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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
ChapterK 〝アルカナメモリア ―25years a go―〟
104/220

K:4 「決着、そして」

ここまで収めようとしたらかなり長くなってしまった……!

「おい……まさか」


 マ素汚染、第二段階――『食人衝動』


 オレの右腕に力なくかぶりついてきたミァ。

 やはり一段階目の発熱の影響が大きいのか、歯が食い込……


(いって)ッ!?!?」


 咄嗟に腕を振り払い、口を放したミァは体勢を崩す。

 あと1秒遅ければ間違いなく噛み千切られていた。

 先の発熱で力などロクに入らないハズなのに……これもマ素の影響なのか?

 ミァがこうなっているということは、アルカの浄化が間に合っていないということ。

 遠隔だと効果が薄れるらしいし、時間がかかって次の症状が出るまでに間に合わなかったのかもしれない。


(クソ! アルカは―――)

「ばうっ!!」

「―――!」


 アルカの方へ目を向けようとした矢先、サタンが犬のような鳴きまねをしながら……というかまさに犬のように四つん這いで突撃してきた。

 オレはミァに気を持っていかれてしまい反応が遅れたが、先ほどまで同様ガレイルが壁となり、その大盾で防ごうとする……が。


「ばばう!」

「んなっ!?」


 サタンはガレイルの大盾へその両手の平で着地すると、そのままバネのように盾を蹴り、壁に向かって跳躍をした。

 壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴り――この薄暗い部屋をまるでスーパーボールのようにぴょんぴょんと跳ね回る。


 そしてそのすぐ後のこと、起き上がったミァが再びオレの元へ食らいつきにかかってきた。

 これを寸でのところでかわすと、これまたサタンと同じような跳躍を繰り返し始める。


「あぁ!?」

「やべっ!?」


 似たような二つの影が飛び交う空間が出来上がり、オレとガレイルはどっちがどっちなのか完全に見分けがつかなくなってしまった。

 頻繁にオレの方へ向かってくるのがミァだと言うことぐらいは辛うじてわかるが、凄まじい速さで飛び跳ねるせいですぐに見失ってしまい、どうしても向かってきたものをギリギリのところで避けるのが精一杯になってしまう。

 おおよそ5回に1回くらいの割合で来るサタンの笑顔が無性に腹立たしい。


 そうしてオレたち二人は徐々に疲労を重ねていく。

 ミァももう時間がないというのに……ていうか、さっきよりもキレが良くなってる気がするのは俺だけか? それともオレが疲れて鈍くなっているのか……両方か。


「――――――ま」

「!?」


 そんな時、ミァとのすれ違いざま。

 耳元で何かをささやいてきたような、そんな気がした。

 咄嗟にミァを目で追ってみるが、案の定すぐに見失い、続いて突っ込んできたサタンへの反応が遅れる。


「っ――!」

「かすったね! 次は当てるよ!」

「クソ! 埒が明かねえ!」


 その後もまた、幾度となく降り注いで来る二つの影。

 しかしやはりそのたびに、ミァはオレの耳元まで飛んできて何かを囁いでいるようだった。何度も、同じ言葉を……「キョウスケ様」と。


 その言葉自体はオレに噛みついてくる時にも言っていたから、もしかしたらそこに意味はないのかもしれない。

 しかし……


(オレに噛みついてきたのが……汚染によるものだと思わせるためのはったりだとしたら?)


 未だ壁に埋まったままのアルカの状態を確認する暇がないが……ミァがちゃんと復帰してくれているのだとしたら。


(ああもう考えてる暇もねぇ! 今はそっちに賭ける!!)


「ガレイル、少し耳を澄ましてくれ」

「は!? キョウスケ、今はそんなこと!」

「ミァが何か伝えたいみたいなんだ」

「!! ……わかった」


 背中合わせになったガレイルへそっと囁きかけた。

 呑み込みが早いところを見るに、彼もうすうすは感じ取っていたのだろう。

 オレたちは突っ込んでくる影によく注意を向けつつ、周囲の音に意識を集中させた。

 そして――


「――くじ」

「!」


 オレとガレイルが理解したと見たのか、先ほどまでとは違う言葉が耳に入ってくる。


「ほう――」

「――こう」


 そしてその後、少しではあるがオレたちへ向かってくるペースも速くなっている。

 怪しまれる危険もあったが、あれから少し時間も経っているし、食人衝動が加速していると見えなくもない。サタンがこれに乗ってくるのも、ヤツの勘違いを誘えている証拠だ。

 ……回りくどいやり方だが、俊敏性に長けたミァだからこそできる技。


「さんかい」

「め」

「――ふせ」




「ろ―――!」




 『九時の方向の三回目に伏せろ』



「……わかったか、ガレイル」

「おう」


 今から三回……方角まで気にしろってか、なかなか酷なこと言いやがる。


「何こそこそ言ってんのさ! ほら、そろそろ飽きてきたから次いくよ!!」


 ミァの言葉を聞いた直後、未だ飛び回っているサタンの声が部屋全体に響き渡る。

 次に九時の方向(・・・・・)から飛んできたサタンの右手には、その真っ黒な魔力に、紫色のモヤでコーティングされた槍が握られていた。


(1……!)


 恐らくはマ素だ。つまりこれから先、少しでもかすれば確実に体に毒が回る事を意味する。【浄化】の魔法は永続するわけじゃない。オレがやられてしまえば、あとはアルカを確実に殺せばいい……制限時間は確実に縮まるわけだ。


 それからはサタンの攻撃頻度が目に見えて増えていく。

 三時、五時、十一時、七時、九時(・・)、十二時、三時、五時……ここまででミァは一回も来ていない。

 そしてまた二回の攻撃を避け、ついに―――。


「――!?」


 三回目。

 槍を片手に向かってきたサタンの動きが、丁度オレの目の前でピタリと止まった。

 サタン含め、何が起こったのか理解できないオレたち三人は一瞬体が硬直してしまう。


「伏せてください!!!」

「っ!!!」

「何!?」

「――遥かなる天の光よ 彼の業を祓い給え」

「ぅええっ!?」


 天井から聞こえてきたミァの言葉に慌てて体を伏せると、直後に後ろから何かが飛んでくるような感覚に襲われた。

 光……というのが正しいのだろうか?


 後ろ……三時の方向にいるのは、抉り取られた壁にもたれかかっているアルカ。

 彼女の魔法?

 しかし―――。


「な、なんだびっくりした!? ボクにそんなもの効かないよ!」

「やはり……」

「ダメか!」

「――――」

「大丈夫だよ、スケさん。イルイル」


 声につられて後ろを見て見ると、痛々しい血の跡は残っているものの、オレたりがやり合っている間に自分を回復したらしいアルカが寄って来る。


「あ、アルカ、今のは……」

「サタン、これで終わりだよ」

「は? 何言ってるの?」


 キョトンとした顔で答えるサタン。

 オレもどういうことなのか理解できていない。アルカとの付き合いもかれこれ一年になるが、今のは……一度も見たことがない魔法だった。


「あ、あれ? 体が動かない……え? なんで!?」


 サタンの顔が一変……自分の身に起こったことに困惑し、その焦りが表に出てきている。


「私の魔法の効果だよ。サタン、もう君はそこから一歩も動けない」

「はぁ!? ボクに攻撃は効かないんだぞ! そんなわけ――」

「攻撃じゃないもん、これ。 うぐっ」

「アルカ!」

「アルカさん!」


 胸を押さえて膝を落としたアルカを、オレと上から戻ってきたミァが支える。

 突撃姿勢のままでただただ硬直しているサタンは、その表情だけを変えながらアルカに問いかけた。


「……どういうこと」


「これは攻撃じゃない……一種の呪いだよ。神頼みと言えば聞こえはいいけどね。私の命の一部と引き換えに、君が一番持っていてはいけなかったものを取り上げてもらったんだ。君のその『力』をね。今じゃ私しか使えない禁忌の魔法」


「お、おいアルカ。それって!」

「こうでもしないと、きっとスケさんの剣は届かない。大丈夫、ちょっと休めばよくなるって!」

「そういう問題じゃないだろ!」

「フ……フフ、フフフフフフ」

「な、なんだ!?」


「――ハハハハハハハハハ!!!!!」


 不意に、サタンが不気味なまでの笑い声をあげた。

 まるでサイレンでも鳴らすかのような耳につく声を響かせるサタンは、ひとしきり笑った後にぽつりと、しかしハッキリとこう言った。


「そっかぁ、ボクの負けだね」


 サタンが金縛りにあった時よりも理解が遅れたかもしれない。

 それくらいあっけなく負けを認めたサタンに、オレは背筋が凍るような寒けを覚えずにはいられなかった。


「……素直だな」

「負けは負けだよ、卑屈になってもしょーがないじゃん。ミァ君にすっかりハメられちゃったし。気づかなかったボクもバカだよねー、おかげで体中糸まみれ」

「糸?」

「部屋を飛び交う中、サタンの動きに合わせて魔力の糸を薄く張り巡らせていました。私との接続を切れば、張られた糸で一瞬だけはサタンの動きを封じ込められると思い」


 オレとガレイルの回避を邪魔しない程度に、且つ何重にも……そんなことをずっとやっていたのか?

 こいつに直接的な通常攻撃は当たらない。

 攻撃とはつまり、『傷をつける力』のあるもののことを刺す。でなければ日常生活にすら支障をきたしてしまうからだ。裏を返せば、傷つける力がなければ、それは攻撃としてみなされない。

 少しでも力加減を間違えれば、魔力の糸も全部弾かれてしまっていたはず。

 しかしミァはそれを平然とした顔でやってのけたのだ……食人衝動の演技までしながら。



 今本気でこいつがオレを殺しにかかったら、本当にやられっちまうんじゃねえか?


 オレは心のうちにサタンよりもミァに対する恐怖を抱きながら、負けたことを悔しそうにしているサタンの目の前に立つ。

 本当ならここで一発聖剣による致命傷を与えればそれで済む話なのだが、その余りにも危機感の感じさせない表情に、オレは口を挟まずにはいられなかった。


「……死ぬんだぞ」

「死なないよ ゲームだし」

「は?」


 ゲームだし。

 平然とした顔で放つその言葉に困惑する。

 何度もこいつが口にしたセリフ、殺されるというのに危機感の一つもない表情……その二つが合致した時、オレはこの戦いが始まった時――準備運動が終わった直後にこいつが言ったことを思い出した。


 ――『ラスボスってそういうもんじゃん? ゲームの中でも、HPMP全快させてくれたりさ!』


「……お前、まさか向こうの世界から」

「ん? あれ、君も『プレイヤー』なの?」

「何だと」

「そっかぁ! 道理で勝てないはずだ―……そーだよねー、勇者様もプレイヤーじゃかなうわけないよねぇ」

「お前……」

「あー納得、結構面白かったのになー」

「本気でゲームだと思ってやがんのか!!!!!」

「ひっ!?」


 ああ、合致した。

 全てに納得がいった。

 こいつにとっては本当にゲームなんだ。

 この戦いも、周辺の魔物を一匹残らず殺したことも、世界中の人を泣かせたことも、こいつにとっては『ボタン一つで出来ること』でしかないんだ。

 この世界のすべてが……こいつにとっては『ゲームの世界での出来事』なんだ。


 ゲームの世界とよく似ているところに来た。

 どうやら半魔人という種族で嫌われているらしい。

 でもすごい力を持ってる。

 じゃあ自分は魔王なんだ、魔王は世界を征服するよね。

 ってことは勇者もいるのかな?

 でもこのゲームのプレイヤーは自分だし、負けるはずないよね?

 もし負けてももう一回やりなおせばいいよね。

 死ぬはずないし。


 ―――だってこれは、ゲームの世界なんだから、と。


「いいか!! お前は死ぬんだ! これはゲームじゃねえ、現実だ! もう向こうの世界で目が覚めることは無い!!! お前はここで終わるんだよ!」

「……なに言って」


 サタンのことを理解した瞬間、オレはブチギレた。

 この二年、世界中を旅してまわって、色々な人と触れ合った。

 色々な人がいた。

 怖い奴もいた。

 優しい奴もいた。

 傲慢な奴もいた。

 可愛い奴もいた。

 だらしのない奴もいた。

 呆れるような奴もいた。

 笑顔がまぶしい奴もいた。

 変な奴もいた。

 襲ってくる奴もいた。


 ……死んだ奴も沢山いた。


 ――その全部が、サタンという恐怖に怯えていた。


「もういい。お前が子供でも……情けをかけるつもりはねえ」

「ねえ、ちょっと」


 それを全部ゲームだと言うこいつの事が、オレはどうしても許せなかった。

 ある意味ではこいつも被害者なのかもしれない。

 そもそもこいつにとってはこの世界そのものが偽りなんだ。

 現実であると認識できていないんだ。

 それでもオレは、こいつを見逃すという選択肢だけは浮かばなかった。


 同情してやれるほど、オレの心は強くなかった。


「お前は……世界を汚しすぎた」

「待っ―――!」


 こうしてオレは、こいつの首を跳ね落とした。



 * * * * * * * * * *



 サタンの首を落としたオレたちは、証拠品としてヤツの首を持ち帰ることにした。

 血と匂いを防ぐためにアルカが魔法でコーティングをしてから袋に入れると、オレでは今にも潰してしまいかねないということでそのまま彼女が持っていることになった。魔法の維持という名目もあるが。


「……かふっ」

「お、おいミァ!?」

「キョウ……スケ、様……にく」

「あ!? ごめん、まだあっくんに【浄化】かけてなかった!!!」

「「はあ!?!?」」


 慌てて【浄化】の魔法をかけ始めるアルカに対して、オレとガレイルは顎を落としてしまう。

 マ素の影響を受けたままあの動きをしていたと……?


 どうにかオレが食われる前に浄化が間に合い、ほっと安どのため息をこぼす。

 これで全部終わった。

 あとは首を持ち帰って、報告を済ませる。

 そうすれば、また一年くらい時間はかかるだろうが……元の世界に戻って、音祢と恵月に会うことができる。


「二年も姿くらまして……心配してくれてるかな、ははは」


 笑いと共に、目尻に涙が浮かんできた。

 この世界とももうすぐお別れ……そういう意味の涙でもあるのかもしれない。時間は少しあるにせよ、一年と言う時間あっという間なのだから。


「はは、いけねぇいけねえ、感傷に浸るのは帰ってからか。みんな、行こ―――ぅグッッ!?!?」


 安心して気が緩んでいたオレは、それに気が付くことができなかった。

 オレの首を絞めに来た――アルカの存在に。

お読みいただきありがとうございます。

感想、誤字報告等ありましたら是非よろしくお願いします!

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