12話
3日目 午前1時30分
僕と柏木さんが白い方の部屋に入ると、ドアは音もなく姿を消した。
「ただいま戻りました」と僕は加藤さんに報告しながら、いつもの席に向かう。
「おぅ。なぁ、お天気お姉さんはド淫乱ってなんだ?」と加藤さんが聞いてくる。
「ぅ……」と言葉に詰まる。本人の前でそれを説明するのはちょっとなぁ……「なんですか? それ」と誤魔化そうとする。
「トボけんなよぉ、『女子アナ、淫乱』で検索してもいっぱい出て来てわかんねぇんだよぉ、教えてくれよぉ、殺しちゃうヨ~ン?」と尚も詰め寄って来る。
面倒臭ェ……
「柏木さん、ちょっと耳塞いでて貰えますか?」
「え? あ、はい」と部屋に入って来た位置で柏木さんは耳に手を当てて待機する。
加藤さんの隣まで行って、柏木さんに聞こえないように説明する。
「『オナドール、飛鳥ハルカ』ですよ。天国のダッチワイフの製品名です。ここで検索してももう出てきませんよ」と柏木さんの事だけ伏せて説明する。
「ほ~ん? エロい顔と体してんじゃないのぉ、犯してェなぁ」
そう言って、加藤さんはマップを拡大する。
「まぁ、そういう目的で作られたものでしょうしね……」そう言って、僕はいつもの自分の席に戻る。
ん? 加藤さん何見てるんだ? 同姓同名の人が検索で出ちゃったのかな? と思い、画面を確認して僕は青ざめた。
そこには、見覚えのある公園の公衆トイレの個室で、柏木さん、もとい、オナドール飛鳥ハルカが横たわっていた。
ヤバい! これはたぶん、絶対にヤバい! 急いで閻魔様に知らせないと! そう思ってドアに向かおうとしたが、ドアは既に消えており、ドアがあった場所では、柏木さんが耳を塞ぎならが頭に<?>マークを出している。
僕は慌ててスマホで閻魔様に電話を掛ける。しかし、スマホは無音のまま、なんの反応も示さなかった。
なんで?! 寝ちゃった? 流石に早くない? シャワーでも浴びてるのか? 頼む、早く気付いてくれ!
「あの~、まだですか?」と柏木さんが尋ねてくる。
僕はスマホに耳を当てながら、手招きして柏木さんを呼び寄せた。
柏木さんが僕の隣に座ってから、画面を指差して柏木さんに状況を説明する。
「これ、絶対マズいと思うんですよ、こっちの世界の物を現世に置いてきちゃってる」
画面を見て状況を確認した柏木さんの顔から血の気が引いていくのがわかった。
「え、じゃあ……私、地獄行き……」
柏木さんの言葉を聞いて、はっとする。そうか、閻魔様に知らせたら柏木さんが罪に問われるかもしれない。僕は慌てて電話を中止する。
「柏木さん、トイレの鍵って掛けました?」
「はい、あ、掛けちゃいけませんでした?」
「いや、この場合はグッジョブです。個室は2個あるし、清掃の人が来るまではたぶん大丈夫だ……」
とにかく、閻魔様にバレないように回収しないと。しかし、どうやって? 回収しなくてもバレなければ大丈夫? 1時間ほど、あれやこれやと柏木さんと相談して結論に至る。
「やっぱり、適当な理由を付けて僕がもう一度、現世に行って回収してきます」
「閻魔ちゃんにお願いして回収とかは出来ないかな? 閻魔ちゃんもクビになるかもしれないって言ってたから、協力してくれると思うんだけど……」深刻な顔で柏木さんが言う。
「いや、回収する前に事情を知られたら、柏木さんの書類を改竄したりする方向で保身に走るかもしれない。流石にないとは思うけど、絶対にないとは言い切れない。回収さえしてしまえば、流石に、忘れ物をした事実を隠す努力をしてくれると思う」
「じゃあ──」と言って閻魔様に電話を掛けようとすると、後ろからガチャリとドアを開ける音がした。
閻魔様の方から来ちゃった? まだ電話してないのに、なんで?
振り向きつつ体を挟んで、閻魔様に見られないように画面を隠す。柏木さんも僕と同じ行動を取り、肩と肩がぶつかった。
しかし、ドアからは想定外の人物が顔を見せた。
「ども~? お邪魔しまーす?」
そう言って、赤いキャップを被ったジーパン姿の男が顔を出す。
「ど、どうも?」と予想外の展開に混乱しながらも挨拶を返すも、すぐに我に返り、ドアが消える前に「閻魔様ー!」と大声で呼び出す。
しばらくすると閻魔様が眠そうな眼をして顔を出す。
「なんだい? あぁ、紹介しよう。伊藤君だ。4人目の被害者だ」
「ども。伊藤っス」頭に手を当てて男が挨拶する。
「そんなことより、今スグ! 現世に行きたいんですけど!」と僕は男を無視して閻魔様にお願いする。
「ん? どうした? それより、君達、何を隠している。いかがわしい物でも見てサボってたんじゃないだろうね?」と閻魔様が覗き込もうとする。
必死に隠そうとして僕と柏木さんの体が密着する。
「ド変態の飛鳥ハルカちゃんどぇ~す」とテーブルの向こうから加藤さんが答えてしまう。
一瞬、目を見開き、僕達を押しのけて顔面蒼白になる閻魔様。
「あ、いや、僕が現世に行って、取ってきますから! そうすれば後はどうとでもなるでしょ? だから、今すぐ僕を現世に──」
「出来ない」と閻魔様が言葉を遮る。
「あんな大きな物を持ち物として持ってくることは出来ない。じゃないと、誰かの腕の中で死んだ奴は生きた人間と一緒に送られて来てしまう」
「ぅ……じゃあ、どうすれば、アレを回収できるんですか?」
なんとか、回収する方向に閻魔様を誘導しようと努力する。
「誰かの魂を、あの人形に送ってから、一緒に帰還させれば、或いは、たぶん。過去にそんな事例は無いけれど、理論上は可能なはず……ただ、やったことないから、うまく帰って来れるかどうか……これは賭けだな……」
どうやら、回収する気にはなってくれたらしい。しかし、事態が深刻な事に変わりはない。この場合、柏木さんが取りに行くのかな? 失敗したらどうなるんだろう。そんな事を考えていると伊藤と名乗る男が口を挟んできた。
「お、その賭け、乗るぜ! うまく帰って来れなかったらどうなるんだ?」
指を鳴らしながら楽しそうに、伊藤と呼ばれる男が言った。
閻魔様が腕を組みながら答える。
「さぁ、見当も付かない。人形だけこっちに来て、君だけ取り残されるパターンも考えられるし、下手をすれば消滅する可能性もあるかもしれない」
「いいねぇ、そういうの、命を賭けたギャンブル! その中で死ぬなら本望よ! で、どうすれば現世に行けるんだ?」と男は何故か乗り気だ。
「ついて来い」と閻魔様は男の腕を掴み、再びドアの向こうへ行った。
その後、3分も経たずに閻魔様だけが戻ってきた。
僕と柏木さんは固唾を呑みながら、無事に人形が回収されるか画面に食い入って見守った。加藤さんもグヘヘと笑いながら画面を見ていた。




