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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter5 〝キミと伴にあるために〟
175/220

5:32「賢者の試練」

「いやはや、いつかこんな日が来るじゃろうと思ってはおったが……恋する乙女は辛いのう?」

「……うるしゃい」


 以前なら誰が乙女だと全否定していたところだが、今となってはそれもできない。

 だが自分で選んだ道ではあるものの、面と向かって言われるとまた以前とは別のベクトルで恥ずかしいというかなんというか……とりあえず穴があったら入りたい。


「そう言ってやるなエィネよ。エルナが羞恥のあまり気を失ってしまうぞ?」

「シーナさんも何言ってるんですかぁ……」

「安心して! 恥ずかしがってるエルちゃんもすっごく可愛いわよぉ♡」

「…………あほぅ」


 母さんが可愛いと言いながら抱き着いてきて、頭を撫でまわしてくる。

 こういうところにも心境の変化が表れているのか、可愛いというセリフに嫌な気はしなかった……むしろちょっとうれしいような気がするのがまた……。

 この体で生きていくと決めたとは言っても、自意識はまだ男のままであるところも少なからずあるので、ちょっと複雑なところなのだ。

 グレィを救い連れ戻すまでは、まだ恵月である自分と決別することはできない。


「は、ははははは……オレはこの辺で失礼しておこうかな」

「ム? もう行くのかアルトガよ」

「用は済んだだろう? それに、此処で長居してたら外の連中になんて言われるか……」

「? そうかの。止めはせんが」


(アルトガさんも大変だ……)


 エィネの反応に対してアルトガさんは小さくため息をこぼした後、俺たちに一礼してから里へと戻っていった。

 彼が言いたかったのはまあ、現状がアルトガさん以外全員女性という、いわゆるハーレム状態だったからだろう。

 俺が元男だと言う事も知らないし……母さんの過剰なスキンシップを目にして、その分も余計な気を遣わせていたはずだ。


 しかし何とまあ、アルトガさんが去った理由を察しているのが見ている限り俺だけっぽいのがまた複雑な気にさせられる。


「ところで母さん、そろそろ放してほしいんだけど……暑い」

「も、もう少しだめぇ?」

「此処に来た理由を忘れないでほしいなぁ」

「……うぅぅ」


 俺が冷ややかな目で言うと、母さんはもんんんの凄く名残惜しそうに手を離した。

 だが離れた後も、その手はうねうね……ついでにねっとりと、それはもう気味の悪い動きをして俺のことを欲しているようだった。

 全身に虫唾が走る思いに晒されて、俺は近くにいたシーナさんの陰に隠れる。


 母さんが最後に俺のことを抱き寄せたのももう結構前のような気がするし、久々にこうしてタガが外れてしまったのだろうか……そういえば男に戻った時、それを遠慮しながらもすんごいうずうずしてたもんなあ。


「ううう、やっぱりもう少しだけだめぇ?」

「我慢せんか、まったく親バカめ……」

「そうじゃな。エルナも怖がっておるぞ? こやつの言う通り、そろそろ試練に向かうとしようぞ」

「……はあぁい」


 エィネとシーナさんに助けられ、辛うじて第二ラウンドは避けられた。

 思わず胸をなでおろし、吐息が漏れ出てくる。

 まったく、抱き着いてくるのは構わないが、そろそろ人前で過剰なスキンシップは勘弁してほしいもんだ……って何を考えとんじゃ俺は。

 そんなことより試練だろう!


「向かうって、どこか移動するの?」

「半分正解じゃな。二人とも、ご神木に手を添えるんじゃ」

「? うん」

「はぁい」


 シーナさんに言われるがまま、俺と母さんはご神木の幹に右手をそっと触れさせる。

 続いてシーナさんが同じように幹に触れると、彼女が触れた場所を起点として、辺りが一瞬のうちに光に包まれていった。

 そして――。


「――――!」

「ここ……」


 真っ白な光の世界から視界が回復すると、そこは先までの広場ではなく。しかし確かに見覚えのある、神秘的な空間。

 真っ暗闇の中にちらちらと星のような光が瞬く、大宇宙と比喩して遜色のないその空間は、かつて俺も訪れたことのある場所――ご神木(おじいさん)の中。

 俺も母さんも、幹に触れただけで魔力は流していないが、ここにいるということは……シーナさんが俺たちを連れて来たということだろうか?


「全く待ちくたびれたぞい、アリュシナよ」

「ごーめんごめんってー、アタシだっていい年なんだからちょっとくらいゆっくりしてもいいだろう?」


 噂をすれば何とやら。

 背後から聞こえてきたその声に、俺と母さんはともに後ろを振り向いた。

 が……なんかシーナさんの様子がおかしい?


「おじいさんと……シーナさん?」

「なんだか若々しいわねぇ」


 若々しい。

 確かに言われてみればそうかもしれない。

 姿かたちは変わっていないが、話し方が妙に若々しい……というか色めかしい。

 まさに妖艶な魔女とでも言えそうな雰囲気だ。

 しかしなぜかを聞く間もなく、シーナさんとおじいさんは俺たちのもとへ足を運び、話を進める。


「樹霊の儀を受けたアンタらなら、ここが何処かはわかるね。この場所で賢者の試練を執り行うよ。監督はこのジジイとアタシさ」

「お前もそう年かわらんじゃろうに、いきがりおって」

「うっさい。こっちじゃ若くなるのよ。アンタと違って」

「…………」

「あらあら」


 ……もしかしてこの二人、あんまり仲が良くない?


「まったく、一応わしの聖域じゃぞ……まあいいわい。メロディアにエルナ、待たせたの。わしに合わせて、手を前に出しなさい」

「あ、はい」


 初めてグレィと戦った時と一緒か。

 あの時も、こうしておじいさんと手を合わせ、一部の力を貸してもらったんだったな。なんだかもう何年も前のような気がするくらい懐かしい。

 そんな思いでに浸りながら、お爺さんに手を重ねる。


「っ――!」

「これ……」

「……なるほどの。理解した」


 時間にして五秒にも満たないほど。

 その短い時間の間に、ルーイエを去ってから今までの記憶が脳裏に次々とフラッシュバックされてきた。

 それは母さんも同じだったようで、恐らくはおじいさんがここに至るまでの経緯を俺たちの記憶から読み取ったのだろう。


「大変じゃったのう」

「――でも、いい目になった」

「え?」


 おじいさんの感傷的な言葉の後に、シーナさんが俺の肩を持ってそう言った。


「見つけた答えに、迷いも後悔もないね」

「! はい!」

「よし」


 俺の返事を聞いたシーナさんは、二ッと口元を笑わせておじいさんの隣に戻る。

 おじいさんが手を離すと同時に、シーナさんは錫杖のような杖を召喚し、シャンとその音を響かせながら構えた。

 そして俺たちの前に立つ二人は、いつにもまして賢者然とした貫禄のオーラを漂わせながら、交互に口を開いた。


「賢者とはその名の通り賢き者。中でも類まれなる才を持つ者は後に聖者となり、神にも近き存在になると言われている」

「賢者は単なる魔法使いの延長にあらず。先人の知恵と技、そして心を受け継ぎ、悠久の世を見守る者」

「お前たちは未だ未熟であるが故、開花するキッカケを与えるにすぎない。しかしこの試練を受ければ、いずれはこの道へいざなう楔となろう」

「幾千年の旅路になるじゃろう。得る物よりも……過ぎ去りし者、失うものの方が大きいかもしれん。貴様にその覚悟はあるか」


「「護るために失う覚悟が――」」


「…………っ」

「エルちゃん……?」


 賢者二人の言葉を聞いて、俺は思わず後退りそうになった。

 間抜けかもしれないが、あらためて言われてから気が付いたのだ。

 エルフの寿命は千年。

 それなのになぜ、数千年も前に賢者として名を馳せたシーナさんが、まだこうして生きているのか。

 この世界の賢者とは、永遠にも等しい時間を生き、世界を見守り続ける存在。

 ただ力を得るだけじゃないということに、体がうろたえてしまった。


 思えば親父がここへ俺たちを送り込もうとしている時、なんだか険しい表情をしていたような気がする。

 早急に力をつける必要があったがゆえ、選んでいる猶予もなかった。そんなことはわかっているし、そのことで親父を責める気は無い。

 元よりこの体を選んだ時から、普通の人間とは違う道を歩むことは覚悟の上だ。エルフの血が濃い以上は、今のままでも間違いなくファルや親父の十倍近くを生きることになるだろうし。

 それにグレィと少しでも長く時を共にしていられるのなら、俺はそれで一向にかまわなかった。


 気がかりなのは、母さんを巻き込んだことだ。

 高い潜在能力に、賢者の素質を持ち合わせているからといって、母さんは普通の人なのだ。

 少々子離れできなさすぎるところがあるだけの、どこにでもいる普通の人。

 その母さんを、世界のしがらみに巻き込むのは俺としても許しがたい話だった。

 もう少し早く気が付いていれば、是が非でもついてくるのを止めたのに――


「エルちゃん、お母さんは大丈夫」

「……え?」

「お母さんは、エルちゃんとずっといられるならそれでいいの。確かにきょー君やみんなとはそのうちお別れしないといけないかもしれないけれど……エルちゃんとグレ君。ファル君とお姫様。二人が結ばれて、子供ができて、その先もずーーーっと未来が繋がって。そんな未来をエルちゃんと一緒に観れるのが、お母さんは何よりも楽しみなのよ」

「母さん……」

「それに生きてさえいれば、きっとまた出会える。わたし、そう信じてるから」


 ……どうやら、俺の思い違いだったらしい。

 そうだった。

 母さんは誰よりも人の繊細なところに敏感で、誰よりも人が笑っていられる道を選ぶ人だ。

 俺のこととなるとすぐタガが外れるのが玉に瑕だが。

 実にこの人らしい……その未来を、俺も一緒に観たくなってくるじゃないか。


 決意を固めるように、母さんがそっと隣で伸ばしてきた手を握り、互いに力強い笑みを浮かべながら顔をうなずかせる。

 賢者の二人も俺たちの意思を受け止め、高らかに声を上げた。


「おぬしらに課する試練は三つ! 心してかかるがよい!」

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