逃すまいと、俺は大きく息を吸った。


「ねえ、グレィ」

「……なんだい?」

「俺も、その……グレィのことが……好き!」

「――――!」


 突然の告白に驚いたのか、俺を抱くグレィの手が少し緩まった。

 そのまま離れて行ってしまうのではという不安に駆られ、身体が一瞬硬直してしまう。

 だがそれでも、ここで伝えなければと……必死に全身を強張らせて、勢いのまま続けた。


「ずっと一緒に居たい! 主従の関係じゃなくて、ずっと……いつまでも、俺が死ぬ時まで、グレィの『隣』に居たい。きっとそれなら……グレィが言ってたように、笑顔でいられるから――だから!」

「お嬢!!」

「きゃっ!?」


 離れかけた筋肉質な腕が、再び俺の体を引き寄せた。

 先程よりもずっと強く、まるでこのまま潰されてしまうのではないかと思うくらいに、もう離さないと言わんばかりに。


 あまりにも嬉しくて、俺も彼の胸板に思いっ切り体を押し付けた。

 でもキリキリと秒を置くごとに強くなる圧迫感に、体の方が悲鳴を上げる。


「ちょ、痛い痛い」

「あっ……すまない! つい嬉しくて」

「ううん。俺もすごくうれしい……でね、グレィ。ひとつお願いがあるんだ」

「お願い?」


「きっと……きっと助けに行くから。その時。次にちゃんと、現実世界で会った時にね。その……今度はグレィのほうから、ちゃんと告白してほしいなって」

「――――!!!」


 少し次の言葉までに間が開いた。

 グレィの顔を見ると、口を半開きにして、目を見開いたまま、まるで時間が止まっているようだった。

 しかしすぐにその顔は真剣なものにかわり、背中にあった逞しい両手はするすると移動して、俺のか細い両手を包み込む。


「ああ……! 絶対、絶対に告白する!!」


「約束だよ」

「ああ!!」


 心なしか、グレィの声が震えている気がした。

 俺もさっきから震えっぱなしなので人のことは言えないけれど……。


「信じて待ってる。次こそは絶対に離さない……お嬢の全部を受け入れて、隣に立って見せるから……迷惑をかける」

「! ――うん、まかせて」


 最後に触れあっている手を指きりの型へ持ち替えて、グレィに返事を送る。

 次に瞬きをすると、そこは再び真っ暗闇の、一人ぼっちの空間に逆戻りしていた。

 一瞬体が震えてしまったが、そこに絶望や恐怖と言った感情はわいてこなかった。


 それよりも俺は、指きりをした右手を左手で包み、胸元に押さえつけながら二つ誓った。

 ひとつは、絶対に諦めないということ。

 必ずグレィの元にたどり着いて、また一緒に笑える日が来るまではと。

 そして二つ目は――自分自身を『受け入れる』こと。

 グレィは言ってくれた。

 俺の全てを受け入れて、隣に立っていてくれると。

 それを聞いて分かったのだ。


 賢者の試練二つ目――己の負に打ち勝つ。

 その答えとは、何も乗り越えることだけじゃない。

 例えどれほどおかしなものを抱えていようとも、それは他の誰でもなく、自分自身だ。

 切り捨てるだけじゃ前には進めない。

 人にはだれしも裏がある。そして裏があるからこそ、表が際立ち、人は美しくいられるのだ。

 表だけじゃ成立しない。喜怒哀楽の『怒』も『哀』も、必要だから存在する。どちらが欠けても、人は人でなくなってしまうのだ。


 だから俺は受け入れる。

 怒りも憎しみも、すべてが俺の一部だと言うのなら、全てを受け入れて前に進む。

 その先に大事な人が待っている――そして大事な人は、俺の何が欠けることも望んでいないから。


 これが俺の、第二の試練に対する答えだ!


 確信して、覚悟を決めて、先の見えない暗闇を見据える。

 すると不意に、身体と瞼が重く感じられた。

 閉じられた瞼を再び持ち上げてみると、そこには星々が煌めく、あのギャラクティカルな空間が目に入ってきた。


「――もどって、きた?」

「エルナ! よくやった、無事帰って来たね!」

「シーナさん」


 倒れていたらしい体を持ち上げ、何やら余裕がなさそうなシーナさんを見る。

 よくやったと言ってくれたということは、俺は無事試練を突破することができたようだが……どうもその表情が芳しくない。


「アリュシナ。何を悠長なことを言っておる……事態は最悪の一歩手前じゃぞ」

「わかってる」

「え……何?」


 最悪の一歩手前。

 シーナさんの少し後ろで構えているおじいさんが、まっすぐ前を指さしてそう言った。

 俺はその指の指すものを見ようと、背後を振り向く。

 そこには、うつぶせの状態からゆっくりと立ち上がる母さんの姿があった。

 しかし様子がおかしい。

 心なしか全体が光を帯びているようにも見えるが……。


「エルナ、よく聞きな……最後の試練は予定変更だ」

「え?」


 シーナさんがそう言って、ぽんと俺の肩をたたく。


「負の人格に落ちちまったメロディアを救いだせ。……それが、あんたに課す最後の試練だよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ