4:20「頂の酷白」
「…………」
「…………」
休憩を終え、もうすぐ日が沈み始めるであろう時間。
馬に揺られながら山道を行く俺たちの間に言葉はない。
ラメールも何か感付いているのか、あまり話しかけてくることもなかった。
あの時、俺はミァさんからラメールが企てていた計画とやらを全て聞いた。
屋敷で俺を見送った時。何やら屋敷の陰から不穏な気配を感じたミァさんは、母さんや親父たちに先行してずっと俺たちの後をつけてきていたらしい。
初日の怪しげな気配は、ラメールが雇った冒険者の一人がこちらの状況を確認しようとした際、オウグさんにバレたのだと。その日の夜、気配の話を聞いたラメールが、離席した際にその冒険者と接触して注意を施したのも、ミァさんは影でしっかり見ていたようだ。
しかしそこで対処をしてしまっては怪しまれる可能性があるということで監視を続け、ネリアに到着し母さんたちと合流してから行動を起こしたのだとか。
そして昨日のうちに観光、散策ルートをある程度絞っておき、あとは今朝早く動き始め、和菓子店が並ぶ通りで一人捕まえた後は芋ずる式に……結果として、すべてことが起きる前に終わることとなった。
今思えば、和菓子を貪っていた時の何か気にしていた様子も、チンピラ騒ぎを見て焦っていたのも、全部計画が狂って心に余裕がなくなっていたのが原因なのだろう。
チンピラ2人が母さんに突っかかったのは俺と間違えたから。母さんと親父が用があると言っていたのは他の仲間を炙り出すため。
そう考えてみれば、全てに納得がいってしまった。
粗方話を聞き終わった後、俺は何事もなかったかのようにラメールの元へ戻った。
わざとらしく笑みを見せてやるとラメールも同じように微笑み返してきたが、その時はかなり頭に来たというのが正直な所だ。
それでも手を出さずに留まったのは、傍迷惑な呪いがかかるかもしれないのもあるが、ここまで来た以上は最後までやり遂げたいという意志の方が強かったから。
この先にはもうラメールが雇った冒険者はいない。
山頂に登り、見せたかった景色とやらを堪能したうえで、ちゃんと聞いておかねばならないことがある。
ラメールは恋に従順な男だ、これだけは間違いない。
そんな彼が何故このような行為に出たのか、しっかりこの耳で聞いておく必要あがるのだ。
そして――。
「さあ、ついたよ」
「……おぉ」
西日が傾き、地平線へ沈もうとする直前。
山頂にたどり着いた俺たちは、共にその風景を見ようと馬から降りた。
昼と夜。丁度その境目、赤と黒のグラデーションが織りなす……神秘的で、ほんの一瞬の時間。
まるで最後の力を振り絞るかのように、強烈な光が地平線を照らし真っ赤に染まる世界は、圧巻としか言いようがないほどに感銘を受け、俺の目に焼き付いていた。
人工の光がほとんどない……大自然が造り上げるその世界を前にした俺は、事情などお構いなしに目尻が熱くなるのを感じさせられた。
「どうだい、素晴らしいだろう? これだけは、絶対に見せておきたかったんだ」
「うん。すごくいいよ……来てよかった」
「そうかい!? ああ、そうか……! よかった…………よか、た……」
「……ラメール?」
「本当に……ボクは……なんて、ことを…………!!」
「ラメール!?」
ラメールは俺の返事を聞き安心したというような反応をしたのだが、どうしてかそのまま急に泣き崩れ、ガクりと膝を落としてしまった。
「すまない……本当に、すまないことを……ボクは…………あぁ!!!」
「ちょっと、一回落ち着いてって!」
両手を地に着き、体を震わせ、大きな声をあげ、顔面をびしょびしょに濡らして……これでもかと泣きじゃくるラメールの背中を、俺は咄嗟に擦り始めた。
全く、なんでまた急に。
発していた言葉からして、不正したことによる後悔とか、そんなところからきているのだと思うが……だったら最初からそんなことするなよと言いたい。
まあ、こんな調子になるのだから悪気があったわけじゃないのだろう。少し落ち着かせれば、そのまま自白するかもしれない。しなかったら遠慮なく突っ込ませてもらうが、それまでは知らないフリをしておこう。
俺はラメールの背中を擦ったまま、肩をかして立ち上がらせると、近場に設置されている東屋まで連れて行った。
東屋とは反対側に100メートルないくらいだろうか。そこにはラメールが言っていた小さなお店らしき建物もあったのだが、俺の体力ももうかなり削れていたので、近場にあったこちらを選んだ。
何で俺がこんなことを……なんて思いながらも、そのまま背中をさすり続けること数分。
日が沈み、太陽に変わって星たちが輝きを増し始めたところで、ラメールは涙をぬぐい息を整えはじめた。
同時に俺も手を止めて、彼の口が動くのを待つ。
「グズ……見っともないところを見せてしまったね……本当に、すまない」
「それはもういいから、一体どうしたのさ」
「ああ……そうだね。でも、その前にいいかな」
「ん? うん?」
どうやら話す気はあるようだが、その前にと言ってラメールが向いた方向に、俺は疑問を抱いた。
その方向――山際の方には、生い茂る木や草むらしかないはずなのだが――
「キョウスケ殿、そこに居るのだろう? 貴方たちにも聞いてもらいたい」
「――!」
思いもよらぬ言葉を耳にして、ラメールの視線の先よりも彼自身に目が行ってしまう。
チンピラ……というのはもう正しくないが、服屋前での一件で親父と母さんが来ていること自体はバレていたものの、ここまで付けてきていることまで知られているとは思わなかったからだ。
ラメールの言葉から少しして、恐らくここに来ている全員――母さん、親父、のの、ミァさん、グレイが俺たちの前に姿を現す。
闇に紛れて表情まで読み取ることは難しいが、俺のことを思う両親たちの空気感は険しいものが漂っていた。
「いつから気づいてた?」
「それはボクの方も……いや、言い訳はよそう。昼間に二人を見かけなければ、貴方方の存在には気が付かなかったさ。流石だね」
「そうか……続けてくれ」
「……うん」
それからラメールは、グレィとの決闘を終え孤児院から出た後から8人の冒険者を雇うに至るまでの経緯と、その目的を説明した。
大まかな内容はミァさんから聞いたものと何ら変わりはなかったが、震えながら言葉を紡ぐ彼を見ていると、どこか胸が締め付けられるような気持ちにさせられた。
やっていることは間違っている。
だから俺の気がいい方向に傾くことはまずありえない。
しかし彼の言葉の中には、確かに本気の思いが感じられてならなかった。
本気で、本当に、嘘偽りなく、他の何もかもが見えなくなるくらい……俺のことを愛しているのだということが分かってしまって仕方がなかった。
それが苦しくて苦しくてたまらなかった。
「……ラメール」
「ふざけないでっ!!!」
「「!!」」
俺が声をかけようとした直後。
痺れを切らした母さんが大きく声を上げ、未だ俺の隣で腰掛けているラメールの目の前まで歩み寄る。
歯を食いしばりながらラメールの顔を見る母さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
そして
――パァン!!
雲一つない星空の下に、人肌の弾く音が響き渡った。
「お、おいロディ!」
「奥様!!」
「母さん!?」
「…………」
「あなたの……あなたのせいで、エルちゃんがそれだけ……っ!」
「……わかっているよ」
頬を赤くし、はたかれたままに返事をするラメール。
真剣な2人を前に割って入ることも出来ず、俺はただ見ていることしかできなかった。
「ボクは最低の罪を犯そうとした人間だ。これ以上弁解の余地もない。ただ、最後にひとつだけ……答えを、聞かせてはもらえないだろうか」
「答えって、今更何を――!」
「ロディ」
母さんが問答無用とばかりにラメールの胸倉を掴みにかかろうとすると、寸でのところで親父が彼女のことを引き留めた。
肩を掴まれた母さんは親父の方を振り向き「でも」と続けるが、親父がこれに首を横に振って答えると、少し考えるようなそぶりを見せてから手を引っ込めた。
「……好きにしなさい」
「ありがとう」
ラメールが親父と母さんに礼を述べる。
すると彼ははおもむろに立ちあがり、少し間をあけるようにして俺の前に移動してくる。
その行動を目にした時、俺はこれからラメールがとるであろう行動を察した。
このデートの趣旨……本題は、元々ここにあったのだから。
俺がそのことを察すると同時に、ラメールもごくりと唾を飲み込み、一瞬だけ握りしめた拳を開く。
そして次の瞬間。
ラメールは俺に深々と頭を下げ、手を差し伸べながら口を開いた。
「エルナさん――ボクと、付き合ってください」
俺の口から答えを聞く。
それが彼にとってのゴールであり、次のスタートに立てるかどうかの分岐点だ。
まあ、流石にこの状況下でOKがもらえるとは彼自身思っていないだろう。
つまりこれはラメールにとってのけじめであり、罰だ。
それにもとより、真正面から切り捨てるというのは俺のゴールでもある。
ここは誠心誠意、しっかりと……俺の口から、言ってやらなければならないものだ。
ラメールの手と、顔が見えないほどに深く下げられた頭を一瞥した俺は、少し鼓動の速くなっている胸を押さえ、深く息を吸い込む。
そうして満天の星の元。
姿勢を正した俺は、同じく頭を下げながら、彼に優しく……しかしハッキリとした声で、その答えを送った。
「ごめんなさい」
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