4:11「旅路 1」
「ごきげんようだエルナさん!! 楽しい旅にしよう!!」
「朝っぱらから暑苦しい……」
あれから早一夜が経過し、現在時刻は朝10時ジャスト。
屋敷の前には俺を迎えに来たラメールと、俺を見送りに出てきた親父、母さん、のの、ミァさん、それからグレィが居合わせる。
そして少し離れたところには、ラメールが雇ったのか護衛らしき3人の冒険者と、2台の馬車が待機している。
俺は食料と着替えが詰め込まれた大きなバッグを両手で持ち上げて、家族へ「行ってきます」を言うために振り向いた。
「エルちゃん、本当に大丈夫? やっぱりわたし……」
「平気だって。ちゃんと帰ってくるから、安心して待ってて」
「でもぉ」
相変わらず心配性な母さんが、1歩前に出て不安そうな表情を見せる。
心配し過ぎと言いたいところではあるが、今回ばかりは不安なのもよくわかるのでそこまでは言わないでおく。
と言うのも、ネリアまでの旅路はこれまでと違って、何日か日を跨ぐ長旅になるからだ。
確か馬車で3日そこそこだっただろうか?
昨日の念話の後親父からそれを聞かされた時は、素で「うっわめんどくさ!」などと声をあげてしまったが、断ることも出来ないので割り切り、ひとまず必要な物だけを急いで見繕った。
……まさかここに来て新幹線が恋しくなるとは思わなんだ。
「じゃ、ラメールはともかくとして、御者さんたち待たせるのもなんだし行くよ」
「本当に、本当に気を付けてね!?」
「わかってるって。心配なのはわかるけど、もうちょっと信用して?」
「……そ、それもそうね。でも本当に、気を付けるのよ」
「うん。 親父、グレィのことよろしく」
「ん……あ、あぁそうだな。任せとけ」
「?」
あまり行動を制限するのもグレィにはストレスになるだろうし、俺としてもいい気分ではないので、今グレィは粗相を起こさない限り自由に動くことができる。
しかし俺のこととなると過剰な反応をする母さんや、最近不穏なミァさんにはグレィの思考的暴走を止められそうにないだろうからと、親父に頼んだのだが……なんだか返事がぎこちないのは気のせいだろうか?
「まあいいや。じゃ、行ってきます」
「おう、気をつけろよ」
「えるにゃんいってらー」
「どうかご無事で」
「何かあったらすぐ電話するのよ!!」
電話ないよ!?
本当に大丈夫だろうか……俺よりも母さんの方が心配だ。
「では行こうか、エルナさん」
「う……うん」
一抹の不安は拭えないものの、何もないことを祈りながら返事をする。
俺はさりげなく手を繋いで来ようとするラメールから距離を置きながら、待機している馬車の中へと乗り込んで行ったのだった。
* * * * * * * * * *
「それじゃ3日間よろしくね、エルナちゃん」
「よろしくっス!」
「おいおいお前ら……馴れ馴れしくてすみませんね、よろしくお願いします。エルナ様」
「様!? い、いやいやいいんですよ!! こちらこそよろしくお願いします。ソラさん、レインさん、オウグさん」
馬車に揺られること早10分。
簡単な自己紹介を済ませた俺たちは、順調にネリアへの道のりを進んでいく。
ラメールはなんだかんだで疲れているのか、俺の隣で寝息を立て始めてしまった。
この旅に同行してくれる冒険者――魔法使いのソラさん、双剣使いのレインさん、そして戦士のオウグさんの3人は、2か月前にレイグラスへやってきたチームらしい。
彼らは何週間か前まで、半壊してしまった冒険者ギルド(と全壊した隣の武具屋)の修繕に協力していたのだとか。
そう……件の大討伐隊にも参加していたというのだ、この3人。
「いやぁ、あのドラゴンを倒した連中の1人がこんな可愛いエルフちゃんだったなんてねー」
「一応ハーフですけどね。それに大したことないですよ、私なんてまだまだで」
「何言ってるのー! 貴女、地水火風を操る天才魔法使いって、もう王都じゃかなりの有名人よ?」
「なんかすんごい尾ひれついてませんかソレ!?」
そもそも俺使えるの炎と風だけなんですけど!?
3人のうち唯一女性のソラさんは、かなり気軽に話しかけてくる。
同じ魔法使いだし、共通の話題もあるので話しかけやすいと言えばかけやすいのか?
普段一緒に居るのが男とばかりなせいで同性に飢えているというのもあるだろうが……そこは少し複雑な気持ちにならざる負えない。
ボロが出ないように気をつけなければ。
「ま、流石に地水火風は言いすぎたと思ってたけどねえ、でもやっぱりすごいわよ貴女」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ。エルナちゃん、あたしの魔力感知してみて?」
「え? あ、ハイ?」
そう言えば個人の魔力を感知するという行為は今まであまりやったことがない。
一応やり方は精霊を感じ取るものと似ているので、ソラさんに少し意識を集中させればいいのだが。
感知、索敵と言う面においては、今までやっていた魔力を広範囲に広げる方法の方が手っ取り早く楽なのだ。
慣れないことなので少し気をつけながら、ソラさんの体内へ意識を向けていく。
すると頭の中に、ある情報が数値化されて浮かんできた。
『ソラ・マリエット――2489』
2489。
これがソラさんの魔力値である。
「どう? これでも冒険者……それも人間の中ではかなり優秀な方だと自負しているのだけれど、すごいと思った?」
「えっと……なんて言うか」
「ふふふ、遠慮はいらないのよ? それだけエルナちゃんがすごいってことなんだから」
「い、いえ! ただ何と言うか、あまりこういう機会がなかったのでよくわからないっていうか……」
「あら、そうだったの? じゃあわかりやすく言うとね、私が10階級のうち上から3段目だとすると、エルナちゃんは1段目の、それもかなり上位になれるレベルなのよ」
「は、はぁ……」
ダメだ、全然わからん。
いや、理解できないわけではないのだが……母さんをはじめ、俺の周りには一般的な能力の持ち主がいなさ過ぎてまるで参考にならない。
英雄と呼ばれている親父はもちろんのこと、その仲間だったミァさんに、天才児であるのの、ドラゴンのグレィ。ファルはどうなのかわからないが、親父の養子だし、王家との縁もあるしで色々仕込まれてそうだ。
まあとにかく、一般的に見ればかなり強いってことでいいのだろうか?
「その辺にしといてやるっスよソラ、オレっちたちの存在意義がなくなるっス!」
「あら、それもそうね? クラウディア興もそれなりの腕利きだと聞いているし……あたしたち来る意味あったのかしら?」
「耳が痛いっスー!!」
「は、はははは」
どこまで本気でどこまで冗談なのか、微妙なラインの話に苦笑いしかできない俺。
褒めちぎってくれてるが、少しばかり訓練と場数を踏んでいてもまだまだ素人であるのは確かなわけで、普通に護衛はありがたいのだがな。
ラメールとの2人旅とか、間違いを起こされたらたまったもんじゃないし。
「笑い話もいいが、警戒を怠るなよ」
「大丈夫よー」
「わかってる―――ス!?」
軽い返事をするレインさんの目の前に、オウグさんの拳が「ブン」と物騒な音を立てながら横切った。
「怠るなよ」
「は……はいっス」
「よ、容赦ないですね……」
「む、これはお見苦しいところをお見せしてしまった。重ね重ねすみません、エルナ様」
「ええっと……いえ……」
やだもうこの人堅苦しいな!?
言わなきゃダメか!
「えっとオウグさん。さ、様はやめていただけませんか? 私はそんなに偉いわけでもないですし、おふたりみたいにもっと気軽でいいんですよ?」
「しかし―――む!?」
俺の言葉に、オウグさんが往生際悪く反論しようとした矢先のことだった。
広い山間の街道を走る俺たちの馬車へ向けられた何者かの気配を、オウグさんはバッチリ見逃さなかった。
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