閑話 「ファル・ナーガと許嫁」
ファルとグレィがレーラ姫についてお話する回です。
今後本編で語る機会もあまりないかなあと思いましたので、ここらでひとつ。
「その後はどうだ、上手くやれているのか」
「ええ、まあ……それなりに」
義父さんや皆さんが屋敷に帰ってきた……と言っても、僕もほとんど帰ってきていなかったのですが、その次の日の夜。
皆さんが寝静まった頃、僕と彼――今は執事としてエルナさんに仕えているグレィさんは、屋敷の庭でそんな会話をしていました。
大討伐隊の一件以来、僕はほぼ毎日のようにレイグラスへ通い、レーラに「王宮の外」を案内していました。
彼女が床に臥せてから5年。
これだけの時間があれば、たとえそれが王都の中だけだとしても、まるで別物のように様変わりしてしまう場所もあります。
自室から眺めることしかできなかった、風景だけの存在を直に体験して欲しいと思い、そして彼女自身からの要望もあり、こうして毎日忙しなくしているわけです。
なのですが……。
「グレィさん」
「……なんだ」
「僕は……どうしたらいいのでしょうか」
「何?」
毎日レーラと共に色々な場所を回りました。
レーラの部屋から一番よく見える噴水広場をはじめ、ここ5年の間に新しく出来た喫茶店や、ファッション店。修繕途中のギルドへ顔を出して、炊き出しをしたりなんかもしました。
もちろん、お忍びですのでレーラはフードで顔を隠しての外出でしたが。
毎日楽しそうに笑ってくれる彼女の傍らにいるのは、僕としてもとても楽しいものでした。
その笑顔を見ているうちに、ずっと彼女の隣に居たいと、そう思うようにもなっていたほどに。
でもだからこそ、僕は今、後ろめたさというものも感じているのです。
「今の僕は、レーラを愛しています……しかしグレィさん。レーラは貴方のことが好きなんじゃないかって……」
「あぁ、成程」
成程と口にするグレィさんは、何かを悟るかのようにそっと目を閉じ微笑みながら、満点の空を仰ぎます。
「ファル坊、君は我になんと言ったか、覚えているか」
「え……?」
「君の剣を受けるとき、言っていただろう。『レーラを必ず幸せにする』と」
「!」
あの空間……グレィさんの精神世界で、僕が彼を斬った時。
確かにあの時はそう言いました。
「ですがあれはッ! あれは貴方の代わりにという意味ですよ!? こうして生きているのに、僕は……」
「関係あるまい、我は公には死んだ身だ」
「ですが!」
適任は僕じゃない。
それを隠してでも、グレィさんが……。
理由はそれだけではありません。
僕はあの後、グレィさんが処刑されるかもしれないという時に、レーラの前で彼の処刑に賛成した一人でもあります。
当時は今後のためにもと思っての言葉でしたが、今にしてみれば、それが心の奥底で不安となって仕方がないのです。
今はこうして普通に……平然を装って話ができていますが、本当はグレィさんやレーラが僕を恨んでいるのではないかと思うと、体が震えそうになります。
「ファル坊、我とて姫様には多大な迷惑をかけた身だ。10年の月日は人間にとっては大きすぎる時間、それを無為に奪った我がふさわしいと?」
「そ、それは……」
「それにな、姫様は君のことを好いていると思う」
「……え?」
突然の言葉に、僕は思わず目を見開いてしまいました。
「我は四半期に一度、顔を見せる程度だったがな……そのたびに、嬉しそうに話してくださったんだ。ファルが何を持ってきてくれたとか、どんな話をしてくれたとか、ひっきりなしにな」
「レーラが……」
「あの幸せそうな笑顔をもたらしてくれる。そんな者になら、姫様を託してもいいと……君に斬られたその時から、ずっと思っていた。だから、もっと自信を持つと良い」
「…………」
「元より我との竜姻の儀は、我の早とちりから始まったものだ。当時の姫様は齢6の子供。我よりずっと相応しい者がいるというのに、引きずっていても仕方あるまい」
僕になら任せられる……と、そういうことでしょうか。
しかしグレィさんの言ったこと……6歳の子供と交わした儀式というのでしたら、僕だって似たようなものです。
確か僕がレーラと結婚すると言い出したのも、5歳か6歳の頃でしたから。
ですからやはり、グレィさんが仕方がないなどと言っても、その気持ちをないがしろにするわけにはいきません。
「グレィさんの気持ちは、どうなんですか……?」
「我か? 我が姫様に抱いていた感情は、恋愛のそれとはまた違うものだ。最も、これも最近気が付いたものだったのだが」
「そ、それは一体……伺っても、いいのでしょうか」
「……かまわないさ」
グレィさんの感情が愛ではない。
そうはっきりと言ったことに、僕は少なからず戸惑いを覚えてしまいましたが、それならそれで、なぜ竜姻などというものを用いたのかは聞いておきたい。
そんな僕の言葉に構わないと言うグレィさんは、少々恥ずかし気な顔をしつつも、再び空を仰ぎながら言葉を紡ぎました。
「我は今も姫様を尊敬している。彼女のためならば死することも厭わないと、今でもそう思う。しかし敬意と愛は別物だ。我はどちらかというと感情で動くタイプなのでな、もし姫様を愛していたのならば、お嬢から呪いを受けた時点で、この感情は消え失せていたはずだ」
「…………」
エルナさんが施したという呪い――たしか、【王の声】なるものであったとか。
僕は禁術にはあまり詳しくありませんので、エルナさんから直接お話を聞くまでは名前すら耳にしたことが無かったのですが。
考えてみれば、確かにその特性上、今のグレィさんが変わらずレーラを思っているのはおかしな話です。
「我が今こうして生きていられるのも、姫様が笑っていられるのも、お嬢が我を呪ってくれたおかげだ」
「……すごい人ですね、エルナさんは」
「ああ……姫様と同様に敬愛している、そして――」
そしてと、そこまで口にしたところで、グレィさんは僕の方へ顔を戻しました。
暗がりでよく見えませんでしたが、心なしか頬が赤かったような気が……もしかして、そういうことだったりするのでしょうか。
「話しがそれたな……元より、愛に理由など必要のないものだ。ファル坊がそのように心配する必要は欠片もないだろう」
「……そう、ですね」
「だから、もっと胸を張って、これからも姫様の笑顔を守っていてくれ」
「!」
笑顔を守る、ですか。
そういうことならと、一瞬ですが心の奥底がパーッと晴れたような、そんな気がさせられました。
決して簡単な道のりではないでしょう。
しかし、その役目を僕に任せてくれると言うのであれば……あの明るい笑顔を守る騎士として、隣に居ていいのだとするならば。
「……はい、必ず」
「二言はないな」
「はい!」
ハッキリと、寝ている皆さんにすら聞こえてしまうのではというような大きな声で、自分の意思を口に出します。
全く、自分で手を下したドラゴンに悩みを解決してもらうだなんて、人生何があるかわからないものですね。
返事の後にそんなことを思い、思わずクスリとしてしまいました。
そうですね、お礼に……。
「今日はありがとうございました。グレィさんも、頑張ってくださいね――エルナさんと」
「なっ――!?」
「応援してますよ! それでは!」
グレィさんが僕にしてきたように、笑顔でその言葉を送った後、僕は一足先に自室へと戻っていきました。
時間は見ていませんが、もういい時間のようでしたし、明日もレイグラスへ赴く予定です。
「必ず、成し遂げて見せます……みていてください」
心機一転、レーラの笑顔を守るために……そしてその傍らで、また僕も笑っていられるように。
こうして意気込みを新たに、僕は床に就いたのでした。
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余談ですが、意気込んだあまりに目がさえてしまって一睡もできず、翌日はレーラに終始「大丈夫?」と言われ心配させてしまう羽目になったのでした……。
お読みいただきありがとうございます。
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