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11話

3日目 午前1時00分



 現世のどこかのトイレに到着した僕は、「うへぇ……」と言いながら近くの洗面台で石鹸を使って何回も手を洗ってから外へ出た。外は誰もいない深夜の公園で、時計台の針は1時を指していた。


 本当に一瞬で現世に来れた。昨日のような吐き気や眩暈も無く。とりあえず、ポケットからスマホを取り出して、閻魔様に電話をかける。


 閻魔様はすぐに電話に出た。


『いくらなんでも早すぎじゃないかい? まだ5分も経ってないよ?』


 閻魔様の声が遠い気がする。スピーカーフォンにしてるのかな? 後ろの方で何かしているような音も聞こえる。


「いや、突然飛ばされても、柏木さんのいるネカフェが何処だかわからないんですけど」と僕は閻魔様に文句を言う。


『あ~……ちょっとそのまま待っててくれたまえ、着替え終わったら、いや、着替え直しか、加藤にパジャマ姿は見せたくない。ともかく、そのまま待て』


 閻魔様はそう言うと、がさごそ音がして、2回ドアを開ける音がした後、再び閻魔様の声が聞こえてくる。


『音声入力、マップ、オナドール、飛鳥ハルカ、朝のお天気お姉さん、今夜の私のアソコは大雨注意報』


 再び閻魔様の口からいかがわしい製品名が聞こえてくる。飛鳥ハルカという名前を頭の中にインプットする。


『おぅ、さっきからなんなんだよ、その面白そうなの』


 後ろの方から加藤さんの声がした。


『貴様には関係ない、向こうに行ってセンズリでもコいてろ』


 センズリって……最初の頃はあどけない少女だと思ってたのに……


『いた。まだパソコンで何かやってる。しかし、何をやってるんだ? 遺書をプリントアウトでもする気か?』


 たしかに、遺書って普通は手書きのイメージだ。それに、急いでるみたいなこと言ってなかったっけ? それがなんでネットカフェなんかに……


『げ。うわ。おい、小林君、今すぐ元のトイレに戻って個室に入れ。急げ!』


「へ? は、はい」


 僕は急いで出てきたばかりのトイレの個室のドアを開ける。


『ガチャン、バタン』と僕がドアを閉めるのと同時に、電話の向こうでもドアを閉める音が聞こえる。


「えっと、トイレ来ましたけど、どうすれば?」


 言い終る前に暗い部屋に戻されていた。正面には頭を抱えて立つ閻魔様、横には驚いた顔をした柏木さんがペタンと地面に座っている。


 閻魔様が肩を落としながら、「はぁ~~~~~~~~~~~」と長いため息をつく。


「あの、えっと、状況がよくわからないんですけど」と僕は閻魔様に尋ねる。


 僕の質問には答えず、閻魔様が柏木さんに詰め寄る。


「柏木君、今から君をもう一度現世に送るから、今すぐチェックアウトして、人気のない場所に移動しろ。お金はあるのかい?」


 柏木さんは小さく頷くと、スッと姿を消した。


「えっと……」


 僕を無視していつもの席に座り、机の向こうから巨大な辞書のような本をドンっと机の上に置き、両手を一杯に広げて巨大な本を開き、ぱらぱらと捲り始める。


 10分程そうしていると、閻魔様はスマホを取り出し、耳に当て「移動したかい?」と聞く。数秒してから隣に柏木さんが現れた。


「う~~~~~~~~~~~~~~ん」と閻魔様は腕を組み、本と睨めっこしながら唸る。


「あの~、そろそろ説明してもらってもいいですか?」恐る恐る閻魔様に質問する。


「あ~……簡単に言うと、柏木がやらかした」


 簡単に言い過ぎてて、なんの事やらさっぱり。


「柏木が生前に動画サイトにアップした動画を削除した。自分が殺人事件の被害者という認識が足りなすぎる。普通に死んだ奴が自分のパソコンのハードディスクからエロ画像を削除するのとは訳が違うぞ。絶対に警察が気付く。そうしたら、ネットカフェの防犯カメラから柏木君の姿が見られてしまう。見られる事自体は大丈夫なんだが、この場合は……う~ん……」と閻魔様は上を見上げてまた唸る。


 なんとなく、わかったような、わからないような。何をそんなに悩んでいるんだろう?


「動画の削除はパスワードさえ知っていれば本人じゃなくても出来るけれど、柏木君そっくりの人間が消したとなるとなぁ……。いや、よほど確信が無ければ重要参考人として顔が公開される事は無い、のか? いや、そもそも、殺されたその日に動画が削除されたら騒ぎになるか? いや、本人が消したとは絶対にわからないか。現世に行った柏木さんが重要参考人にされたとしても絶対に捕まらないんだけど、あぁぁぁぁ、わからん!」


 頭を両手で掻き毟る閻魔様。


「その~、もう少しわかりやすいように説明して貰えます?」と、もう1回尋ねる。


 閻魔様は腰に手を当てて説明を始めてくれる。


「う~ん、柏木君がやった事は言ったよね? まぁ、本来、それ自体は大丈夫なんだよ。殺人事件の被害者でもない限りね。人知れず、動画投稿者が自分の動画を削除して引退したと思われるだけだ。ただ、今回の場合はそれなりに人気のあるネットア──」


「わーーーーー。わーーーーーー。ワーーーーーー!」と柏木さんが大声を上げる。


 僕はびっくりして柏木さんの方を振り向く。


 柏木さんは半泣きで、顔を赤くして、両手を上げてバタバタしている。


「ハァ~。観念しろよ、柏木君。今話題の連続殺人事件で君みたいな美人が殺されたんだぞ? メディアは絶対に食いつくし、掘り下げる。君の密かな趣味は全国ネットで白日の下に晒される。それが削除されたんだ。警察は絶対に動く。しかも、防犯カメラに姿を見せるのは君そっくりの人間だ。その事がメディアにバレるとマズいんだよぉ……真相は絶対に解明されないし、殺人事件の犯人が捕まっても絶対に都市伝説として語り継がれてしまう。じゃあ、あの動画を消した女はなんだったんだ?ってね」


「それって、そんなにマズいんですか?」と尋ねる。


「ン~~~~~、そこが微妙なんだよ、現世に行って正体を明かしたに該当するような、しないような……しないとは思うんだケド……」と歯切れが悪い閻魔様。


「じゃあ、なんでそんなに悩んでるんです?」


「本来、天国行きの柏木君を地獄に堕としたらボクのクビがトぶかもしれない」


 あぁ、すごい納得した。


「じゃあ、僕達、もう戻ってもいいですか?」と閻魔様に確認を取る。


「あぁ、そうだね、ボクももう寝よう。明日明後日は六道全書と睨めっこだ……」


 六法全書みたいな物かな? 閻魔様も大変だな、閻魔様もそうだけど、柏木さんのためにも動画削除がルール違反に引っかからない事を祈る。


「じゃあ、行きましょうか」


 柏木さんは顔を真っ赤にして、立ち上がり、僕の後に付いてくる。


 ドアノブに手を掛けると、後ろから服を引っ張られる。なんだろう?


「あの……誰にも言わないで下さいね……」


「え? 何をですか?」


「その……ネットアイドルの事……」


 あ~、と思いながら「誰にも言いませんよ」と了承する。


 別にネットアイドルやってたって僕は気にしないけどなぁ。それに、閻魔様も言ってたけど、明日か明後日には日本国中にバレるんじゃない? と思いながら僕達は白い部屋に戻った。


 後ろでまた、「ハァ~~~~~」と閻魔様の溜息が聞こえた。


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