5:28「協力関係」
「エルナさん! エルナさん!! エルナさんじゃあないかああぁあ!!」
「わかった、わかったから名前連呼するのやめて?」
「エルナさんッッッッ―――!!」
「切るぞ」
ついイラっと来て、そんな言葉が喉から飛び出してくる。
もちろん本当に切りはしないが、ラメールの奴、なんか前より暑苦しくないか?
一度フラれた女からの通話でこれほどまでに歓喜するとは……もはや病的だ。
これは長話をするべきじゃないな、さっさと終わらせよう。
「はぁ。まあいいや、早速本題にはいりたいんだけどいいかな」
「ムっ! ああ、何でも言いたまえ! だがその前に――君に渡したカードがあったはずだが、何故妹のカードからなのだい?」
「あー、ちょっと今使えない状態で」
「ム、そうなのかい? まあ、君の助けになれるのであればボクは本望さ!! 今日死んでも悔いはない!」
「あ、そう」
そっけない返事。
本当なら心強いはずなのに、どうもそんな気がしないというか……もはや「勝手にすれば」くらいのノリになってきている。
こっちから助け船を求めているはずなのに。
だがまあ、ひとまずそれは置いといて。
グレィが飛んで行ったのは午前七時半頃。
俺が帰ってきたのが八時ちょっと過ぎくらい。
それからなんやかんや準備をして、今は午後も三時を回っている。
屋敷からセレオーネまでの距離は、おおよそネリアまでの半分。
ミネルバまでは荷物の多さ等鑑みてとにかく安全運転に勤めて貰っていたためその分時間がかかったが、ネリアまでならそれでも一日やそこらで着く距離だ。
ドラゴン姿のグレィがトップスピードを出せば、もうとっくに入国していてもおかしくはない。
となれば……。
「えっと、この数時間の間のことなんだけど……ドラゴンがセレオーネに現れたって情報、あったりしない?」
「……なんだって?」
今の今まで気持ち悪いほどニヤけていた面が、急に真顔に戻る――それが通話越しでも伝わってくるほどに、ラメールの声質が変わっていた。
ドラゴンという単語を出したせいかもしれないが、あからさまにただ事ではないという雰囲気。もしかしたら、何か心当たりがあるのかもしれない。
「エルナさん、それをどこで」
どこで……という問いに答える前に、俺は親父の顔をうかがう。
電話のハンズフリー機能のように、通話自体はみんなにも聞こえているので、これにどう答えるべきかを仰いだのだ。
親父は少し悩んだ後、首を小さく横に振った。
「それはまだ言えない」
「成程。何かワケアリって事かい」
「……うん」
俺が肯定の意を示してから、数秒ほどの間が開いた。
そして次に聞こえてきた言葉はまた先とは違う、誰かに聞かれまいとする小声のようだった。
「エルナさん。確かに君から連絡をもらう一時間ほど前に、フォニルガルドラグーンと思われる漆黒のドラゴンが一頭、僕の領地内に侵入したという報告を受けた」
「本当!?」
「ああ。そしてつい先ほど、彼のドラゴンが向かったという領内北西の岩山に向けて、偵察部隊を派遣したところなんだ。恐らく明日には、また新たな情報が入ってくるだろう」
「明日……」
特徴からして、そのドラゴンはグレィで間違いない。
一刻も早く会いに行きたい……だが確かな情報もなしに行くのは無謀というのも分かる。
突然竜化してどこかへ……それも屋敷を破壊してとなると、明らかに普通の状態だとは思えない。もしかしたら暴走しているなんてことも考えられる。
そんなところに一人で突っ込んで行っては俺の命も危ない。グレィだってそんなことはしたくないはずだ。
だが、明日か……偵察部隊ということは、下手に手出しすることはないと思うが、それでも不安が残ることは否めない。
どこの馬の骨とも知れない奴に恋人の居場所や状態を探られるというのは、とても気分がいいとは言えない話だ。
とは言え、今の俺に出来ることは、その馬の骨が持ち帰る情報を待つことだけ……ああ。もどかしいったらあしゃしない。
「安心してくれたまえ。ボクは君の為であるなら協力は惜しまないよ。情報が入り次第、また連絡をつけよう」
「……殺すの?」
「それは追加の情報によるところだね。場合によっては、討伐隊を編成することになるだろう。何かまずいのかい?」
「あ、いや……その」
思わず――いや、耐えられずに問いかけてしまったことに、俺は大きく動揺してしまった。
心臓がドクドクと鼓動を速く打ち始め、俺の左手はその場所を握りこぶしで押さえつける。
もしかしたら、グレィが殺されてしまうかもしれない。
討伐隊という言葉を耳にして、そう思わずにはいられなかった。
実際は死んでも生き返るが、次は三度目。
二度目の時のことを考えると、とても無事で済むとは思えない。
汗が吹き出し、唇が震え……止めなければという一心で、言葉が紡がれようとする。
「そのドラゴンは、私にとって――」
「待て恵月。オレが代わろう」
親父が割り込んできたことで、俺はハッとさせられた。
このまま話を進めていたら、ラメールに……そしてマレンさんにも、グレィの正体がバレてしまっていたかもしれない。
通話が始まってしまえば後はそこまで魔力コントロールを要求されるわけではないので、途中から代わる分には親父でも使うことができるのだろう。
俺はコクリと頷いて、手に持っているカードを親父に明け渡した。
「その声は……誰だい?」
「オレだ、キョウスケだよクラウディア卿」
「ああ。これは失礼したね、キョウスケ殿……ということは、この【念話】は他にも聞いている人が?」
「ああ、だがマレンを除いてはオレの家族だけだ。変に情報が漏れることは無いから心配いらねえよ」
「……そうかい」
やはり他言したくはないのか、はたまたマレンさんを巻き込みたくないのか……ラメールの声が、またワントーン低くなったような気がした。
親父もそれに気が付いたようだが、特に気に留めるようなそぶりは見せない。
それ以上何か言われる前にと、親父は口早に事を進めて行った。
「それでクラウディア卿。そのドラゴンなんだが、オレたちはそいつを生きて捕らえたい。できればじゃなく絶対にだ」
「それはまた何故……と言っても、教えてはもらえなさそうだね」
「すまん」
「いいや、いいさ。エルナさんがそれを望んでいるのなら、ボクに断る理由はない。幸いまだ本国には連絡を入れていないしね、できる限りのことをしよう。詳しい話は、また明日でもいいかい?」
「ああ、それがいいだろう。助かる」
「先も言っただろう? 礼には及ばない。では、報告が入り次第また連絡を入れるよ」
「頼む」
短い親父の言葉を最後に、カードへの魔力供給と通話が途切れた。
何はともあれ、ラメールに協力を仰ぐことは成功……あとは明日入るという情報を待ち、次の行動を起こす。
再度それを確認した後、俺たちはひとまず解散することにした。
母さんとミァさんはマレンさんと今夜の予定を組んだり、親父とファルはやんちゃ坊主の面倒をみたり……俺も寄ってきた子供たちの相手をするなどして、平和な日常風景に戻っていく。
だがしかし、俺はグレィの事が気になってしまい、子どもたちどころではなくなっていた。
ついさっきまであんなに天国のようだった空間が、今は息苦しくてたまらない。
自分でも驚くほどに……何もできない無力さともどかしさが頭の中に渦巻いていて、作り笑いがやっとなほどだった。
結局この日はずっとそのような状態が続き、夜は一睡もすることができなかった。