1:10「お母さんといっしょ ショッピング編」
夫婦でショッピング。
親子でショッピング。
カップルでショッピング。
この時のお約束というモノをご存じだろうか。
そう、男が荷物持ちになるのだ。
母さんと買い物に出かけるというのは今日が初めてではない。むしろしょっちゅう誘われては渋々ついて行っていた……荷物持ちとして。
実際、今日もそうなるのではと思っていたのだが……。
「―――でねー、あそこのお店のお肉がおいしいのよー」
「はぁ……」
町に出てきてもうかれこれ三時間程だろうか……ここまでずっと、こんな具合であの店がどーとかこの店がなんとかという説明を歩きながらされ続けている―――まだ一度たりとも入店はしていない。
「母さん……?」
「んー? なぁーにー?」
「そろそろどこか入らないの……?」
少しでもいい、ちょっと休憩できそうな場所に……。
人のペースに合わせるというのは結構体力を必要とする。
しかもこのマイペースな母親だ、なおさら俺は消耗するわけで……この体になって体力も落ちてるせいか、いつもより疲労度が高い。
とても一週間ぶりの外出を楽しむどころではない。
「そーねぇ。でもエルちゃん、この辺のお店のこと何も知らないでしょー? だから説明しておかないとかなーってぇ」
「な……なるほど? いやそれにしたって長い……」
「あらー? まだこれで半分くらいよー」
「勘弁してください死んでしまいます!!」
「あらあらー」
流石にもう三時間もこれに付き合わされるのは色々とツラい。
この三時間……それから初めて来たときからざっと見たところ、町の住人の割合は人間5、獣人2、異形系っぽいのが2、あとは何か小人っぽいのがちょくちょくいたり、ドワーフだかホビットだか、そんな感じの人がたまに……と言ったところだろうか。
ここまで来て、エルフは一人も見かけることがなかった。
何故かは知らないが、王都でもエルフは見かけなかった。
全くいない……と言うことはないのだろうが、人里に出てくることがないのか、はたまた絶対数が少ないのか……。
いずれにせよ、そんな中エルフが二人で町中を歩いていればすごく目立つのだ。
この三時間だけでも、明らかに俺や母さんに視線を向けてくる連中が少なくとも三人に一人はいる……これも俺の疲労を助長させるには十分だった。
その辺無頓着な母さんが羨ましい。
「そーねぇ。じゃあエルちゃん、あそこなんてどうかしら!」
「えー、もういいよ。どこでも」
「あらー? なんだか元気ないわねぇー、何か悪いモノでも食べたのかしらー」
「……さりげなくミァさんに飛び火させてない?」
「気のせいよぉー 行きましょー!」
母さんは強引に俺の腕を引っ張り、先の店へと入っていく。
そう言えば先ほどの通り、何だか見覚えがあった気がするのは気のせいだろうか。
「……ん?」
「こんにちはぁー」
あれ、この店……やっぱり見覚えがあるぞ。
「いらっしゃいませー!! ……おやおやおやおやおや!!」
ああ、やっぱりそうだ……間違いない。
あの元気なケモ耳、見覚えがあるどころではない。
自分のことに精一杯で全然気が付かなかった。
なんということか……。
「エルナちゃん! 一週間ぶりですねー! 元気してました!? 私ですよ!」
「はぁ……ども……えっと、アリィさん」
「やったー! 覚えてくれてたんですねー!!」
「あらあらエルちゃん、りーちゃんともお知り合いなのー?」
「うん、まぁ」
いい思い出なんてカケラもございませんが。
それよりもその様子だと、母さんの方こそ彼女とお知り合いのようで……。
まあ、毎日勉強漬けだった俺と違って、ほぼ毎日のように町に出ていたようだから何も不思議ではないのだが。
「じゃ、早速採寸するのでこっちへどーぞー!!!」
「は!? いやちょっと待っ―――!!」
相変わらず力強いなあこの人は!!
否応なしに俺の腕を引こうとするアリィに、母さんも若干の戸惑いを示す。
「――痛っ!?」
――と、間もなくして母さんは反対側の腕を掴み、俺の体は左右に引っ張られる綱引き状態に。
いや痛い! 痛い痛い痛い痛い!!!
「いっったいって!!! 一回放し いってぇ!!!!」
「あらごめんなさい」
母さんが先に手を放し、俺の体がアリィの方へ揺らぐ。
体ちぎれるかと思った……俺が声を上げるまでどっちも引こうとしないんだもの。
アリィの方が力は上っぽいが、母さんも相当なものだった。
……なんてこんなことをしている場合ではない。
「アリィさんも、一回放してくださいって!」
「ムムム なんでです?」
「いやなんでですじゃないよ!? いきなり採寸するからって腕引っ張られる方の気持ち!! 理解してください!?」
「そうよりーちゃん、いきなりはよくないわぁー」
母さん、あんたがそれを言うか。
「約束したじゃないですか! 次はオーダーメイドでって!」
「そんなことしましたっけ!?」
「あら、なら仕方ないわねぇー」
「ちょっと!!?」
「いってらっしゃーい♪」
いってらっしゃいじゃないよ!? 納得しないでいただけません!?
いや、こう言われたら母さんなら納得してもおかしくないとは思いますけども!!
〝是非オーダーメイドで〟とは言われたものの、そうするだなんてまだ一言も言ってませんよ!?
……と、異論を申し立てたいところではあるが、そうこうしているうちにも俺の体はずいずいと、アリィによって店の奥に連れ去られていく。
ああ、やっぱり逆らうことはできないらしい。
「はーい。じゃ、そこでじっとしててくださいねー」
「……結局こうなるのか……」
まあ、人目につかない分楽と言えば楽……なのだが、これはこれで疲労感がすごい。
しばらくすると採寸用のメジャーを取り出し、アリィが俺の目の前に立つ。
その手にはなにやら一つのかごが。
「はい、じゃあ採寸するので脱いでください。脱いだ服はこのかごにどうぞ! 下着は大丈夫ですからね」
「え! あ、ああ……そういう」
採寸するんだからそうだよな。
アリィの言う通り、ジャケットとワンピースを彼女のかごに入れる。
前回は乗り気でなかったものの(今回も乗り気ではないが)、オーダーメイドとなればある程度俺の要望を通すことができる。
まあ、あくまでもある程度ではあるが、変に女物を買わされるよりはよっぽどいい……と信じつつ、アリィが採寸を済ませるまで待つ。
折角こんなファンタジーな世界に来たのだ、冒険者風な物とかを作ってもらうのもアリかもしれない。
「と、終わりましたよ。 B85、W58、H86ですね!」
「……いわんでよろしい」
自分のスリーサイズなんて知りたくないです、間に合ってます。
「布どうします!? この『ドドランの毛皮』から精製した生地とか、ドレスなんかに超おすすめなんですけど!!」
「いやあの……冒険者風の……軽装備な感じで」
「あらそーですかー、残念……」
マジで残念な顔している……そんなに俺にドレスを着せたかったのか?
断固拒否する。拒否させていただく!!
「じゃー他に何か細かい要望とかありますかー? ある程度は融通効きますよーある程度はー。」
露骨に雑になるのやめてもらえません!?
さっき少し申し訳なかったとか思った俺の時間を返して!!!
……まあ、ちゃんと聞くことは聞いてくれているのだ。これ以上文句を言うべきではないだろう。
しかしいざ何かあるかと言われると……どうしようか。
「もし何なら、デザインのサンプルがいくつかありますけど」
「あ、じゃあお願いします」
俺が答えると、アリィは棚からデザインのラフらしきものが描かれた紙を何枚か取り出し、机の上に広げて見せる。
計8枚……どれも俺の要望通り、いかにもファンタジー世界の冒険者という風の衣装だ。
冒険者と言っても、一括りにするには種類が豊富だということを、この図面を見て改めて考えさせられた。
オーソドックスなプレートアーマーとはじめとする軽鎧、魔法使いを思わせるローブ、シンプルで動きやすそうなものなどなど、どれもこれもが魅力的だった。
見ているだけでもワクワクしてきて、自然と表情筋が緩む。
そんな俺の嬉しそうな表情を見てか、アリィもさっきまでの元気を取り戻していた。
「どうです? 気に入ったもの、ありましたか!?」
「……うん、決めたよ。このデザインのを元に――――」
* * * * * * * * * *
「ありがとうございましたぁーー!! エルナちゃん、楽しみにしててくださいねー!!」
「うん、待ってるよ!」
「りーちゃんまたねぇー♪」
あれから細かな要望を伝え、お店で買い物を済ませた母さんと合流した。
正直最初はどうなることかと思ったものの結果オーライ。オーダーメイドした服が出来上がるのを、今は少し楽しみにすらしている。
「……で母さん、また随分とお買い上げなされたようで……」
「もう今日はこれ以上持てなさそうねぇー」
「勘弁してください」
両手一杯に抱えた袋の重みを感じながら母さんに切実な思いを伝える。
結局、俺は母さんの荷物持ちにされてしまった。
二人でショッピングなどと意気込んでいた母さんも、今まで荷物持ちにしてきた息子の扱いを急に変えることはできないらしい。
「仕方ないわねぇ、一回おうち帰りましょうかー。で、荷物を置いてまた来るの!」
「え……マジで言ってる?」
「もちろんよー、まだまだエルちゃんと行きたいところいっぱいあるんだからー♪」
「流石にそれは日が暮れるのではないかとー……」
「じゃあ、また明日ね!」
「明日は勉強させて!!!」
この後も散々母さんに振り回されながら、俺たちは外れにある屋敷へと帰っていく。
休めたかどうかはさておいて、楽しかったかと聞かれればそれなりに楽しかった気はする……同時にストレスになるようなこともあったが、まあトータルで見ると気持ち的にはプラスなんじゃないだろうか。
少なくとも、いい気分転換にはなったんじゃないかと思う。
さて、明日からはまたお勉強……さっさとエルフ文字も使えるようにしなければ。
実際の所、エルフの里というところにも行ってみたい。
ハーフエルフである俺がどう思われるかは分からないが、見た目はほとんどエルフとそん色ないみたいだし、何とかなるんじゃないでしょうか……匂いとかで判別つけられなければ。
何にせよ、エルフ文字を学ぶことに対しては結構モチベーションが高い。
心機一転、頑張るとしようじゃないか。
深呼吸にそんな意気込みを込めて、屋敷のドアノブに手をかける。
―――と同時に、俺は意識を失った。
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