4:17「不可解な遭遇」
「何やってんのあの人……!」
「エルナさん! 何か見えたかい!?」
「えっ!? いや、えーっと」
ラメールは俺に手を引かれているせいで姿勢が前のめりになっており、幸いにも母さんたちの姿は見えていないようだった。
しかしどうする?
この状況では遅かれ早かれ母さんがこの町に来ているのはバレてしまう。
かと言って素直に伝えるのも……いっそ引き返すか?
でもそれはそれでかえって不審を煽るかもしれないし……
「もぉ、仕方ないわねぇ……あら?」
「おいおいネーちゃん、目ェ逸らすんじゃないよォ」
「ヨォ!」
「げっ」
嗚呼、なんと言うことでしょう。
母さんと目が合ってしまったではないですか。
くそ、なんでよりにもよって今なんだ!
額に冷や汗が滲む。
本気でどうしたらいい……母さんが今どんな状況に置かれているのかは知らないが、どう首を突っ込んでもラメールにはバレてしまうし、かといって何もしなくても母さんがどう突っかかってくるかわかったもんじゃない。
「ああ、良かった……」
「?」
母さんが短くそう呟き、俺の方から視線を外す。
そしてどういう訳か、店の中の方をちらりと見てコクりと頷いて見せた。
「おいおいおいおいネーちゃん? 流石にオレらそこまで寛大じゃネェヨ? さっさと白馬の王子様を――」
「えぇ、だから呼んであげるわ。わたしの白馬の王子様」
「お? お、おぉ」
「な、何言ってんだ?」
もう何がしたいのかさっぱりわからない。
母さんが良かったなどと言ったのもそうだが、チンピラの方も何だ?
白馬の王子様を呼べって、自分から首を絞めるようなこと言って何がしたいんだ?
そもそも母さんにそんな人――
「オウ、ウチの連れに何か用か? ア?」
「……へっ!?」
「こ、こいつまさか!? なんで!?」
「あぁ……もうメチャクチャ……」
母さんの白馬の王子様、いた。
店の中から親父が出てきやがった……王子様と言うにはいささか年が行き過ぎているが。
しかしどういう訳か、親父が出てきた途端、今度はチンピラの方が驚愕と困惑の入り混じった態度をして見せた。
自分で呼べって言ったんだろう?
なんでそうなる?
「あら? あなたたちが呼べって言ったのよぉ?」
「違ッ!! オレらは……アレェ!?」
「アレレェ!?」
「…………?」
チンピラは完全に想定外とでも言いたそうな様子。
白馬の王子様の方に用があって、その当てが外れたとか?
……でもなんで母さんに突っかかったんだ?
男をおびき出すために一緒に居た女を脅す、なんて言うのはまあ分からなくもない話だ。にしても今のは露骨すぎるところはあるが……しかし母さんがその標的になったのは何故なのか。
母さんを知っている人物なんてこの町にはいないはずだし、何か共通点でもなければ間違うなんてことはあり得ないだろう。
でもこの町の住人と母さんとが共通するものってなんだ?
しかし現状じゃそこまで深く考えている暇も余裕もない。
まずは目の前にある危機を何とかしなければ。
「何だ? オレはお呼びじゃねェとでも言いたそうな顔だな」
「イヤ、エーーットォ……キョ、キョウスケ・オミワラサンデアッテオリマスデショウカ……」
「カ、カカカカカ……」
「ああ、そうだが」
「わたしの白馬の王子様よ♪」
「ロディ~、流石にここじゃ人目が多いぞぉ」
そうこうしているうちにもチンピラ二人と母さんたちの会話は進んでいく。
チンピラの戸惑いようからして解決も近い気はするし、もう少し待っていれば案外何とかなったり――
「え、エルナさん! 流石にこの姿勢はキツイ……ボクも前に出るよ?」
「あ!? ラメール待っ――」
待って! もうちょっと耐えてて!
そう言いたいところだが、もうラメールは俺の真横まで移動してきていた。
母さんはまだ辛うじて背が高い方のチンピラの陰に隠れているが、親父が隣にいるのは一発でわかってしまう。
恐る恐るラメールの顔を見上げてみると、やはり完全に目を奪われている様子。
これは万事休すか……。
「さ、それはさておきだ。お前らがオレに用は無くても、オレらの方はお前らに用がある」
「大人しく来てちょうだい」
「え? え?」
「えぇぇ!?」
「……え?」
ちょっと待て。
母さんと親父の方がチンピラに用がある?
なんで?
何のために?
母さんが絡まれてたんじゃないの!?
「いいわね?」
「「はっハイィッ!!」」
しかしそれも考える暇は無し。
完全に委縮したチンピラ二人は、親父と母さんによって路地裏の方へ連れていかれてしまった。
「何だったんだ、一体……」
親父はチンピラに用があると言っていた。
そういえば母さんも、最初はチンピラに向かって聞きたいことがあるとか言ってなかったか?
と言うことは、母さんがチンピラに絡まれていたのではなく、母さんの方がチンピラに声をかけたと?
何のためかは知らないが、そいうことになるのだろうか?
それで母さんを見たチンピラが、誰かと勘違いして突っかかった?
でも一体誰と見間違えたって言うんだ?
母さんとの共通点……特徴?
そんなのぱっと見じゃ長い髪とエルフ耳くらいしか……――ん?
「エルナさん、今のは」
「あ! えっ!?」
あと一歩で核心に触れられそうな気がしたその時。
不意に聞こえてきたラメールの声にハッとして、俺は思わず辺りをきょろきょろと見回してしまった。
そこには既に野次馬に集まっていた人々の姿もなく、俺とラメールだけがその場に残っている。
考えるのに精一杯になってしまい、周りが見えなくなってしまっていたようだ。
再びハッとして彼の顔を見るが、やはりそこには不穏な影が落ちているように見える。
もう言い逃れは出来そうにない。要らぬ詮索を入れられる前に、説明してしまった方がいいのかもしれないな。
「えっと……ラメール、あれは――」
「いや、やっぱりなんでもないよ。解決したみたいだし、蒸し返すのはやめておくよ!」
「え? で、でも」
「さあ、中に入ろう! 少し水を差されてしまったが、デートの続きと行こうじゃないか!」
「ら、ラメール!? 痛っ」
今度はラメールが俺の腕を乱暴に掴み返してきた。
やはり親父と母さんのことを見て気分を害してしまったのだろうか。
そう思い再び彼の顔色をうかがってみると、その横顔は怒っていると言うよりも、どこか焦っているように感じられたならなかった。
まるで見られてはいけない物を見られてしまったというような。
今の出来事から、この場所から一刻も早く抜け出さんとするような……流石に考えすぎだろうか?
しかしラメールにそれを切り出すこともできず、俺は連れられるままに服屋の中へと入っていくのだった。
* * * * * * * * * *
和風な外装と反して、店の内装は一見どこにでもありそうなファッション店という印象を受けた。
所謂メンズとレディースの各コーナーがあり、決して広いとは言えない店ではあるものの、無地のシンプルな物から派手な装飾が施されたお高そうな物まで多種多様のラインナップが一目で見て取れる。
変わっていることと言えば、下に尻尾用の穴が開いてたり、普通は取り扱っていないようなサイズが置いてたりと言ったところだろうか。そこはやはり獣人の町というだけのことはある。
しかしてその一角に、俺が所望した、想像通りの物が置かれている場所が確かにあった。
がっしりとしたマネキンに着せられているそれは、風情を感じさせつつも力強く、男の子なら誰しも一度は憧れるであろう姿。
武士と言って違わぬ背格好をした人形に、俺はすっかり目を奪われていた。
先のチンピラのことも気にならないわけじゃないが、これ以上変に暗い雰囲気を作ってラメールに要らぬ心労をかけるのは避けたかった。
スッパリキッパリと断るためにも、このデートには出来るだけ不純物を入れたくはない。
だから俺は、ひとまずさっきのことは水に流して本題の方に注力することにしたのだ。
そうして猛々しい着物を着たマネキンをじっと眺めていると、店の奥から店員さんらしき獣人の女性がやってくる。
「お客様お目が高い! そちらは我々獣人族の祖が着用しておりました民族衣装でございますよ! よろしければご試着なさいますか?」
「え! いいんですか!? じゃあお願いします!」
店員さんの提案に俺もノリノリで返事をする。
着物着て帯刀するのとか、子供の頃からちょっと憧れていただけに心が躍る。
……が、そんな興奮もつかの間。
「くそぉ……そうだった……わかってた……わかってたはずなのにぃ」
試着室の姿見を前に、俺はそこに映る美少女を見て項垂れる。
当たり前だ、今の俺が男物の着物を着れるわけがない。
薄水色を基調とした単衣に身を包む俺の姿は、憧れていたソレとは正反対のものだった。
「お客様、とってもお似合いです! あぁ、食べてしまいたいくらい!」
「ああ、イイ……エルナさん、それは反則を通り越してもはや禁忌の領域だ!! ボクが紳士でなければ今すぐに襲い掛かっていたかもしれない!!」
「うぅ……うれしくないしぃ……それぇ、セクハラだかりゃぁ!!」
理想と現実とのギャップに苛まれる中、俺は半べそを掻いたまま元の装備に着替えるのでした。
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告等ありましたら下にある感想欄からよろしくお願いします!