3話&4話
1日目 午前3時30分
ドアを開けた瞬間、そこは隣の部屋だった。先ほどの部屋とは対称的に、今度の部屋は床も壁も天井も真っ白で先ほどの部屋のようにどのくらい広いのかわからなかった。開けたはずのドアは閉めた覚えがないのにいつの間にか消えていた。
部屋に入った所から10メートル程先に白いテーブルがあり、男が手帳のような物に何かを書いていた。テーブルも椅子も真っ白で、男が座っていなければそこにテーブルと椅子があることに気付かなかっただろう。
「こんにちは」と僕はとりあえず挨拶をする。
「おぅ」と無愛想な挨拶が返ってくる。
頭頂部が薄くなったボサボサの頭。ボロボロの肌。細く、吊り上った眉毛、眉間に皺を寄せている。鼻の下には手入れされていない口ひげ。頬と耳に小さな切り傷のような傷跡。年齢は40代半ばくらいだろうか。アロハシャツを着ている。体格はガリガリ。身長は僕と同じくらいだが、僕より軽いんじゃないか? と思うほど病的に痩せている。そして、最大の特徴は、目付きがヤバい。ヤクをキメて、奇声を発しながらナイフを振り回す。映画に出てくるヤクザならそんなタイプだ。しかも、何やらイライラしている様子……。
「えっと、小林聡、25歳、ニートです……あなたは……」
男の向かいに座りながら、差し障りの無いように自己紹介をする。
「加藤健二、30、ヤクザ」
喉を焼かれたようなしゃがれ声で自己紹介が返ってくる。やっぱりヤクザだった。25年間生きてきた中でこれほど威圧感を発する生物と対峙したことはなかった。過去最狂の生物を目の前に僕は何も言い出せず、ただ、沈黙することしかできなかった。
「じろじろ見てんじゃねぇ、殺すぞ」
「はい、すみません!」
怒鳴られたわけでもないのにドスの効いた声に驚き、思わず後ろを向いてしまう。本当に殺されてしまう気がした。本気で怒鳴られたらそれだけで死んでしまうんじゃないだろうか。
「なんで後ろ向いてんだよ、それじゃ話ができねぇだろ、捕って食おうってんじゃねぇんだ、こっち向けよ」
いや、あんた、今『殺す』って……と心の中で突っ込みを入れ、恐る恐る振り返る。
「おめぇ、何しにここに来た?」
相変わらず、眉間に皺を寄せて話しかけてくる。この男は元々、こういう顔で、こういうしゃべり方なのだろうか、怒ってるわけでもイライラしてるわけでもなく。
「えっと、閻魔様に言われて、協力者と一緒に犯人を見つけ出せと……」
説明しながら、恐ろしくなってくる。僕はこの人と一緒に犯人を探すのか? 1週間ずっと? 二人きりで? 地獄に行く前にもう一回殺されてもおかしくないと思う。この男に殺されなくてもストレスに殺されてしまいそうだ。
「あぁん?おめぇが俺を殺した犯人を一緒に探してくれんのか?なんで?」
どうやら閻魔様から僕の話を聞いていないらしい。それもそうか、協力の話はさっき決まったことだ。
「えっと、加藤さんを殺した犯人と僕を殺した犯人は同一人物の可能性が高いから二人で犯人を捜せと……」
『加藤さん』で大丈夫だよな?それ以外に呼び方ないもんな? そんなことを本気で心配しながら説明を続ける。
「へぇ、どこで殺された?」
「駒沢公園の近くです」
「駒沢、公園っと……」
テーブルに突然表示されたディスプレイに地図が表示され、加藤さんが駒沢公園を検索する。googleマップみたいだ。しかし、ズームになるとそれはあまりに鮮明で、よく見ると木々が風に揺れているのに気付いた。衛星写真、いや、動いているから動画だ。リアルタイムなのだろうか。
「すげぇだろ、で、どの辺だ?」と自慢げに加藤さんが言う。
「たぶん、この辺だと思うんですけど……」
操作方法はgoogleマップと同じようだ。探していると倒れている人影を発見する。僕だ。
「ふぅ~ん、まだ誰にも気付かれてねぇな、もういねぇとは思うけど、一応近くに犯人っぽい奴がいないか探してみるか……」
加藤さんは慣れた手付きで画面をスクロールし始める。
「もう30分は経ってるからなぁ……」と僕は呟く。
「はぁ?! 30分?! 死んだら速攻ここに来てりゃ犯人わかったかもしれねぇだろ。アホか、殺すぞ!」
突然の罵声に僕は頭を庇い、目を瞑る。ついでに泣きそうになる。
「アんの、糞ガキャーーッ!本当に俺を天国に行かせる気あンンンンァア?!」
どこから出してるんだと思うほど高い声で耳がキンキンする。どうやら、僕にではなく、閻魔様にお怒りのご様子。それでも大きな声は出さないで頂きたい。死ぬかもしれないから。
『あ~腹減った。牛丼屋でも行くか~』
加藤さんが画面をタッチすると、突然ディスプレイから若い男の声がした。
『松と吉どっちにしようかなぁ、て、ん、の、か、み、さ、ま、の~』
どうやらディスプレイに映っている男の声のようだ。
『げ、酔っ払いかよ、こんなとこで寝てんなよなぁ……』
男が歩くとそれに合わせて、男を中心に画面も動く、追尾機能まであるのか。
『様子がおかしいな? 本当に酔っ払いか? 声かけたほうがいいのかな? えっと、大丈夫ですか?でいいのかな?』
男が僕の死体の傍でどうしたものかと立ち竦んでいる。
「お、第一発見者さんか」と加藤さんが向こうからディスプレイを覗き込む。
「そうみたいです。それにしてもすごいですね、自動追尾機能までついてるなんて」と関心して言う。
「はぁ?驚くとこそこかよ? 普通は心の声が聞こえる方を驚くと思うけど、変わってんなぁ、おめぇ」
は? 『心の声』? ぶっ飛び過ぎてて、理解の範疇を越えそうになる。
「まぁ、他にもすげぇ機能はあるんだけどよ、っつーか、こいつ早く通報しろよ、殺すぞ」と加藤さんはニヤニヤしながら画面の男に文句を言う。
『うわ、うわ、うわぁぁぁ! 110番?! いや、119番か?』
「お、やっと通報しやがった。じゃあ警察が来るまでいいもん見せてやるよ」と言って、加藤さんは別のウィンドウでまた地図を開き、検索を始めた。
「ラ、ブ、ホ、テ、ル……っと」
僕は正直、この後僕の死体がどうなるのか続きが気になったが、加藤さんには何も言えないので黙って見ていた。ってか、今、なんて検索した?
「この派手な建物がラブホテルな、で、高さは3階だと10メートルくらいか?……っと」
建物がズームになり、建物の内部の構造が見えるようになった。透視機能までついてるのか、それもサーモグラフみたいな物じゃなく、はっきりと見える。
「チッ、この階の客、誰もヤってねぇな、上の階は……」と呟きながら覗きの物色を始め
る。
「いや、覗きとかダメでしょ」
つい、思ってる言葉が出てしまった。加藤さんに口答えしてしまった。殺される。
「チッ、つまんねぇ奴だな、お前。まぁ、これが理由でギリギリ地獄行きとか洒落にならねぇからな、一週間くらい我慢すんべ。天国行きゃ、イイ女とヤリたい放題だしな、ここで働くことになったらあの糞ガキを犯しゃいいんだべ?」と笑いながら答える。
良かった。笑ってる。初めて笑顔を見た。鋭い目付きが三日月形に変形して、不気味な笑顔だけど……前歯が無いのがチャームポイント。あと、あんたは地獄行き以外ないだろ。あ、犯人見つけたらこんな人でも天国なのか。絶対にこのシステム間違ってるよ。と心の中で悪態を突く。
加藤さんの屈託の無い笑顔を見たせいか、少し、加藤さんにも慣れてきた気がする。口が悪くて、外見はアレだけど、はしゃいだり、いたずらしたり、少なくとも裏表は無さそう。良く言えば素直で、もしかしたら面倒見の良いタイプなのかもしれないと勝手に自分の中でキャラ付けする。
「それで、今後の作戦とかはどうしましょう?」と少し緊張しながら相談してみる。
「あ?警察が犯人見つけて、俺が殺す! じゃ駄目なのか?」
物騒過ぎる。そして何より、この人、自分で見つける気があまり無さそうだ。
「いや、僕たちも独自のルートで調査しましょうよ。せっかくこんなSFチックな機材もあるんですし」
自分で言ってて、『独自のルートで調査』ってなんか探偵っぽいな、と思う。
「とりあえず警察が容疑者絞って、俺らがそいつの心の声聞くくらいでいいんじゃねぇか? 警察が見当も付かない奴を俺らが見つけられるわけねーべ? あいつらウゼェけど、優秀なんだよ。優秀だからウゼェんだけどな」
冗談交じりに言っているが、確かに一理ある気もする。危機感があまり無いのは能天気なのか、警察を信頼しているのか。
「じゃあ、しばらくは様子見ですか? 警察の情報とかをこの端末で覗きながら」
「まぁ、そんな感じでいいんじゃねぇか? それより今日は朝から行く所あっから、おめぇ付き合え」
突然のお誘い。明るくなったら現場とか、捜査本部の会議とか覗こうと思ってたのに。
「はぁ、どこ行くんですか? まさか、誰かを殺しに行くんじゃないですよね?」
加藤さん相手に冗談を飛ばせるなんて、段を飛ばして加藤さんに慣れている気する。あっちは冗談だと思ってないかも知れないけど。
「遺書置いてくる。事務所に」
想定外な目的と、ある程度覚悟してた場所を告げられて、僕は少しの戸惑いと大いなる不安を感じて、家が恋しくなった。
-----------------------------------------------------------------------------
1日目 午前9時
「遺書置いててくる。事務所に」
今までの加藤さんからは想像も出来ない神妙な顔を見て、僕はそのことについて触れる事ができなかった。昨日今日知り合った人間に『遺書』をテーマにした会話ができるほど僕は無神経ではないし、何が加藤さんの逆鱗に触れるかの判断を間違えれば大変な事になる。普通に会話できるようになったとは言え、加藤さん相手には慎重にならざるを得ない。
結局、昨日の夜は自分の死体が警察に持っていかれるのを見送ってから、ネットやニュースで情報収集しているだけで終わった。現場は暗くてよく見えなかった。
警察の資料も探そうと思ったが、透視機能があるとは言え、どこにあるのか検討も付かず、あったとしても書類が重なっていた場合、高さを1ミリ単位で調整して透視するのか? と気付いて諦めた。
その後はネットや朝のニュースで適当に事件についての情報収集を続けていた。
「んじゃ、行くべ」と言って加藤さんが唐突に席を立つ。
一瞬、どこへ? と思ったが、加藤さんが向かう先を見て理解した。いつの間にか、この部屋に入って来た時に使ったドアが現れている。午前9時になって閻魔様があの部屋に来たんだろうなと思いつつ加藤さんの後を追い、真っ暗なあの部屋へ入る。
「やぁ、昨日はすまなかったね。2日連続で深夜に呼び出されたもので、つい、仕事が適当になってしまったね。本当に申し訳ない。ボクはあの後、猛省して、心を入れ替えて今日という日を迎えた。安心してくれていい。あれから2人で作戦会議はしたのかい? 犯人の目星とまでは行かないまでも、捜査方針くらいは決まったのかな?」
閻魔様はそう言いながら鞄から筆箱と書類を出し、手を伸ばして机の上に置いてから「よいしょ」と椅子に登って机の向こうから顔を出す。
今日は左耳の上に向日葵のデザインのヘアピンを挿し、もしかしたら化粧も少ししているかもしれない。格好も昨日のパジャマ姿とは打って変わってスーツ姿である。昨日は机越しでわからなかったが、身長は145センチくらいで、かなり小柄で華奢である。
改めて、かわいいなぁ、癒されるなぁとほっこりした気持ちになっていると横から突然、「うぜぇ、殺すぞ」と加藤さんの声がした。
閻魔様を見た途端に機嫌が悪くなった加藤さん。少女の笑顔で心が癒されるのは人類共通ではないらしい。それにしても、少女に対するあまりにも容赦のない言葉に改めて加藤さんに驚かされる。
「昨日の夜、何デ小林が来てすぐ、俺に知らせなカった? あァん? 殺すぞ!」
怒鳴ってはいないが、所々、声が裏返っている。これは割りとマジで怒っていそうだな。少しずつ加藤さんの怒りゲージが見えるようになってきた気がする。
「ルールだよ。来訪者が来た場合、ここに送られて来た書類を全て読み上げ、ここのシステムを解説し、親身になって来訪者の行き先や未練について相談する。その間、ボクは途中退室は許されない。それがここのルールだ。」
僕は、昨日の面接の様子を見る限り、それほど厳密なルールではないんだろうなあと思いながらも、それは言わないでおく事にした。
「それに、ボクは原則、来訪者の未練解消に出来る限り協力しなければいけない立場だが、今の君は例外だ。犯人を自分の手で殺さないと解消されない未練なんて協力出来るわけがない。君はまず、犯人が捕まれば良いくらいに改心するのが先だ」
額に青筋を立てる程怒っている加藤さん相手に物怖じしない閻魔様に関心を通り越して尊敬の念を覚える。
「く、る、し、メ、テェ、こ、ろ、す。ダァァァァァ」と太腿をバリバリと掻き毟りながら一文字ずつ、怒気を込めて加藤さんが言う。
「話にならないね。もう一日部屋で一人で考え直し給え。今度は何も無い、狭い、暗い、臭い部屋でね。一日と言わず、君が泣いてここから出してくれと懇願してくるまで何日でも閉じ込めるのもいいな、そのまま1週間が過ぎたら褒めてやるよ」
閻魔様の方も大分ヒートアップしてきた。これはそろそろ止めないとマズい。
「あのぅ、閻魔様、僕からもお話があるんですが、よろしいでしょうか?」と口を挟む。
「なんだいっ?!」眉を吊り上げた閻魔様がすごい勢いでこっちを向いて言う。
あぁ、心温まる笑顔を見せてくれた僕の女神様はどこへやら……
「えっと、今日ここに来た本当の理由はですね、加藤さんが遺書を残したいそうで、それで、現世に届ける手続き? のようなものをですね、はい。昨日の夜、手帳に一生懸命書いてたんですよ。加藤さんにも大事な人がいるんだなあって……その遺書を渡せば少しは気が晴れて殺意も薄れるんじゃないかなぁなんて……」
二人の間に立ち、足が竦む。我ながら情けない。
「それは無理だ」と閻魔様が即答する。
「ヌあぁぁあアアアあぁあぁァんんンヌイィィィイイイイ??!!!」
巨大な鳥獣の断末魔のような声に、僕は驚いて加藤さんと距離を取る。
耳を塞ぎながら閻魔様が説明を続ける。
「ここで書いた遺書は現世に届けることはできない。こっちの物は極力、現世には持ち込まないのがルールだ。遺書を残したいなら、現世に行って、現世のペンで、現世の紙に書いて帰ってこい。君達がここに来た時に持ち込んだ物は、その時点でこちらの世界の物だ。ボールペンのインクの一滴ですら現世に残して来て見ろ。とんでもない事になるぞ」
どうやら、遺書を残すこと自体は可能なようだ。だったら最初からそう言ってくれればいいのに。そうすれば加藤さんの鳴き声は聞かずに済んだはずだ。
「とんでもない事ってどんな事になるか教えて貰えますか?」と尋ねる。
「ルールを破った奴は地獄行き、ボクは始末書を書かされる」
地獄行きは嫌だけど、そこまでとんでもない事ではない気がする。
「じゃあ、現地に行く手続きをお願いします。良かったですね、加藤さん、遺書残せますよ」と僕は尚も顔を真っ赤にして怒っている加藤さんをなだめる。
「駄目だ。許可できない」と閻魔様。
スゥゥゥゥゥ~~~~~~っと加藤さんが大きく息を吸い込み始めたので、僕は慌てて耳を塞ぎながら大声で閻魔様に尋ねる。
「なんでですか?!」
大きな防音用の耳当てを装備した閻魔様が答える。
「物を持ち込む以外にも禁止されている事がある。現世の人間に危害を加える事。自分の正体を現世の人間に明かす事。幽体の悪用。他にもたくさんある。これらのルールが守れそうにない来訪者を現世に送る場合、最低でも一人、連帯保証人として別の来訪者を付き添いにする必要がある。加藤が行くなら小林君、君もセットで現世に行って、加藤がルールを破ったら、君も仲良く一緒に地獄行きだ。それでもいいなら許可する」
「それでいい」何故か加藤さんが承諾する。
「じゃあ、詳しい説明に入る」何故か閻魔様が話を進める。
「ちょ、ちょっと!」
「今回は生身の肉体をこちらで用意する。必要性が認められないため、幽体化は出来ない。先述したルールを遵守する事。遺書を残したら速やかにボクに連絡する事」
閻魔様は耳当てに手を当て、聞こえない振りをしながら早口で説明を始める。
「ねぇ、ねぇってば」
「連絡用のスマホ以外の君達の持ち物はボクが預かろう。加藤が財布と手帳とボールペン。小林君は財布だけだね」
「聞いてくださいよ!」
「スマホからはsimカードを抜いてある。以前、うっかり知人に電話した馬鹿がいてね、死人から電話が来たって大事になりかけた。電話帳等のデータは残ってるが電話もメールもボクにしか繋がらないようになっている。ボクに連絡を取りたい時は君達のスマホから連絡してくれ。番号はなんでもいい。全部ボクに繋がる」
「もう嫌……」
加藤さんがルールを破らないわけがない。この現世行きがイコール、地獄行き決定だ。
「スマホの紛失にはくれぐれも注意しろ。遺書を残したら速やかにボクに連絡しろ。説明は以上だ。質問は無いな?」と閻魔様が最終確認。
「無い」と加藤さんが即答。
「それではいってらっしゃい」
『コーーーーーーーーンッ』と小気味の良い判子の音。
同時に僕は平衡感覚を無くし、目の前がくらくらするとすぐに何も見えなくなった。
「はぁ~、やっといなくなった。一週間もあいつの相手をさせられるくらいなら始末書の方がまだマシだよ。小林君には悪いけど、小林君の未練が解消されるのも期待薄だし、ちょっと早く地獄に行くだけだと思って諦めて貰おう。南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無──」
その次は、軽い吐き気と、強烈な睡魔に襲われる。閻魔様の念仏を聞きながら、僕の意識は完全に闇に溶けて行った。




