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33話

 7日目 午前2時50分 残り10分


「わかりました。犯人は……」と僕は指を真っ直ぐと天に向けて立てた。


「この中にいる!」危うく台詞を飛ばす所だった。


 変なポーズを取ってしまった事を少し後悔するが、気を取り直す。時間がない。


「犯人は、御崎さん、あなただ!」と勢い良く、開きっぱなしのドアから様子を伺っていた二人に向けて指をさす。


 決まった。と少し感動する。


「御崎さん、犯人はあなただ、そう考えると辻褄が合う!『犯人は私を殺した後、バイクで逃げた』という発言も、『七つの大罪』説も、捜査をミスリードさせるためのものだったんだ。後藤の件も今考えるとおかしな事が多い。あなたは無理やり後藤が犯人だと僕に思い込ませた! 違うか?!」


 早口に自分の推理を披露する。披露してる相手が犯人以外は柏木さんと閻魔様の二人だけで、しかも閻魔様は犯人を知っている。それに気付くと、この推理ショウが少し、滑稽な気がしてきた。


 驚いていた御崎さんが半笑いで語り始める。


「辻褄が合うだけで犯人にされちゃ堪ったもんじゃないですよ。後藤についての説明は説明にすらなっちゃいないですし。あたしが犯人だという証拠が何もないです。それに容疑者に向かって確認するのはちょっと……」


 言われてみれば、その通りだ。僕が犯人を御崎さんだと断定した経緯を話してもいいが、長い上に、それにだって証拠はない。閻魔様の発言を元に僕が推理しただけだ。


「証拠なんていらない!」


 急いでいたせいか、つい、反射的にそう言い返してしまった。


「証拠なんて物は、裁判の時に必要な物だ。検挙した所でここにまともな裁判所なんてないんだ。あなたにとっての裁判所は、今、ここで、裁判官は閻魔様だ。閻魔様は犯人を知っている。裁判官が犯人を知っているのに、証拠なんていらないだろ!」


 自分で言ってて、よくもまぁ、こんな屁理屈を思い付いたものだと思う。しかし、犯人を追い詰めている気がしない。犯人は御崎さん、これは僕の中で絶対だった。


「穴ぼこだらけの推理かもしれない。けど、間違いないはずだ。犯人は御崎陽子、あなただ」


 口を動かしながら、何か、何か決定的な証拠はないものかと考えていると──




「正解だ!」と言って閻魔様がパチパチパチと手を叩く。


「おめでとう、小林君、これで、君の、未練は、解消された」


 閻魔様はそう続けながら、書類にすごいスピードでペンを走らせる。


「申請は受理された。時間はギリギリだったけどね」と言って書類に判子を押す。


 突然の閻魔様の乱入に一同、驚きを隠せない。


 しかし、僕はすぐに正気に戻り「じゃ、じゃあ早く門、門出して!」と閻魔様に詰め寄る。


「慌てなくても大丈夫だよ、小林君、タイムリミットはボクが判子を押すまでだ。判を押した時点で、天国への門は必ず用意される。天国への門が開かれるかどうかは君次第だけどね、ボクは君なら大丈夫だと確信しているよ」


 緊張の糸が切れる音がして、腰が抜けて、ドスンと尻餅をつく。


「と、いうわけで、天国へ行くのはボクの答え合わせを聞いてからでも遅くない」


 閻魔様はそう言いながら、ファイルから新しい書類を1枚取り出す。


「もう一度言う。犯人は御崎陽子で正解だ」


「小林君、君は自分の推理を卑下していたが、実に素晴らしい推理だったよ。そもそも、君は不特定多数の人間の中から犯人を割り出したんだ。それも捜査じゃなく、推理で。君の頭の中だけで犯人を特定したんだ。そして、それは見事、的のど真ん中を射た。未だかつて、これほどの大人数の中から推理力だけで犯人を見つけた名探偵はいないよ。君はシャーロックホームズや金田一耕助を超えた、超名探偵だよ」


 流石にそれは褒め過ぎだろうと思ったが、僕にしては出来すぎた推理をした気がしてきた。


「さて、御崎陽子君、おや、随分驚いているね、その顔は『何故、お前が犯人をバラすんだ』と言った所かな? 教えてあげるよ」


 最近、元気が無かったのが嘘みたいに、閻魔様が実に活き活きと語る。


「君の『完全犯罪を成し遂げたい』という未練は、小林君に指差され、犯人だと言い当てられた時点で既に解消不可能な物になってしまったんだよ。君がどんな言い逃れでこの場を凌ごうと、君自身が納得しないはずだ。それ程までに君の『完全犯罪』は完全でなければならなかったはずだ」


「君の未練が解消不可能なものならば、ボクが犯人を公開したって、君の未練解消の邪魔にはならないからね。後は小林君の『犯人はあなただ』の名台詞を聞いて、名探偵小林が晴れて誕生した所でネタばらしだ。途中で手を貸したら、自分だけじゃ解決出来なかったかもしれないと小林君の未練が残ってしまうかもしれないからね」


「そういえば、証拠が欲しいんだっけ? 今から君の書類を朗読してあげよう。ここからかな? 御崎陽子はある行動に出る。自分の力を試すために。新宿の──」


 閻魔様がそこまで書類を読み上げると、御崎陽子が口を開いた。


「やめろ、十分だ」


 御崎さんは流暢に語り始めた。


「お見事。その通りだよ。あたしが犯人だ。加藤も、小林も、柏木も、伊藤も、全部あたしが殺した。無差別に殺せそうな奴を殺してたから七つの大罪は偶然だよ。だけど、ネットに最初に上げたのはたぶんあたしが最初だ。適当にレスが付いたところでスレを紹介しようと思ったけど、意外なほど反響を呼んで自分でも驚いたよ」


「後藤もあたしがハメた。援交掲示板で相手を探してたから、セックスの時に使うと言って、適当な毒薬の原料を伝えて、薬局で買ってきてくれと書き込んだ。あいつ何度もドラッグストアに探しに行ってたよな。あるわけないのに。多少雑だけど、後藤からあたしの情報が出るはずはない。なんたって、援交のお相手はこの世に存在しない人間だ」


「後藤を取り押さえる時、心の声を聞かせただろ? あれも少し捏造させて貰った。『頼まれた薬は手に入らなかったけれど、コイツでいいだろ、一般じゃ手に入らない薬だ』の前半を切り取って録音を流した」


「金子を殺したのは斉藤だろうな、それで加藤が証拠を消したんだろ。今思えばあたしは金子の殺害事件に大分固執していた。斉藤如きにあんな見事な殺人が出来るわけがない。そして何より金子の事件が連続殺人事件の一つとして扱われるのが気に食わなかった。アレはあたしの殺人事件。あたしの完全犯罪だ!」


「なんで……」僕は突然の自白とその異常さを目の当たりにして呟く。


「なんで? 理由はないよ。無差別だって言ったろ? ある日突然、あたしなら完全犯罪が出来ると思った。だから試した。証拠を残さないように細心の注意を払った。絶対に証拠は残していない。自信があった。けれど、念のため、自分も被害者の中に紛れ込んだ」


 何を言っているのか理解できない。動機もそうだが、警察の捜査線上から外れるためだけに自殺したのか?


「ここに来た時は正直、嬉しかった。天国で永遠にあたしの完全犯罪の経過を観察できるんだと。それこそ、天にも昇る心地ってやつだったよ。けれど、閻魔が出した天国の門は開かなかった。面接書類には未練なしって書いてあったのに。面接中にお前らの事を聞いたら、心のどっかに引っかかったんだろうな。閻魔はともかく、被害者に犯人がバレるってのが許せなかったのかね、『あたしの完全犯罪はまだ完全じゃない』そう思っちまった」


 僕は理解することを半ば諦め、頭がボーっとしてきた。

 

「けど、今の推理ショウを見て、あたしは考えを改めたね」


 御崎陽子が、カッカッカと喉の奥を鳴らして高笑いをする。


「ふと、推理アニメのワンシーンを思い出しちまったんだよなあ、黒塗りされてる犯人が被害者にナイフを突き立ててよぉ、被害者が『なんで、お前が……』ってシーンだ。そうだよ、被害者には犯人がバレてもいいんだよ、死人に口なしだ。あたしの未練はまだ解消出来る。お前らが現世にチクるのを阻止すりゃいいんだ」


「そして、それは簡単だ。既に達成されていると言ってもいい。お前らが現世に行くには閻魔の許可が必要だ。けれど、閻魔は許可が出せない。あたしの未練に直結しちまうからな!」


「あたしの完全犯罪は完璧だった。こっちに来てあたしがやった痕跡が残ってないか何度も確認した。何も残して無かった。絶対に現世の捜査であたしがやったと証明することは出来ない。あたしの完全犯罪は完璧だった。これであたしは天国行き決定だ」


 御崎陽子は天を仰ぎながら、大口を開けて悦に入る。




「ぶゎ~~~~~~~~~~~~か」




 身を乗り出しながら閻魔様が最高に凶悪な笑顔を見せる。


 御崎陽子が大口を開けたまま固まる。


「お前が言う通り、ボクはお前の未練解消を邪魔することは出来ないよ。今後、お前がここからいなくなるまでの間、柏木は現世へ行けないし、現世への書き込みも規制しなきゃいけない。それがルールだ。けれど、それが何だ? お前は地獄行きだよ」


 閻魔様はもの凄く、嫌味たっぷりに、そう言った。楽しそうだった。


 それとは対照的に、御崎陽子の顔からは血の気が引いていく。


「例え、君の中では本当に未練は解消していたとしても、ボクはそれを認めない。天国への扉が用意されるのは『ボクが』未練が解消したと判断した時だ。その判断は全て、ボクに一任されている。ボクが、君を、地獄に、堕とす。流石の君も、地獄で業火に焼かれ、針で串刺しにされて、焼けた鉄の棒で目玉を穿られれば後悔するだろう。『あの時、ああしとけば良かった』ってな。それでめでたく未練復活だよ。」


 そう言い終ると、閻魔様は満足したのか、にっこりと優しい笑顔になる。


「ハ……ハ……ハァ??? そんな、そんな理屈が通るか! そもそも、今のお前の発言は未練解消の邪魔以外の何物でもねぇだろ、ルール違反じゃねぇのかよ?!」


 あ、もしかして……と、ある事に気付く。


「未練は無かったんじゃないんですか~? 無い未練の邪魔はできませ~ん」と閻魔様は髪の毛の先をくるくると弄りながらおどける。


 御崎陽子は知らなかったのだ、『いい加減モード』の閻魔様を……


「まぁ、確かに、ボクは後日、上司に注意されるだろうね。でも、きっと、それだけだ。ボクも上司も元は人間だ。未練が残った善人だ。君みたいなのを地獄に堕としたって、許して貰えるさ。多少、律を犯して、それがバレたとしても許される。無罪放免」


「これがボクの『完全犯罪(パーフェクトプラン)』さ」


 この状態の閻魔様の恐ろしさを……

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