4:7 「グレィVS.ラメール」
ルールは至ってシンプル。
『剣と剣』との真っ向勝負だ。
不正はもちろんのこと、剣以外での攻撃は一切認められない。
先に戦闘不能に追い込まれた方が負けの一本勝負。
今回は殺し合いではないので、訓練用の木剣を用いることとなった。
ラメールが地を蹴り、グレィに先制攻撃を仕掛けにいく。
上段からのシンプルな振り下ろし。中々に素早い一撃だったが、速さで言ったらグレィの右に出る者はそういない。
ルーイエの里でその速すぎる攻撃を身をもって受けた俺からしてみれば、あんなのは止まっているのと同然だ。
グレィは向かってくるラメールの剣筋から離れるように体をやや斜めに傾かせ、その懐へ木剣を向かわせる……が。
「……?」
俺の目には、そのグレィの動きが一瞬だけ止まって見えた。まるで何か、見えない壁にでも突っかかったかのような……そんな不自然な静止の仕方。
しかしそのせいでギリギリラメールの剣筋の範囲内に入っていたグレィは、咄嗟に地を蹴り彼との距離をあけ何とか回避することに成功した。
「ッ……?」
「執事殿、変わった避け方をするね? いいけどさ!」
何故グレィの木剣が当たらなかったのか、彼自身も分からないという様子。
しかしラメールはそんなことに気を留めるはずもない。
絶え間無く繰り出してくる攻撃をグレィも木剣で受けて立つが、反撃を試みようとすると先程と同じようにラメールまで剣が届かない。
「ラメール兄さんすげー!」
「がんばれー!」
「かっけー!!」
「……流石におかしい」
「ああ。だがいくらなんでもあからさま過ぎるぞ」
俺の呟きに、親父が賛同の意を示す。
子供たちは興奮して気が付いていないようだが、どう見てもあり得ない光景だ。
ここから見ている限りではラメールが不正を働いているようにしか見えないが……親父の言う通りあからさま過ぎる。
一体何のつもりだ?
「貴様、一体何をしている!?」
「む? 何をとは」
「しらばっくれるな!!!」
なおもグレィが防御一辺倒な中、しびれを切らしたグレィはラメールに対して叫びをあげた。
同時にその懐に一撃を入れようとするが、これも直前で腕が動かなくなり、やはりラメールの体へ木剣が届くことはない。
そして――。
「そこ!!」
「!! ――しまッ!?」
激情して声をあげてしまったのがいけなかったのだろう。
集中力が途切れてしまったグレィは、ラメールの懐で止まってしまった腕に気を取られ、次に仕掛けてくる一撃に反応しきれなかった。
下段から振り上げられたラメールの剣によって、グレィの木剣がその手から飛び放たれる。
「このッ!!」
「む!?」
木剣を飛ばされてしまったグレィはその手で拳を作り、ラメールの顔面を殴りにかかった。
剣同士の決闘において、剣を飛ばされる、もしくは破壊されるということは、それすなわち負けを意味する。
そこに往生際悪く手を出すなどあってはならない行為だが、相手が不正を働いているならそんなことは関係ない。
しかしそれでもやはり、グレィの拳がラメールに届くことはなく、彼の顔に触れる寸前で動かなくなった。
ラメールはグレィの歪んだ顔と拳に一瞥……まるで何をしているのかわからないというようなキョトンとした表情を向けた後に、がら空きになった懐へ一閃、木剣をたたき込んだ。
そしてラメールの一撃をモロに喰らったグレィは、少し後ろへ飛ばされるように後退して……ついに膝をついてしまった。
「…………っ」
「どうやら、ボクの勝ちのようだね」
グレィの喉元に木剣をつきつけ、すまし顔で勝利を宣言するラメール。
子供たちからはラメールの圧勝に対する歓声があがるが、俺はもう気が気でいられなかった。
こんな勝負認められるか!
何が決闘だ!
何が恋路に壁はつきものだ!
何が面白いだ!
何が受けて立とうだ!!
「え!? エルちゃん!?」
「お、おい恵月!?」
俺は両手に持つボンボンをかなぐり捨て、ラメールめがけて駆け出した。
さっきまで暴走する親父や母さん、そしてグレィに対してあれこれ言っておいて何だが、流石に俺も我慢の限界だ。
「ラメール!!!」
「……お嬢」
「お? エルナさん! 見てましたか今の――お゛ぉ゛!?」
ラメールの胸倉を両手で掴み、ぐっと引き寄せる。
本当だったら片手で掴んで持ち上げてやりたいところなのだが、今の俺はラメールより背が頭一個分は低いし、力も全然足りない。
「え、えっとエルナさん……これは何のご褒美かな? もしかしてキス――」
「ふざけるなよ!! 明らかにおかしいだろ!!!」
「へっ!? おかしいって、何が――」
「しらばっくれるなよ!!」
ラメールの言動に更に腹が立ってくる。
今にでも俺の最大魔法である【破弓・業火槍】をゼロ距離で叩き込んでやりたい衝動に駆られるが、それだけは必死に抑えて彼の出方を見る。
しらばっくれるなと言う俺の言葉の後、ラメールは少し表情を曇らせ、何か考えているような様を見せた。
「……さっき執事殿も言ってたね、それ」
「は?」
「とりあえずエルナさん、手を放してくれないかい。話はそれからさ」
「お前! 今の状況わかって――」
「お嬢」
今の状況が分かってるのか……そう言おうとした俺の肩に、グレィの手が優しく置かれた。
「っ……わかった」
まさかグレィに諭されるようなことになるとは思ってもみなかったが、俺も少し頭に血が上っていた。
俺はラメールの胸倉から手を放し、孤児院の玄関を見やる。
するとそこにはいつからいたのかは分からないが、ミァさんと彼を調理場に連れて行った3人の女の子の姿があった。
昼食準備ができたので呼びに来たのだろうか?
……だったら丁度いい。
「ミァさん!」
「!!! お呼びしょうかお嬢様!!」
俺に呼ばれた途端これでもかと言うがっつき具合でこちらに走り寄って来るが……そんなことよりもだ。
俺は次にきょとんとしているシスターマレンを呼びよせると、子供たちを連れて先に昼食をとっていてくれないかとお願いした。
本当だったら子供たちに囲まれて最高のランチタイムにしたいところであったが、ここから先の話はまだ純真無垢な天使たちには見せたくない。
ラメールの妹であるシスターマレンにもちゃんと見ていて欲しいところではあるのだが、子供たちを見ていてもらう上で彼女の存在は外せないので止む追えない。
ミァさんにも付いてもらい、シスターマレンに「兄さんと執事さんたちは大事なお話があるから」とどうにかののを含め21人の子供たちを諭し連れて行ってもらうと、俺、親父、母さん、グレィにラメールの5人は孤児院の裏門の方へと身を引き、あくまでもシラを切るつもりらしいラメールに容疑の説明をしてやった。
「なるほどね。負け惜しみと言いたいところだが、確かにそれが本当なら不自然だ。えっとグレィ殿だっけ?ボクに――」
――グンッッ!!!!
「……っっっ」
「ッ……ダメだ、やはり届かない」
グレィがラメールの言葉を待たずして殴りかかった。
結果は例の如く届かなかったが。
負け惜しみと言うのが気に喰わなかった……と言うようなヤツではないと思うのだが……実は結構根に持ってたりするのだろうか。
「て、手間が省けたけれど心臓に悪いなぁ……!」
「まだシラを切るつもりか、クラウディア興」
「きょ、キョウスケ殿まで!?」
驚愕の目で親父を見るラメール。
どこまでも白々しいヤツだが、ここまで言われてとぼけ続けるというのも帰って不自然……まさかとは思うが、本当に何もしていないとでも?
「あらぬ疑いをかけるのはやめてくれ! ボクは本当に何もしてないぞ!!」
「そんなわけないだろう!? あんなもの見せられたら誰だって不正を仰ぐぞ?」
「……じゃあもう一度試そう。女性にこんなことをさせるのは心苦しいが……エルナさん」
「ふぇっ!?」
お、俺!?
……と言いそうになるのを抑える。
非常に不本意ではあるが、外では一人称を「私」にすると決めてしまったのだから仕方がない。これも訓練の内だ。
まあ、もうこいつには初対面で言ってるからどうとでもなるような気はするが……エルナさんはこんな短時間で同じミスを繰り返す能無しではないのだ。
「ど、どうしてまた……いいけど」
「英雄とはいえ、野郎にこれ以上やられるのは御免だからね」
「よし、全力で行く」
「ヴェっ!? ナゼ!?」
ラメール、初めて本気でビビったな?
その見た目だけは綺麗な顔立ちが歪んでで見えるのは、中々嗜虐心をそそられる。
「炎精集え 我が晴明たる名の――」
「ちょッ!? 流石にそれはまずいぞ恵月!?」
「……冗談だって」
半分本気だったが……変なことを言うキザ野郎が悪い。
というか、俺がやらなくてもこのままだと強力な上級水魔法が襲い掛かりそうなくらい母さんの表情が曇っているのだが……今は見ない方がよさそうだ。
気を取り直し、仕方がないので力12のか弱いパンチでもくれてやることにする。
【猛火弾】あたりでも動じなさそうだし、憂さ晴らしにそれでもよかったのだが、物理攻撃と魔法攻撃では参考にならないので、仕方がなく直接殴ってやることにしたのだ。
まあ、やるからには宣言通り全力だが。
右手で拳を作り、大きく振りかぶる。
そしてご褒美をもらうかのようなニコニコとした面をへし折ってやることを考えながら……撃つべし!!
「――――あれ?」
「……通ったな」
「愛しの女性の拳を顔で受け止める……これもまたイイ」
「ひっ!?」
「……(イラッ)」
「いらっ……」
俺の拳は見事、ラメールの左頬を優しく歪めることに成功したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告等ありましたら下にある感想欄からよろしくお願いします!